会議室にて

 ゲオグラーデ魔術学院の会議室というのは、ただ、学内の行事や教育課程の内容について話し合うだけの場ではない。

 魔法魔術を研究する中心地でもある同校の会議室は、国内の要人や他国からの賓客を迎え入れることもあるため、相応の広さと調度を有しているのだ。


 その代表格といえるのが世界樹を使った大円卓で、これは実に五十人近くが参席可能であった。

 守りも万全で、出入り口は左右に立った意思持つ鎧たちの手によって、常に監視されており……。

 オリハルコンによって作り出された彼らは、生半可な魔術なら寄せ付けず、手にした斧槍で返り討ちにすることが可能なのである。


 着席している者たちの手元には、おしゃべりなティーポットたちが自主的にお茶を淹れており、喉の乾きで議論に支障をきたさぬよう配慮がされていた。

 いや、普段はおしゃべりなティーポットたち、というべきだろうか……。

 いつもは当人たちいわく、小ジャレた会話で場を和まし、出席者たちの舌を滑らかにしている茶器たちは、陶器の表面に浮かんだ顔に緊張をにじませ、一言も発することがない。


 だが、それも当然だろう……。

 今日、この場にやってきたのは国王を始め、魔法警察庁長官など、バティーニュ王国の重鎮と呼んで相違ない人々であるのだから。


「各々方、よくぞ集まって下さった」


 普段は上座に座っているヴィタリー校長が、今日ばかりはその席を譲り、話し合いの口火を切る。

 そうすると、列席した者たちが一様に緊張の色を浮かべた。


「ヴィタリー校長……。

 まずは、例の部屋に関する調査情報をお聞かせ願えぬだろうか?」


 そう問いかけたのは、校長に代わり上座へ座る人物……。

 国王シャルル・バティーニュその人である。

 金色の髪には、いささか白いものが混じりつつあるものの、身に宿した覇気も眼差しの力強さも、まだまだ衰える様子はない。

 どころか、今このときこそ男として脂の乗った全盛期であると、そう感じさせる人物であった。


「慎んで、申し上げまする……。

 まず、ミヤが申していた闇の魔法使いによる日記……。

 これは、ついぞ発見できませんでした」


 ヴィタリー校長が、自慢の白ヒゲを撫でながら杖を振る。

 すると、大円卓の頭上へ、魔術による虚像が生み出された。


 虚像の中では、学院の教師たちが慎重に本棚や薬品棚を調べており……。

 中には、宙に浮かんで逃げ出そうとする魔導書も存在したが、それらは素早く魔術によって捕縛される。


 薬品棚へ収められている素材には、なるほど……マリアなる女子生徒が語っていた通り、ユニコーンの角を始めとするご禁制の品々も混ざっているではないか。


「これが、女子寮に存在するという例の部屋ですな?」


「はい」


 国政の頂点に立つ者が問いかけると、魔法の頂点に立つ者がうなずいた。


「これは、今現在も教師たちの手で行われている捜索の光景です。

 ご覧のように、ほぼ全ての人員を導入しております。

 いや、はや……。

 我が校の歴史において、全校休学となるのは魔法大戦の時以来ですな」


「それだけの重大事であるということだ」


 やや軽い口調を混じえた校長の言葉に、国王が重々しくうなずく。


「いかにも……。

 せっかくにも封殺されていた闇の攻撃魔術が、こうして密かに根付いていたわけですからな」


「しかも、それが我が国の魔法を担う本拠地に巣食っていたのだから……」


「すでに、新聞鳥を通じて国民の多くがこの事実を知り、不安がっています。

 彼らを安らげるためにも、徹底した調査は必要不可欠かと」


 警察庁長官を始めとする重鎮たちが、次々とそれに同意を示した。


「最悪の中で幸いだったのは、闇の魔法を使う勢力が文字通り芽である内に、これを摘み取ることがかなったことでしょう。

 なあ?」


 ある貴族が、参席者の一人に意味ありげな視線を向ける。

 そうすると、全員の視線がそこに集まった。


「芽の一つを摘み取れた、というのはあえて否定しません。

 しかし、撲滅がかなったと考えるのは、いささか早計に過ぎるかと」


 無数の……冷ややかな視線に晒されたその人物が、苦々しげにそう吐き出す。

 年の頃は、三十半ばといったいったところか。

 黒髪は香油を使い、後ろに撫で付けられており……。

 どこか、近寄りがたい硬質な雰囲気を漂わせている。


 ――マルコ・ドラコーン。


 ドラコーン公爵家の当主であり、昨日、闇の魔術を習得していることが発覚したミヤという女子生徒の父親であった。


