闇の策動
魔法使いにとって、なくてはならぬ三種の神器とも呼べるものがある。
一つは、杖。
よほどに簡単な術であるか、あるいは使い手が相当な術巧者であれば話は別であるが、これの補助がなければ魔術の行使はおぼつかない。
また、長い時をかけて育て上げることによって、自分にしか使えぬ相棒となっていくこの道具は、まさしく、魔法使いの象徴であるといえるだろう。
二つ目は、箒だ。
魔法使いと非魔法使いを分ける言葉の一つとして、飛べる者と飛べない者
という言い方があるように……。
箒を使い、鳥類のごとく自在に大空を飛び回るのは、魔法使いにのみ許された特権であるといえよう。
そして、最後……。
三つ目の神器が何かといえば、これは実のところ、物品ではない。
――生き物だ。
ハトやカラスといった鳥類……。
ネズミやヘビ、猫といった小動物……。
これらを術によって使役した使い魔こそが、魔法使いを魔法使いたらしめている第三の象徴なのだ。
使い魔の術は、特に情報収集や伝達の面において、非常に強力だ。
契約を結んだ動物とは、どれほどの距離を隔てようとも感覚を共有することができ……。
しかも、術者の力量によっては、使役しているのが発声器官を持たぬ動物であろうと、自らの声を代弁させることができた。
これが、国家や組織を運営する上において、どれほど有意であるかは語る必要もないだろう。
通常ならば、何日もかけて書状を届けねばならぬ遠距離でも、使い魔を配しておけば即時で意思の伝達が可能なのだから……。
とはいえ、それは悪用しようとすればいかようにでも応用が聞くということであり、王城などの重要な施設においては、これに対する結界を張られているのが常である。
もし、許可を得ることなく使い魔がその内側へ入ろうとした場合、使役された動物のみならず、契約している魔法使いにまで何らかの影響が及ぶのだ。
当然、ゲオグラーデ魔術学院に張られたそれは、王城と同等の強固さを誇る代物であり、迂闊に使い魔を差し向けようとする愚か者などいようはずもなかった。
だが、いかなる結界にも、それを誤魔化す手段はあるというもの……。
ことに、おごり高ぶった当代の魔法使いたちが張った結界をすり抜けることなど、闇の魔法使いにとっては造作もないことなのである。
『上手く取り入っているようではないか。
貴様と王子の仲は、学院中で噂になっているぞ』
だから、寮の自室へ人知れず入り込んでいたネズミがそう語りかけてきても、マリアは動揺することがなかった。
「大したことじゃないわ。
あの人、この学院に存在する温室で育った花みたいだもの」
さらりと髪を撫でながら語るマリアの表情は、普段、学院内で見せているものではない。
瞳は、どこまでも冷たく……。
十三という年若さでありながら、見た者を萎縮させるような迫力が宿っている。
何気なく椅子に腰かけた姿からは、隙というものがうかがえなかった。
これこそが、マリアという少女本来の姿である。
前身は、貧民街の浮浪児。
情けや隙を見せていては、生きていけない世界で育った少女なのであった。
『ほおう?
と、いうことは、薬を盛ったりしているわけでもないのか?
貴様が、健気にも毎日差し入れしている菓子……。
てっきり、あれに何か入れてあるのかと思ったのだがな』
「あのおバカさんが、変な気を出して周囲の人間に分けたりしたら大変でしょ?
それに、そんなものへ頼る必要はないわ。
入学してからの半年で、あいつの好みがどんなだかは、推測できているもの」
肩をすくめながら話す少女の姿は、魔術学院の学徒というよりは、色街で働く商売女のそれだ。
実際、血筋を調べ上げた現在の仲間たちに拾われていなければ、そのような人生を辿っていたに違いない。
いや、仲間という関係では、ないか……。
互いに利があるから、協力する。
マリアたち一派の関係性とは、そのようなものであった。
『大したものだ。その調子で励むがよい。
万事が上手く運び、見事、あの王子めの心を射止めたのならば……。
我らは、この国へ大きな影響力を発揮できるようになる』
「まあ、せいぜい期待してなさい。
と、いっても、数年はかかるでしょうけど」
マリアがそう言うと、ネズミは……これを使役する術者は、深く息を漏らす。
『大した長さではない。
我らが味わってきた、艱難辛苦の道のりに比べれば、な』
それから、使い魔たるネズミは、マリアの瞳を覗き込んでくる。
『それよりも、だ……。
やはり、とこやみの杖は例のミヤとかいう小娘が持ち去っていたのか?』
「ええ、間違いないわ。
昼間、あのバカ王子に聞いたら教えてくれたわよ」
『やはり、な……。
大儀であった。
教員たちの会議室には、さすがに使い魔も入り込めないのでな』
ネズミが、まるで人間がそうするようにうなずいてみせた。
『何事においても想定外の事態というのは、起こるものだ……。
まさか、例の部屋が生徒に発見され、あまつさえ、とこやみの杖を持ち出されるとは……。
いや、想定外というならば、そもそもあの女が我らを裏切ったことが、それであったか……』
「確か、わたしの姉弟子にあたるんだっけ?
一体、何でこちらを裏切ったの?
しかも、ミヤっていうあの女の話を聞いた限りだと、そいつの残留思念か何かが導いたらしいじゃない?」
『貴様が知る必要はない』
ネズミの……その向こうにいる術者の返事は、にべもないものである。
それにマリアは、溜め息を吐き出すことで答えた。
「あ、そう……。
興味深かったんだけどね。
そいつが余計なことして、ミヤを部屋へ導かなければ、今頃はわたしが最強の杖を手にしていたんだから」
『貴様が、ではない。
我々が、だ……。
間違えるな』
「あら? 同じことじゃない?」
ネズミと……。
正確には、これを操る術者と視線がぶつかり合い、火花を立てる。
『まあ、よい』
そこから視線を逸らしたのは、ネズミの方であった。
『あの女が、同じようにしてミヤなる女生徒を導いたとして……。
その行く先は、いくつかの候補に絞られる。
すでに、人は差し向けた。
そやつらが、杖を奪ってくるだろうよ。
まったく、死してなお我が手をわずらわせてくれる……』
ネズミから放たれる声は、並々ならぬ憎しみがこもっており……。
問題の人物との間に存在する、愛憎というものが伝わってくる。
だが、そんなことはマリアにとって、どうでもいいことであった。
「それで、ミヤのことはどうするの?
闇の攻撃魔術を身に着けてるみたいだし、仲間に引き入れる?」
『――殺す』
返事は、即座のものである。
『そもそも、その小娘は我らへ対抗するために術を習得したのだろう?
つまらぬ望みを持つものではない。
それとも、部屋を使ってると知って接触する内に、情が移ったか?』
「それこそ、まさかよ」
ネズミの言葉に、マリアは肩をすくめて答えた。
その表情は、ミヤの生死を心底からどうでもいいと思っているのが、ありありと伝わるものだったのである。
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