第24話
「何故私をここに?」
クロイスと共にリンドブルム上空へ転移したハーデスは、戦場の最前線に立たされたことに疑問を呈した。律の管理者として、魔物との戦いには参戦出来ないからだ。
そんな彼に、クロイスは「魔石集めをしてもらおうと思って」としれっと答える。
「【
「……ハイリオーレを、集めろと」
「魂に返す算段はまだついていないが、保持するに越したことはないだろう?」
それは、ハーデス側の事情を慮った作戦だった。
この世界で、魔石は財産だ。富の象徴のその一切を無償で渡すという破格の所業に、自然と頭が下がる。「ありがとう」と心からの感謝を述べたハーデスに、クロイスは口角を上げるや「それともう一つ」と指を立てた。
「君に見せておきたかったんだ」
「何をだ」
「魔物だよ。……あれらは、これから十兵衛君を襲ってくる者のほんの一部だ」
東の方角から徐々に近づいてくる魔物の軍勢を、ハーデスは注視する。
「魔石の力は強大だ。人だけではなく、魔族だって力を欲しがっている。人は魔力の源として魔石を使うが、魔物は魔石を取り込むと存在自体が強化されるからね」
「…………」
「魔石を持ち続けるというのは、そういうことなんだ。この戦いが終わったら、以降、超次元の存在である君が持ちたまえ。その方がまだ彼の安全が保たれる」
「分かった」
クロイスの深謀遠慮に、ハーデスは深く頷いた。
それを見届け、クロイスが胸ポケットからモノクルを取り出し、右目に装着した。――魔道具だ。哀切の眼差しでそれを見つめるハーデスに、「悪いがこれは使わせて貰うよ」と厳しい表情で告げる。
「歴代オーウェンが継いでる魔道具でね。もう長い事使ってしまっている。何より私が一番大事なのは、このハイリオーレではなくリンドブルムの民の命だ」
「分かっている。お前を責められるはずもない。この文明を放置し気づけなかった、星と私が悪いのだから」
「……さて。では始めよう」
クロイスが、両手の指を胸の前で合わせる。
三角形を手で作るような形に構えるや、引き絞るように両腕を勢いよく開いた。――瞬間、幾千万の青白い糸が、一糸乱れぬ動きで夜空に広がる。
それらは等間隔の
魔力の糸はやがて巨大な立方体となり、周囲を広く包み込む。自分の知識には無かった魔法を見るや、ハーデスが「これはなんの魔法だ」と問いかけた。
「【賢者の
「……あまり苛めないでくれ。魔石も知らなかったんだぞ」
「失礼。……これは転移魔法の座標の指標になり、精度と発生速度をさらに上げる魔法だよ」
青白く光る立方体を作り上げた【賢者の兵棋】は、やがてふっとその姿を消す。だが、見えないだけで存在はしているのだ。
リンドブルム中の座標を全て把握したクロイスが、ルナマリア神殿前にある百段を越える大階段――
スイに命じた通りに配置されていた三十チームに至る彼らが、リンドブルム中央の内周に存在する【祈りの灯台】十箇所、外周にある二十箇所それぞれに瞬時に降り立つ。
祈りの灯台は、海側にある灯台のような形の建造物ではない。高所に設置されている、外に張り出すような形で備え付けられた――謂わば飛び込み台のような円形の祈りの場だった。
リンドブルムにそれぞれ円を描く形で等間隔に設置されているそこに、高位神官達が跪き始める。
「何をするつもりなんだ」
「ん? ……
◇◇◇
高所にある祈りの灯台は、風が強い。
手持ちのマッチで苦労して煙草に火をつけた女――クロエ・ナウルティア高位神官は、腰にまで届くオレンジ色の長い髪を風に
「最高のロケーションで一服! 堪らないっすね~!」
「おーい、カガイ神官長に言いつけるぞ」
「それは無しっすよ! 無し無し!」
慌てながらも煙草を携帯灰皿に一向に仕舞わないクロエに、大盾を持った重装備の神殿騎士達が深い溜息を吐く。
「せめてこっちに『守りた~い!』って思わせる言動をしろ! これから文字通り身を盾にしてお前を守るってのに……」
「その大盾も鎧も、
「こいつマジで……マジでこいつよぉ……!」
拳を握りしめる神殿騎士に、隊長格の神殿騎士の男が苦笑して止める。
「ナウルティア高位神官、ご準備を。大鐘楼の鐘の――」
「三つ目の音に合わせるのでしょう? 承知しております」
先ほどまでの軽薄さは鳴りを潜め、緑色の目を細めたクロエが美しく微笑んだ。
ごくりと喉を鳴らす神殿騎士達の前で携帯灰皿に煙草を仕舞い、クロエは祈りの場の中央へと足を進める。