「不肖の娘が言うことには、どうも、闇の魔術を扱う残党共は、学外にも複数潜伏している様子……。

 真に民を安らげるためには、そういった者共を一掃する必要があるかと」


「その娘が、本当のことを話しているとするならば、ですがな」


 貴族の一人が、たっぷりの嫌味を込めてそう言い放つと、他の者たちも口々に同意を示す。


「追い詰められた子供が、少しでも罪を軽くする……あるいは、裁きの方向を変えるために、苦し紛れの嘘をついた。

 そう考えれば、辻褄は合いますな」


「いかにも。

 そもそも、校長の話によれば、問題の日記そのものがいまだ見つかっていないのですから……」


 そのような言葉を向けられ、ドラコーン公爵の渋面がますます深くなる。

 彼らの目的は、何も闇の勢力を駆逐することのみではない。

 娘が闇の魔術に傾倒するという大きな隙ができたドラコーン公爵を、この機会に蹴落とし、保有する権益のいくらかを切り取ろうと考えているののだ。

 貴族社会というものは、国の一大事であっても、このような駆け引きから逃れられないものなのである。


 それはつまり、ドラコーン公爵自身もまた、そのような舌戦が支配する世界を生きてきたということであった。

 ゆえに、ただ言われるだけということはない。


「問題の日記……。

 誰かが持ち去ったということは、ありませんかな?

 そう、例えば……。

 あのマリアという女子生徒が、娘のノートを持ち出すと同時に、問題の日記も秘匿したということは……」


 それは、決して無視できない可能性である。

 その可能性が潰されない限り、娘の発言には一定の信頼が置けると思われたが……。


「残念ながら、それはない」


 ヴィタリー校長が、そう言って首を横に振った。


「我々もその可能性は考え、マリアには魔術も使った取り調べを行っている。

 術を行使したのは、カスペル先生でな……。

 彼の腕前は、皆様方も知る通り。

 いかに心を閉ざそうとも、騙すことは不可能じゃ」


 そう言われては、ドラコーン公爵も押し黙るしかない。


「また、ミヤとマリアが出入りしたという夜から、大決闘大会後の宴に至るまで……密かに第三者が出入りしたという線も考え難い。

 あの日は大会があるため、全校の人間が一斉に行動していたのでな」


 続く言葉もまた、公爵にとっては悪い材料であった。


「とはいえ、ミヤが自力であの部屋を生み出し、禁制の品々を収集していた、というのはいささか発想が飛躍しすぎておる。

 入学から半年ほどしか経っておらぬし、密猟された品を入手する伝手があるとも思えぬのでな。

 ゆえに、話を総合すれば、このようなことになるのではないかと思う」


 そう前置きし、ヴィタリー校長が自らの……そして、学院としての見解を述べ始める。


「かつて、魔法大戦の時代……。

 残念ながら、当校の先人にも闇の魔法使いが存在し、その者は密かにあの部屋を作り出し、研究に明け暮れていた。

 だが、やがてその者も我らに追われ、倒されることとなった。

 そして、部屋の存在は忘れ去られ……。

 現在になって、ミヤがそれを発見し、受け継ぎ、新たな闇の魔法使いとなった……。

 これが、わしらの見解じゃ」


「余としても、異論はない。

 かめてより、我が国はおろか諸国においても行われてきた闇の魔法使い狩りの成果……。

 懸命な捜査によっても見つからぬ、問題の日記……。

 まだまだ、ミヤ当人への取り調べもせねばならぬだろうが、おおむねそんなところだろう」


 校長の言葉に、シャルル王がうなずく。

 魔法と国政の頂点が、共にそう結論を出したのだ。

 こうなっては、何人たりとも異論を挟むことはできない。


「……ミヤは、どうなるのですか?」


 ドラコーン公爵としては、それを聞くことが唯一できることだったのである。


「生徒たちへの影響を考えれば、このまま学院に置いておくわけにもいかぬ。

 そもそも、当校は囚人を収める場ではないのだから……」


 ヴィタリー校長が目線を向けると、国王が深くうなずいた。


「ならば、トラバーユ監獄に移送し、そこで取り調べをするのがよいだろう」


「承知しました。

 万全の体制で、全てを遂行します」


 王の言葉に、警察庁長官がそううけたまわり……。

 それで、話し合いは終了となる。

 そして、その様子を天井からうかがうモノがいたことには、ついぞ、誰も気づかなかったのであった。

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