第25話

「ナウルティア高位神官! 周囲と合わせたまえ!」

【断絶の大障壁】を観察していた神殿騎士からの指示に、クロエは「無茶言わないで欲しいっす!」と声を上げた。

「分かってるんすか!? うちらのいる所は最前線も最前線! 真東まひがしの祈りの灯台っすよ!?」

 自分一人で張る【断絶の障壁】と違い、【断絶の大障壁】はカガイの【理論改変リミテッドオーバー】に便乗する形で張るため、神殿騎士の同調性を求める心はクロエも重々理解していた。だが、眼前にきたるは千を優に超える魔物の軍勢なのだ。

 いくら魔物を通さない障壁とはいえ、数で押されれば危うい。そのため、カガイとスイに負担をかけてでも東側の障壁を厚くしておきたい、というのがクロエの考えだった。

ガーゴイル魔物の接近を確認! 来ます!」

 後ろに控えていた遠隔部隊の冒険者から、遠眼鏡とおめがねの確認報告が上がる。瞬時に神殿騎士達がクロエを囲み、大盾を構えた。

「雷魔法を詠唱中!」

「撃たせるな! 弓兵隊、放てーーっ!」

 普段使いのロングボウではなく、支給された大弓を構えた冒険者並びにオーウェン騎士団が、膝をついて弦を引き大矢を発射した。

 鋭い風切り音を上げて、数十本の大矢が夜空を突き抜ける。五十単位で迫って来ていたガーゴイルにいくらか当たるも、全ては落としきれない。強弓の一撃に身を貫かれて吹っ飛び落下していく仲間に一瞥もくれず、魔物達の唱えていた雷魔法が発動した。――【轟雷の矢ライトニング・アロー】だ。

 しかし、ガーゴイル達の初撃はそれでは終わらない。

「げぇっ! あ、あいつら~!」

 一人の神殿騎士が眼前の光景に悲鳴を上げた。

 視線の先で放たれた【轟雷の矢ライトニング・アロー】を、一匹のガーゴイルが【雷電操作エレクトリックオペレーション】をほどこたばねたのだ。

 一つ一つの魔法の威力は低くとも、そうした操作系の魔法に長けた者がいると話が変わる。極大の【轟雷の大矢ギガントライトニング・アロー】に変じた雷魔法を見て、「喰らいたくねぇ~!」と神殿騎士が嘆いた。いくら魔法返しリフレクター付の大盾持ちとはいえ、無傷とはいかないからだ。

 だが次の瞬間、クロエ達の前に大きな【転移門ゲート】が出現した。

「――閣下!」

 それは、【賢者の兵棋へいぎ】で戦場の全てを把握していたクロイスからの支援だった。

 転移門に吸い込まれるようにして消えた【轟雷の大矢ギガントライトニング・アロー】が、瞬時にガーゴイル達の真下に発生した転移門から返される。

「ギッ……!」

 全力の一撃で祈りの灯台ごと障壁を破らんとしていたガーゴイル達は、放った己の技によって消滅した。同時に、後方から迫って来ていた魔物達も矢嵐のように降り注ぐ大矢に貫かれ、みるみる内に地上へと落下していく。

 いつの間に転移門で拾ったのか、先ほど遠隔部隊が当てそびれた大矢をクロイスが再利用したのだ。

「……すっげ……」

「当代オーウェンの、魔法劇場だ……」

 冒険者や神殿騎士達が愕然と周囲を振り仰ぐ。

 リンドブルム上空には幾百もの【転移門ゲート】が発生し、その全ての制御をクロイス・オーウェンただ一人が行っていたのだった。


 ◇◇◇


「ソドム! 西のパムレの魔法はどうなってる!」

『はっ! 各属性ごと、十全な量を送っております!』

「了解! 一旦そちらの転移門は閉じる。魔法使い達に各々の最高魔法を準備するよう伝えてくれ!」

『はっ!』

「ゴモラ! 東はどうだ!」

『はっ! 【聖なる波動】は全て抜かりなく! 【拒絶の波動】もご指示通りに!』

「了解! そちらの転移門も同様に閉じる。でかいのに備えろ!」

『畏まりまして!』

通信機リンクス】を使いながら鋭く指示を飛ばし続けるクロイスに、ハーデスは内心舌を巻いた。

 クロイスがこなしてる事は、律の管理者であるハーデスにも出来る。だが、のとのは訳が違うのだ。

 この星の転移魔法において、転移門はリンクの繋がっている転移門との間に亜空間あくうかんを発生させる。星の観測の元で生じるそこに、クロイスは魔法や奇跡、矢を溜め込み、都度解放していた。それを数百の規模で同時展開、制御しているのである。

 鶏頭蛇尾怪鳥コカトリス女面鳥身ハーピーには火属性の魔法を。身体に鉱石や土の混じるガーゴイル達には雷属性や水属性の魔法を浴びせ、それらの魔法の効きが悪い相手には【聖なる波動】の奇跡をぶつけていた。つまり、西のパムレに集った魔法使い達の魔法、及び東のパムレに集った神官達の奇跡を、同時かつ瞬時に使い分けていたのである。