「現場叩き上げ揃いの
「そういうとこ~~~!」
「うちの神官こんなのばっか!」と嘆く部下達に、隊長格の神殿騎士は肩を竦めて笑うのだった。
◇◇◇
聖堂中央に立つカガイの周囲を、神官が囲むようにして跪き祈りを捧げる。
奇跡は、神の力だ。神の血に
――きっとこれにも、ハイリオーレが関わっている。そんな風にスイは思う。
ハーデスの話を聞いた時、スイは魔法使いや神官の成長にもハイリオーレが関わっていると感じた。どちらも、他者からの思いが力に変わるからだ。
神官の場合は、まず前提として奇跡で人を助けて神の偉大さを説き、神の存在を知らしめる。助けられた人々が神官に対して「助けてくれた貴方が信じる神を私も信じたい」と強く思って信者になると、新たな奇跡を授かったり威力が上がるなどの恩恵を受けられるのだ。
ただ、そこにスイは違和感を覚えた。魔法使いの成長の仕方と差異があるからだ。
おそらく魔法使いとは違い、神官の成長には【自身と神のハイリオーレを同時に高めること】が鍵なのではないかと模索する。
「スイ、集中しなさい」
そんな時だ。大きな血晶石のついた
「すみません」と小さく謝罪し、意識を集中する。「今は民の命を守るためのこれが最優先だ」と自省し、スイは深く深く祈りを捧げた。
カガイが行っているのは、各神官が捧げる神への祈りを、己一人が捧げる祈りへと変える御業である。
神官個々に渡される血晶石のタリスマンの代わりに、神官長であるカガイは大きな血晶石が配された
神より捧げられる奇跡の技の中に、そんなものは存在しない。奇跡も祈りも一人一人が使うものだからだ。それを法の隙をつくが如く改変させ、奇跡の効果を高める秘術を【
ともすれば神に刃を向けるようなギリギリの境界で生きる者。それが、カガイ・アノックという男なのだった。
大鐘楼の、鐘が鳴る。
ルナマリア神殿に在する荘厳なる大鐘楼の音が、内臓をも震わせる大きさで響き渡った。
十分に祈りが集まった錫杖が宙に浮き、スイは錫杖を挟んでカガイと相対するように跪いて、二度目の鐘の音が鳴ると同時に奇跡の
――慈悲深き愛の女神よ、我が祈りに応えたまえ
――我、この力を用いて汝の愛する子らを救わんとす
――我、愛を正しく用いて汝の愛する子らを救わんとす
――
――
――汝の愛する子らを守護する御業をここに
――汝の力を顕現せしめん
三つ目の、鐘が鳴った。
「【断絶の
◇◇◇
リンドブルムの中心に在する白亜の神殿から、黄金の光の柱が上がった。
一定の高さで止まったそれは、半円を描くようにして壁を形成していく。――神殿だけではない。祈りの灯台からもだ。
空いた隙間を埋めていくようにリンドブルム全域が徐々に黄金の障壁に包まれていき、やがて都市を丸ごと覆う程の巨大な半円の障壁が完成した。
「……【断絶の障壁】、なのか……?」
上空から全容を見ていたハーデスが、目を丸くして眼下を見つめる。
「【断絶の大障壁】だ。【断絶の障壁】の、さらに大規模なものだよ」
「さすがカガイ神官長」と目を細め、クロイスが口角を上げた。
「【
「神罰……。やはりこの星には本当にあるんだな」
「あるよ。歴史上、凄まじい数の神官が神の裁きの
「…………」
「ま、その話は今はいい。重要なのは、これでリンドブルムに魔物は入れなくなったってことだ。三百六十度、全面ね」
「地下にまで至るのか!」
思わず声を上げたハーデスに、「だから
「おかげで出る杭打たれまくり! 王都のステラ・フェリーチェ大神殿と仲が悪いわけだねぇ」
◇◇◇
「うぐぐぐ……!」
奇跡は無事発現出来たとはいえ、治癒の奇跡と違い、障壁系の奇跡は発現してからが本番である。魔物の侵入を防ぎ、維持することが本領だからだ。
同時発動した高位神官達の奇跡と同調させ、中央から発動させたカガイの奇跡に纏め上げるのは至難の業である。
補佐についていたスイは、脂汗を流しながら必死に維持に努めていた。
「クロエ先輩ぃいい! 出力絞ってぇえええ!」
「泣き言を言わない!」
「だって神官長ぉおお!」
「うるさいですね。高位神官でしょう!」
「とはいえクロエは後で締めます!」と当のカガイも文句を言い放ちつつ、二人は大障壁の維持に専念するのだった。
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