第二幕
――あ、オワタ。
一時の方便とは言え、流石にこれはないわー。
「え?」
困惑する声にハッとなり辺りを見回す。廊下に他の生徒がいないのは不幸中の幸いだけど、教室の中にいる生徒の耳に入ってないのか気が気でない。恐る恐る顔を戻すと、何故か彼女は納得した様子だった。
「なるほど。つまり君は、いわゆる同性愛者ってヤツか?」
視線に応じる彼女に軽く顎を引いて、
「そ、そうなんですよ……」
「そうか……。勇気のある告白をありがとう」
「い、いえ……」
なんだか肩透かしを食らった気分になり、気まずげに目を伏せる。
「うん、そうね……。これ以上幽霊部員を増やせるのもなんだし、ゲイなら別にいいかもね」
「え?」と共に顔を上げると、彼女は顎に当てた手を下ろして肯定の頷きをした。
「そろそろ部室を独り占めにするのは勿体ない、ということだよ。後輩B君」
初めて向けてきた微笑みに、不覚にもドキッとした。毎日この笑顔を向けられたらどんなに幸せなのかと想像するだけで胸が躍り出す。
「君の入部を許可します。ただし、私の部を入るには二つ条件を聞いてもらうけど。どうする?」
「聞いてから判断します」
「一、私は恋愛をするつもりなんてこれっぽちもないから、絶対に私を好きになっちゃいけないこと。そして二、私が下した判断に反対しないこと。分かった?」
「分かりました。その条件を飲みます」
この笑顔の近くにいられるのならどんな無茶振りな条件だって飲んでみせる。そう思って、僕は入部届を手渡す。ざっと目を通して、彼女はこくりと頷き、
「うん。これからはよろしくお願いね、後輩B君」
「よろしくお願いします」
僕と握手を交わした。
こうして僕が入部したことにより、文芸部が廃部にならずに済んだ。最悪な第一印象からのスタートだったかもしれないが、これから徐々に払拭していけばいい。そう思った。
翌日、部室に入るなり、彼女はあるものを投げてきたので咄嗟にそれをキャッチする。受け止めた紙パック飲料を見るなり、僕は眉間を寄せた。
『ミルクがおいしい ドリアンミルクコーヒー』。いやいや、どう考えたってドリアンの味しかないんですけど。そんなツッコミ満載の商品名から恐る恐る顔を上げると、
「悪いわね。廃部寸前だったから部費がなくて……。代わりに、コレがささやかな歓迎会と思ってちょうだい」
彼女は平然と言ってのけた。同じものにストローを挿す彼女を見ながら、身近な椅子を引っ張って座る。
「……これ、好きなんですか?」
「買うのはこれが初めてよ。死ぬ前に一度飲んでみたかったんだよねー。だって、ドリアンとミルクコーヒーだよ? どう考えてもドリアンの味しかしないわ」
「いやいや、どうして飲んだことがないのにそんな平然と他人に渡すんですか」
「ほら、もし一人で飲んでマズかったら、ただムカつくだけで終わりじゃない。だから君を道連れにします」
「道連れがいるかいないのかで、結局何も変わらないじゃないですか」
「うわ何コレマズいって、一緒に笑えるんじゃない」
不意打ちでちょっと含蓄のあることを言われ、言葉に詰まってしまう。
噂通りの変な人だ。
「それと、前々から他人がマズいものを飲んだ時の表情が気になってて。目の前に優秀なモルモットが転がったら試したくなるじゃない?」
「僕、モルモットですか」
「ええそうよ。ゲイなモルモットだなんて中々レアよ?」
「海外で探したら幾らでもいると思いますケド……」
そう返すと、彼女は椅子の背もたれに身を委ねて「ふふ」と笑う。
「そういう訳で諦めなさい。というか、諦めなさい」
耳にかかる髪をかき上げる。ただそれだけの仕草なのにどこか艶めかしく、まるでこっちを挑発してくるのように見える。
その視線から逃げるように飲み物を吸うと、あまりのマズさに咳き込んだ。そんな僕の反応に双眸を嫣然と細める彼女。
それを見て、僕はあることに気付いた。その瞳の奥には儚さを孕んでいるということを。まるで、自分の命の終わりを悟っているような、そんな儚さを。
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