第26話
「おいウィル! 花に水やるんだったら隅っこでやれ隅っこで! ど真ん中でやるな!」
「つかパムレで花育てんなよ!」
「るっせー! 俺達の必殺技なの!」
ダニエラが咲かせた花の蕾に【
水やり、といっても上から水をやるわけではない。水面に浮かぶ【
暁光睡蓮の葉にはジーノが光魔法で陽光を与えていたため、ウィル達【ツリーメイト】がいる西のパムレ中央は光で溢れて眩しいほどだった。
「必殺技っつってもよぉ……閣下の転移門閉じちゃったぞ」
「マ!?」
はっと空を見上げたウィルは、ギルドの魔法使いが言っていた言葉が事実と知り、がっくりと肩を落とした。
「ダニエラ~! 絶対もうちょっと早くやるべきだったって~!」
「うるさい! どれが一番どでかいのかませるか迷ってたの!」
「決めておけよ、ここに来るまでに……」
ゴンドラに乗りながらむくれるダニエラに、同乗しているウィルとジーノが溜息を吐いた。
クロイスの転移門で求められていた魔法の属性は、火、水、雷、風の四種類だった。空中戦で土属性と木属性などは相性が悪く、高密度エネルギー体としての攻撃魔法を有する光魔法も、こと遠距離戦においては不向きだったからだ。
求められた四種の属性以外の魔法使い達は「活躍の場をくれーーー!」と近接部隊に合流するべく飛び去って行ったが、実はその近接部隊もクロイスの正確無比の活躍のおかげで、上から落ちてきた瀕死の魔物に止めを刺すぐらいの仕事しか無かった。
閑話休題。
しょんぼりと肩を落とした【ツリーメイト】の面々だったが、急遽発生した魔力の巨大な流れを感じ、瞬時に真上を見上げた。
ただ、星空が見える。
だが――在る。確かにここに、何かが在るのだ。
「閣下より入電! 魔法使い全員に次ぐ! 各自最高の魔法を準備、即時詠唱に備えよ!」
それを確信づけるかのように、オーウェン騎士団の騎士から声が上がった。
パムレに集った魔法使い達が凶悪な笑みを浮かべ、大きな雄叫びを上げてガッツポーズをする。
「閣下ーー! さすが閣下!」
「大好き! サイン下さい!」
「まだ見せ場があったーーー!」
「いよっしゃあああ!」とその場にいた全魔法使いが奮起し、熱気高まる様子で己の最高魔法の準備に入る。ウィル達も同様で、必殺技と称する暁光睡蓮の成長に努めた。
「だから水やりは隅っこでやれって!」
「イヤッ!」
◇◇◇
「
東方の空で魔物達が形成していく陣を見た十兵衛が、ぽつりと呟いた。
【
古くは後漢末期から三国時代に遡り、
山本勘助は自軍の戦局の有利となるよう八陣の法を含むあらゆる軍法を学び、それを採用した武田信玄によって、やがて戦国八陣として戦国の世に広く伝わっていったのだった。
そんな八陣の内の一つをまさかこの世界で見ることになるとはと、十兵衛は生唾を飲み込む。
「何? 十兵衛君こういうの詳しいっす?」
障壁を維持しながら問うクロエに、十兵衛は「あ、あぁ」と頷く。
「矢印の形になっているだろう? あれは前面突破力が一番強い陣形だ。側面や後方からの包囲には弱いが、現状リンドブルムに援軍は来ない点を考えると有効な手だと俺は思う。……それに」
「それに?」
険しい顔つきで、十兵衛は周囲を観察する。
「前方の突破をひたすらに目指す陣形なだけあって、先頭部隊はほぼ死ぬ。つまりこの戦術を為すには兵達の忠誠心の高さが肝要であり、かつそれを見届け
「おいおいおい、そりゃ、つまり……」
「魔将軍がいるっていうのかよ……!」
冒険者達の震えあがるような声に、十兵衛は首肯した。
カルナヴァーンに次ぐような者が、確実に今この戦況を見ている。
十兵衛が
◇◇◇
「やらしいねぇ~……」
前方に形成された陣形図を見ながら、クロイスは苦く笑った。
矢印の形で作られた陣の幅は、クロイスが作れる転移門の最大幅を大きく超えた。転移門の外周に魔法などを当てられると門自体が保てなくなるため、突撃部隊をまるごと転移門に叩き込むというやり方は出来そうになかったのだ。
顎に手を当て思案するクロイスに、ハーデスは口を開きかけて、やめた。手を出さないと決めたのは自分だからだ。たとえ結末が同じでも、偶発的事象を必然的事象に変えない。それが彼が自分に課した誓いだった。
