第三幕

 それから、部の一員として認められて彼女と様々なことをした。

 同性愛の研究を称してBL本の読み聞かせたり(結局僕の反応をからかって終わり)、短歌を作ったり、書評レポートを書いたり。

 いじられ、からかわれた日々だったけれども、彼女と一緒にいると時間も忘れてしまうくらい楽しくて。淡い憧れが、そのうち確かな恋心に発展した。

 けれどそんな彼女は、僕の名前を呼ぶことなんて一度もなかった。初めて会った時からずっと『後輩B君』のまま。その理由を知りたいけれど、拒絶されるのが怖くて中々踏み込めずにいる。

 モヤモヤした日々の中で、彼女が突拍子もない提案をした。


「ねえ。折角だから、小説を書いてみない?」


 この際だから僕の気持ちを小説の中に綴ろう。今までの好感触もあったから必ず成功するに違いない。そう確信した僕は快く彼女の提案を受け入れた。

 しかし小説を書いたことがなかったため、時間が掛かってしまった。そのせいで、彼女の小説を読むのが予定よりも遅れてしまった。


「片方だけ読むなんてイヤ。どうせお互いの恥ずかしい部分を曝け出すのだから、読み合う方がいい。そう思わない? 後輩B君」


 窓際に頬杖をついて嫣然とした微笑みを向けてきた。こうなるとテコも動かないので、断念するしかなかった。


「はいはい、分かりましたよ。ただ、まだ掛かりそうですから、もう暫く待っててくれると嬉しいです」


「分かったわ。その代わり、家に持ち帰るのは禁止にするね。その方が君の反応が見れるし、まさしく一石二鳥ね」


 「はいはい」と受け流して、本に視線を落とす。暫く作品世界に入り込んでいると、ギシギシという窓枠の音に引き戻されて振り向く。ぬるい風に揺らされる黒髪、雪のような白い肌、儚さを孕んでいる紫紺の瞳。


――全てを手に入れられる日は、きっとそう遠くないだろう。


 窓際に佇んでいる彼女を見て、そう確信した。

 互いの小説を読み合うことになるのは、更に二日後のことだった。お互いの小説を読み終わるまで帰らないというルールでスタート。

 

「流石ですね、先輩」


 読後の余韻に浸って、思わずそう呟いた。片頬に照りつける落陽を感じて振り向く。窓ガラスは炎のように輝いていた。逆光で、彼女の顔は陰になっていて上手く表情を見れなかった。

 「中々やるわね……後輩B君」と、彼女は沈んだ声で言った。僕は振り向いて立ち上がった。


「先輩、僕は――」


 そう言おうとしたところ、彼女が話を遮って急に立ち上がり、窓辺に寄って空を仰いだ。彼女の後ろ姿を見ていると、漠然とした不安に心がざわついた。今までの自信は幻のように霧散した。


「ねえ、後輩B君。私、言ったはずよね?」

 

 夕焼け空を背景に彼女は振り返ってきた。虚ろな目に捉えられ、思わず息を呑んでしまった。


「――絶対に私を好きになっちゃいけないって。そう言ったわよね」


 「そうだ」。

 そう言いたいのに言葉が詰まって出てきてくれない。


「なのに、その思春期特有の惚けた空気を醸し出すということは……ほんと、どうしてくれるかしらねぇ」


 諦観の微笑は、不覚にも僕の心をわし掴んだ。責められてる尚彼女の仕草にドキッとするとは……こりゃ重症だ。

 重い沈黙が場を支配する――いや、違う。この場を支配しているのは、間違いなく彼女で。


「……ルールを破った以上、次に私が何を言いたいのか、分かるわよね――後輩B君」


 有無を言わさぬ威圧感が全身から放射しているようにも思える。ずっと彼女の言葉に従ってきたせいもあってか、反論する気にもなれなかった。

 むしろ、今まで優位だと思い込んでいたはずが、一瞬にして逆転された。この脚に沿って電気が走る感じ。恐らく興奮しているだろう。

 彼女――女王様の支配下にあることに。


「君には退部届を書いてもらいます。――以上。もう二度と私の前で姿を現さないで」


 これ以上話すことがないとでも言わんばかりに、彼女はスカートを翻した。今までの自信はただの思い上がりだと痛感した。


「……分かりました」


 始まってもすらいないのに一方的に終わりを告げられ、部室を後にした。

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