「お前の脳はどうなっているんだ」と戸惑いつつ賞賛するハーデスに、「マルチタスクは得意なんだ」とクロイスが事も無げに笑った。

「ま、普通はこの規模での転移魔法の大盤振る舞いは無理だ。魔力量と相談しないといけないからね。魔道具のおかげだよ」

「……そうか」

 言葉少なに頷き、ハーデスも転移魔法を展開する。死した魔物から魔石の回収は、ぬかりなく進んでいた。すでに千を超える量を手にし、次元門の中へと収納していたハーデスは、そこでふとあることに気が付いた。

 魔物からの魔法が、止んだのである。

「……来たか」

 クロイスが低い声で呟く。

「なんのことだ」

「自分達の渾身の魔法や飛び道具が返ってくると知ったら、どうでると思う?」


「――突撃だよ」


 クロイスとハーデスの視線の先で、魔物達が集まり始める。亜空間に残っていた魔法と奇跡を解放して叩き落したクロイスだったが、それでもまだ半数以上の魔物が上空に残っていた。


 ◇◇◇


「魔法が、止んだ……」

 それまで騎士団の詰め所で投影映像から戦況を見ていた十兵衛は、リンドブルムに突如として訪れた静寂にごくりと喉を鳴らした。

 自分が経験してきた戦場とは比べ物にならない程の大規模かつ未知の戦い方だったが、それでも戦場の空気が変わることぐらいは十分に察せる。

 真剣な表情で【通信機リンクス】で連絡を取っているソドムを見つめ、彼の視線を感じるや自身の役割を知った。

通信機リンクス】を切ったソドムが、「十兵衛君、外へ!」と声を上げる。

「閣下が、真東まひがしの祈りの灯台側に君を送る。存分に引き付けてくれ!」

「承知した!」



 クロイスの手によって転移させられた祈りの灯台は、上層部の城壁から下を覗けるような形に張り出している場所であった。高所故に吹き付ける風が強いそこには、大弓を構えた部隊と真白い鎧を身に纏った神殿騎士、そして薄青色の神官服の神官が祈りを捧げるように跪いていた。

 急にそこに降り立った十兵衛に、一斉に全員の視線が向く。だが、時を同じくして弓兵部隊を率いていたオーウェン騎士団の騎士にソドムから連絡が入り、作戦の要であることを聞いて暖かく迎え入れられた。

「君が八剣十兵衛君か。よく来てくれた」

「え、何? 誰っす?」

 障壁を維持しつつ横目で後ろを見ようとするクロエに、騎士から「カルナヴァーンを討った英雄ですよ」と補足が入る。

「えっ……」

「えーーっ!!」

「ちょっ! 顔見えないっす! 前来て前!」と興奮するクロエに、隊長格の神殿騎士から「ナウルティア高位神官は集中してください!」と窘める声が飛んだ。

 冒険者達がわらわらと十兵衛を取り囲み、その背に背負われた荷物に魔石があることを知って、両の目をきらきらと輝かせる。

「君が!? あ、だから魔物がリンドブルムにきたのか!」

「申し訳ない、俺が無知なばかりにこんなことに」

「なぁに言ってるんすかぁ!」

 十兵衛の暗い声色の謝罪を、クロエの明るい声が吹き飛ばした。

「君の無知を、うちの姫さんが博識でカバーしてこうなってるっす! リンドブルムで迎え撃つのが最良で最高の手っす!」

「そうそう! おかげで閣下の魔法劇場を見れたし!」

「うちの魔法使い達も『魔法の成長チャンス!』って大喜びだったよ」

 あはは、と明るい笑い声を上げる面々に、十兵衛は思わず目を丸くした。やがて肩の力を抜き、「……ありがとう」と微笑む。

「というわけでこれより、ここが本当の最前線だ! 各員、宜しく頼む!」

「『これより』どころか最初からっす!」

「南北に散ってた奴らもやってくるんだ。気を引き締めてかかれよ!」


 ◇◇◇


「十兵衛を呼んだのか」

 祈りの灯台に姿を見せた十兵衛を見下ろし、ハーデスが問いかける。

「進軍方向からしてあちらさんも元から東に集中していたからね。お目当てはこちらですよ、と案内板を立ててやった方がいいだろう?」

「釘付けにさせるわけか」

「そう。……と、同時にお菓子をぶら下げる」

 ぷらぷら、と手首を振ったクロイスが「諦められないだろう?」と目を細めた。

「目と鼻の先に魔石があるんだよ? もしかしたら手が届くかもしれない、と思わせたくてね」

「……非情な……」

「温情だ。ここで死ねば、絶対にハイリオーレは失われない」

 即答だった。その厳しい表情に、ハーデスはクロイスがリンドブルムに来た五千の魔物全てをほふる覚悟でいることを知った。

 一匹も残さない殲滅だ。そしてそれが、魔物に転生した者達へ出来る、最上で、最良の救済だとも。

 クロイスの覚悟と言葉を胸に、ハーデスは「そうだな」と嘆息し、魔物達と面向かった。

「お前を引き入れられて、心から良かったと思っている」

「【死の律】殿のご評価、光栄極まりないね」

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