第15話
扇状に緻密に敷き詰められた石畳を、浮いた荷車を引いた馬が小気味いい足音を立てながら駆けていく。十兵衛の慣れ親しんでいる馬よりもよほど大きな体躯だった。
「あれは軍馬なのか!?」と目を丸くして述べる十兵衛に対し、ハーデスが「荷運び用の馬だ」と肩を竦めて答える。
「軍馬はもっと筋肉質ですよ。筋骨隆々! って感じです」
「さらに凄い馬がいるというのか……」
完全に田舎者丸出しの状態できょろきょろと辺りを見る十兵衛を微笑ましく見守りながら、スイはここまで運んでくれた
「郵便大鷲さん、本当にありがとうございました。お約束通り、後でお肉を差し入れますね」
機嫌よく鳴き声を上げた郵便大鷲が大きく翼を広げて羽ばたき、
降り立った場所は、フォーリ区画というリンドブルムの中心街より外れに位置する場所だった。中央をぐるりと囲む城壁より外にある区画ではあるが、その街並みは活気にあふれている。視線を巡らせると新たな城壁が外にも建築中なのか木の足場が組まれており、その下で多くの人々が働いているのが見えた。
城壁の外に住まう者の割には皆健康的な顔色で、清潔感溢れる装いだ。「ここは貧しい者が住まう場所ではないのだな」と不思議そうに言う十兵衛に、スイは「うーん」と難しい顔で頬を掻いた。
「そう、といえばそうです。土地代も安価ですし、目下建設中とはいえ城壁の外ですしね。だからといって大きな差別はないですが」
「だが、ここの民は裕福そうだ」
自領の村民のやせ細った姿を思い出しながら言う十兵衛に、「商売人が多いからでしょうね」とスイが語った。
「ここは交易都市ですからね。多少の危険は覚悟の上でも、この地で商売をした方が儲かるんです。そうした人々が集まってこういう区画が出来ました。――昔も、今も」
「そうか。今中心に見える所も、そのフォーリ区画と同じものだったんだな」
「はい。リンドブルムは古い歴史があって、裾野を広げるようにして大きくなっていったんです」
「商売ができるということは仕事があるということですからね」と民が潤沢な生活を送れる程には裕福である意味を語りながら、スイが先導して道案内を始めた。
歩きやすく舗装された道に、曲がり角には親切なことに必ず道案内の看板が付いている。石造りの家々は軒先まで綺麗に装飾され、びいどろ――ガラス窓の向こう側には布で出来た熊の置物のような物も見えた。これが一番貧しい者達の住まいだとすれば、中央はどうなっているんだと十兵衛は慄く。
「ここを治めてらっしゃるオーウェン公とは、凄いお方なんだな」
「どうしてそうお思いになったんですか?」
興味津々といった風なスイに、十兵衛は熱のこもった問いかけをする。
「民に贅沢を許してらっしゃる。平和ではあるが、この国は戦時中なのだろう? もっと厳しい税の取り立てがあれば、こんな風には過ごせないはずだ」
「ははぁ~、なるほど」
十兵衛の素直な意見に、スイはにこにこと笑みを浮かべた。
「確かにその考えも分かります。領地によってはそういう所もありますよ」
「そうなのか」
「えぇ。ですがこの地を治める歴代オーウェンは違います」
「……?」
「『共に富む』。これが一番儲かるんです」
お金の流れを太く大きくすること。これが大事なのだとスイは語った。
「財の集中化は必要以上の貧富の差を生みます。安定しない経済の状態では先行きの不透明さから中央が財を集めておいた方がいざという時に良かったりもしますが、やりすぎるとその内に民が疲弊して働く意義すら見失うわけですね」
「なるほどなるほど……ま、待ってくれ、書く物が欲しい」
「どうぞ?」
これは貴重な弁論だと思った十兵衛が、スイから紙と筆――ならぬ鉛筆を貰って書き留め始めた。こんなに便利なものがと驚きつつ、十兵衛は紙に書き記していく。
「成果には必ず見返りがあること。これは大前提です。働ける場所を提供し、民が満足できる生活水準を得て、贅沢にも手を伸ばす。そうすると程よく経済が回り始めて、税収も大きく上がるわけですね」
「それが『共に富む』というわけか」
「はい。勿論これが通じる所と通じない所はありますから、ご参考までに」
「いや、とても勉強になった。ありがとうスイ殿」
スイに鉛筆を返した十兵衛は、しみじみと書き留めた紙を眺め、内心感嘆の息を吐いた。
十兵衛は、
本を声に出して音読し、姿も分からない動物を伝えるために手製の木彫り人形を作って献上した。その度に喜び丁寧に礼を述べてくれる秀治を、十兵衛は不敬とは理解しながらも兄のように慕っていたのである。
四つ上の秀治は穏やかな主であり、次男かつ盲目という立場柄、後継ぎ争いにはとんと縁のない男だった。それが二年前、戦で長男の
以降、十兵衛の役目は八剣家の長子である
話が出来る機会を得たからには、有益な情報をお渡ししたい。そう思い、十兵衛は同輩以上に勉学に励んでいた。スイが
切腹以前の自分の在り方を思い出した十兵衛は、「いずれ日本で死ぬ定めであっても、秀治様のお役に立てるような情報を仕入れておこう」と、貴重な機会をくれたスイに感謝しつつ決意を新たにするのだった。
きらきらとした目で自分の書いたメモを見ている十兵衛を横目に、ハーデスがふとスイに話を振った。
「神官という割には、やたらとそちらの方面に詳しいな」
「や、やだな~ハーデスさんったら! お上手ですね!」
「謙遜する必要はない、事実だ。ちなみに、聞けば理由などは教えてもらえるのか?」
その問いには、スイはしばし目を瞬かせ、にっこりと笑みを浮かべた。
「後ほど! その時には、ハーデスさん達の事も是非教えてくださいね!」
スイの返しに、ハーデスと十兵衛は目を見合わせる。二人ともこの星の者ではないが、それをどう説明したものかと頭を悩ませた。
だが、現時点でスイがこう言う程には不審なのだ。やおら嘆息したハーデスが覚悟を決め、「分かった」と了承した。
「いいのか?」
「いい。こちらでの協力者も欲しい所だったからな。なによりスイは信用できる」
素直な誉め言葉に十兵衛は目を丸くし、スイは照れから少し頬を染めた。
「ハイリオーレが耀いているからな」
「それは……この上ない証明だ」
魂に重なり合っていくハイリオーレの中で、「耀きは、その生で多くの者からよほど強く思われないと見えないものだ」と後から教えて貰っていた十兵衛は、スイを見て納得するように頷いた。カルド村まで独断専行をしてでも救援にきた少女だ。「ハイリオーレが見えない自分でも、スイ殿が善人であることはよく分かる」と優しく微笑む。
「はいりおーれ?」
再び耳にした聞き覚えのない言葉に首を傾げるスイに、「それも併せて後ほど話そう」と、ハーデスと十兵衛は歩みを促すのだった。
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