しばし無言で見守っていたが、やがてクロイスがぱん、と手を打つ。
「決めた。これでいく」
こちら側の戦術を定めたクロイスは、【
「本当にそんなことが可能なのか」
「不可能を可能にするのが、オーウェンというものだよ」
クロイスの啖呵と共に、魔物の軍団が動き出した。
己が身を矛と為し、【断絶の大障壁】を打ち砕かんとばかりに猛スピードで突貫する。
それを目にしたクロイスは、あらかじめ備えておいた魔法を二つ、解放した。
「【
東西のパムレの上空に、巨大な転移門が出現する。
今までの深淵を覗くような転移門とは違い、幾何学模様の大規模な魔法陣が描かれ、中央にはまるで瞳のようなものが見えた。
その瞳が口を開けるかのように漆黒の輪を広げ、そこに向かって東西に在する高位神官や神殿騎士、そして魔法使い達が一斉に手を上げる。
奇跡と魔法の強大な一撃が、転移門に向かって放たれた。
「【
「【
「【
魔法使い達が各々の最高魔法を発動したど真ん中で、ウィル達も同様に望み通りの一撃を放っていた。
普通の睡蓮と少し違うのは、日中に蕾のままで光を溜め、夜の間に甘い香りで虫を引き寄せ、朝日と共に花開くや光の波動を放って蕾に集った虫を殺して食べるという、食虫の習性があるところだった。
ダニエラがパムレに暁光睡蓮を咲かせ、ウィルが水をやり、ジーノが光を注いで丹念に育てていたのもこのためだ。【
「でっかーーー!」
中央で光の奔流を放ち続ける暁光睡蓮に、周囲の魔法使い達が目を剥く。賛辞ともとれるその叫びに、【ツリーメイト】の面々は鼻高々に笑った。
「どんなもんじゃーい!」
「中央陣取ったのもこのためよぉ!」
「はぁ~、光魔法はやはり至高……!」
三者三様の喜び方で西のパムレが沸いている中で、同様に「でっかーーー!」と叫んでいた者がいた。――クロイスである。
「ちょっと! もう! 張り切りすぎの子がいるな!?」
魔法の奔流が予定していた転移門のサイズを超えかねないと判断したクロイスは、冷や汗をかきながら西のパムレ分の転移門に急遽調整を加えた。「後で名前聞かなきゃな!」と憤慨しながら安定を図り、続いて魔物の軍団に向かって止めていた大量の転移門を開く。
「【拒絶の障壁】!」
あらかじめ溜め込んでおいた奇跡の解放だった。【拒絶の障壁】は、風魔法の【
大きく陣が崩れる。だが、魔物の軍団も伊達ではなかった。空中戦故に可能な上下方向に幅を広げ、菱形の形に整えたのである。
「ダイヤモンド編隊だ……!」
聞き覚えのない言葉に、真東の祈りの灯台で見守っていた十兵衛が「ダイヤモンド編隊?」と復唱するようにオーウェン騎士団の騎士に聞く。
「ダイヤモンド編隊は、ああいう風に突撃方向に頂点を向ける形で正八面体に整える陣形のことだよ。君の言っていた鋒矢の陣と同様、空中戦での前方突破力に特化してるんだ」
「空中戦でも陣形があるのか!」
「あるとも。普通は頂点のみに配した少数単位で作られるけど、大障壁を打ち破りたいなら数でぶつかるのが一番手っ取り早いからね」
十兵衛は驚きに目を見開き、前方を注視する。
後方で東西のパムレから打ち上がっていた光の奔流はクロイスの作った巨大な転移門に収納されたが、それを出す転移門はまだ形成されていない。
こんな風に陣形を変えられたらどう対処するんだ、とこめかみに汗を滲ませたその時だ。
「【
クロイスの手によって、魔物の軍団の左右下辺にパムレの上空にあったものと同じ転移門が出現した。
奇跡と魔法の光の奔流が、まるでバツ印を描くがごとく交差する。
――だが、オーウェンの魔法劇場はこれでは終わらない。
「【
さらに追加で巨大な転移門が出現し、光の奔流を再度収納、かつ解放を繰り返す。
――それは、
――神官と魔法使いの都市、リンドブルム。
スイ・オーウェンがそう称した通り、奇跡と魔法が総結集した力は、確かに魔物の全てを殲滅しつくす。
「……っあ~……疲れた!」
クロイス・オーウェンという、王国最強の魔法使いの導きによって。
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