第8話 続



「ーー弥勒くんが行方不明ぃ?」



宵も深くなった頃、弥勒が神社だと思っている、田舎でありながら大きな寺院でこんな声が上がった。居住区にある一室で、最近だと縁遠い黒電話の受話器を片手に、主である男は顔に怪訝の色をのせていた。


彼の名前は、酒木(さかき)大(ひろ)。弥勒にねっとりとした教訓を植え付けた人物である。現在は偽坊主を脱ぎ去り、主張が激しい虹色のトサカ頭であった。

電話の相手は弥勒の家族。降野一家であった。電話越しに聞こえてくる犬と猫の大合唱に、受話器を少し遠ざけながら、酒木は話を聞く。


は?トイレのドアと行方不明?どういうことやねん。

弥勒の友人二人と同じ心境に陥りながら頭を抱えたが、説明している降野一家とて混乱していた。それはそう。



「警察には今から?…ほんほん、へぇー」



時刻は午前0時過ぎ。弥勒はああ見えて律儀だから、無断外泊なんてしないだろうし、妥当な判断だろう。自分があれくらいの年頃のときは無断外泊、無断欠席のオンパレードだった。たった一日で捜索願を届け出るのは大げさな気もするが、これが普通であるのは既に知っている。



「…ボク、弥勒くんの無事を祈っとりますね。本職なんで、ちっとは効果あるかもしらんし」



そう言って電話を切った酒木。

暫し天を仰いだ後、棚の上に直していた偽坊主のかつらを取り出し、乱暴に被さった。はみ出ている主張の強い髪や、ボコボコと歪んだ頭部を気にすることなく、足早に部屋を出る。

行き先は本殿の祈祷所だ。


酒木は職業柄非科学的な事象に多少免疫があった。弥勒の件は、聞いたところによると人為的なものとは思えない。いやまず誘拐するにしてもこんな辺鄙な田舎の小さな駄菓子屋のトイレって無いだろう。おまけにトイレのドアまで。物音も立てずに一人の少年とトイレのドアを持っていくなんて、できるとは思えない。


神隠しが妥当かね。

酒木はそうひとりごちた。神隠しにしても意味の分からないタイミングだが。


ぎしぎしと床板の軋む音を聞きながら、酒木は足を進める。途中、お神酒なども調達して両手は塞がった。途中途中の襖や障子は、行儀が悪いだろうが足でそっと開けさせてもらう。すんません、急いでるんです。



「いつかはとは思ってたけど、突然過ぎやで」



あの能天気でマイペースな子は、何処で何をしてるのか。案外繊細なところもあるから、危ない目にあってないといいけれど。

酒木は、自分の弟と言っていいほど可愛がっている弥勒の顔を思い浮かべながら、無事を祈っていた。


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