第13話
「よし、これでばっちり男前!」
アレンに黒革の胴鎧をつけた腹を叩かれ、十兵衛は苦笑しながら礼を述べた。
「十兵衛さん、俺より背が小さくて良かったよ。紐でサイズ調整しやすいし」と考え無しに発言したトレイルに十兵衛がむかっ腹を立て、アレンが「トレイル兄ちゃん! 配慮配慮!」と間に入って場を収めるなどのトラブルはあったが、それ以外の問題はさほどなく準備が着々と進められた。
郵便大鷲の荷袋には椅子が打ち付けられた板が内部に敷かれ、十兵衛が座りやすいように配慮されている。郵便大鷲を見た十兵衛はあまりの大きさに「こちらの鷲は全部この大きさなのか!?」と驚きに目を瞠ったが、ハーデスから「こいつが最大なだけだ」と教えられて戸惑いつつも納得した。
「ハーデスさんは、ほんとに飛んで行かれるんですか……?」
郵便大鷲の背に配されている簡素な鞍に跨りながら、スイがおそるおそる問いかける。いくら【
「でも、大変じゃありませんか?」
「十兵衛と共に何時間もあの狭い荷袋に入れと? そっちの方がお断りだ」
「俺だってお断りだ」
髭諸々の脱毛トラブルを未だに根に持っている十兵衛がハーデスを睨みつける。
朝方はなんだか仲が良さそうに見えたのになぁと苦笑しながら、スイは「分かりました」と頷いた。
カルナヴァーンの魔石と着物や
「ありがとう。いい匂いだ」
「朝の残りでごめんな。ていうか、ほんと何も返せなくて……」
カルド村の村民の間でも、救助に来てくれたスイや十兵衛達に何かお礼をしたいという声は上がっていた。だが、スイは神官長の命令違反で来た身であり、十兵衛も金品目的で来たわけではない。結局二人は、村民から持ち寄られたお礼を「お気持ちだけで」と受け取らずに断ったのだった。
とはいえ何かしたかったと眉尻を下げたアレンの頭を、十兵衛が腕を伸ばして優しく撫でる。
「十分頂いたさ。服も、この弁当も、お礼の言葉も。何より、ただ俺がアレンの願いに応えたかっただけなんだ。これ以上は気にするな」
「でも……」
「
蒸し風呂や、あってもかけ湯ぐらいの十兵衛の生活の中で、湯に浸かれるという贅沢な体験はまず無かったことだった。湯治に使われる温泉は知っていたが、実際に行った事もない。「肩まで浸かると自然に声が出る」という新たな知識を得る程堪能した十兵衛は、アレンがいれてくれたこちらの風呂を、殊の外気に入っていたのだった。
それを聞いて、アレンが照れ臭そうに笑いながら「分かったよ」と鼻を擦る。
「それまでに生えるといいね、毛」
「無駄だ。私の許可が無い限り永遠に無い」
「ハーデスお前な!」
ぎゃいぎゃいとまたもひと悶着起こし始めた二人を止めるように、スイが郵便大鷲の首を軽く叩いて出発を促す。
指示を受けた郵便大鷲が、大きく翼を広げて羽ばたいた。
「それでは皆さん、お元気で! オルドアさん、リンドブルムより後程人は送りますので!」
「ありがとうございますスイ様。ロキート村の者達の埋葬は、出来る限りこちらでも進めておきます」
「十兵衛、スイ様、ハーデス様! 本当にありがとう!」
「道中お気をつけて!」
「またな、十兵衛さん! 次会う時までに背が伸びてますように!」
「トレイルぅうう!」
十兵衛とオルドアの声が重なる。見送りに来ていたカルド村の村民からも明るい笑い声が上がり、その声を受けながら十兵衛の入った荷袋も同様に浮き上がった。
長柄をしっかりと鷲爪で掴んだ郵便大鷲が、羽ばたきながら【
「十兵衛お兄ちゃん!」
幼い声が、真下から聞こえた。
はっと視線を向けると、ライラの娘のマリーがキヌイと共に並んでこちらを見上げていた。
マリーはぎゅっと胸元で手を握りしめ、一度目を閉じると大きく十兵衛に笑ってみせる。
「お母さんとの約束、守ってくれてありがとう! 元気でね!」
十兵衛は、目を見開いて瞳を震わせた。
彼女にしてみれば、十兵衛は大切な父母の命を絶った男にすぎない。にも拘わらず笑顔をみせてそう告げてくれたマリーの姿に、十兵衛はぐっと奥歯を噛み締めて、やがて大きく手を振った。
「マリーも! どうか息災で!」
彼の声に応えるように、マリーも大きく手を振り返す。
風を掴んだ郵便大鷲が、ぐんぐんと速度を上げて東の方角へと飛んでいく。そうしてどんどん小さくなっていくカルド村が見えなくなるまで、十兵衛はずっと手を振り続けたのだった。
「……父ちゃん、俺さ」
十兵衛達が見えなくなるまで見送った後、アレンは隣にいたアイルークを振り仰いだ。
「なんだい? アレン」
「俺、ずっと将来は父ちゃんの仕事を継ぐって考えてたんだ」
「でも、」と一瞬口ごもり、強い意志の宿る瞳でアイルークを見つめる。
「――薬師になりたい。薬草売りじゃない、その先の薬師に、俺はなりたい」
「アレン……」
「奇跡で救えない人を救える道を、選べるようになりたいんだ」
アレンの決意の言葉に、アイルークは目を見開く。
スイの
しばし言葉を失っていたアイルークだったが、やがてふっと柔らかい笑みを浮かべて跪くと、心ごと大人に成長した息子をぎゅっと抱きしめた。
「……ガルに、手紙を書くよ」
「ガラドルフのおっちゃんに?」
「あぁ。ガルのお母さんは薬草学に長けたエルフだからね。ご実家で学ばせて貰えないか、私から聞いてみよう」
「父ちゃん……」
驚くアレンに、アイルークは細い両肩に手を乗せて、力を込めた。
「頑張れ、アレン。世界でたった一人でも、私だけはお前の夢を応援しているよ」
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