第10話

 腐敗した死体をそのまま大きくしたようだ。カルナヴァーンを前にして、十兵衛はそんな感想を抱いた。

 四つ足の獣ではなく二本足で立つ相手な分まだやりようもあるだろうと、打刀を鞘に収めたまま構える。と、そこでふと視線を感じた。

 黄金に光り輝く障壁の向こう側で、スイが不安そうに十兵衛を見ていた。一瞬だけ視線をやり、顔はカルナヴァーンに向けたまま「大丈夫だ、スイ殿」と安心させるように告げる。

「ですが、あんな勢いで蹴り飛ばされて……!」

「何、ご覧の通りピンピンしている。一瞬意識は混濁したが、痛みは無い」

「そんなはずは……」

 切腹間際の状態でこちらに来た十兵衛は、非常に軽装である。胴体を守る当世具足とうせいぐそくは脱ぎ捨ててきたため、防具と言えるのは臑当すねあて籠手こてぐらいのものだった。

 正直な所、あの蹴りをくらって無事だったことに十兵衛自身も驚いてはいたのだ。

 ――ハーデスが何かやったんだろう。

 人智の及ばない事は、大体がハーデスのせいだ。そんな風に考えそれ以上の思考を止めた十兵衛は、「だからライラ殿は誰も傷つけていない」と念を押すように言った。

「剣士の身で儂の前に立つか」

 しばし目を眇めて十兵衛を眺めていたカルナヴァーンが、背負った大曲剣をおもむろに抜いた。

 棘が並ぶ刃先を見た十兵衛は、百足むかでの胴体のようにも思えるそれに目をみはる。

「なんだ? 百足……?」と無意識に呟いた十兵衛に、カルナヴァーンは「儂の魔剣を知らんのか」と驚き哀れんだ。

「魔剣?」

金剛大百足こんごうおおむかでベルデンドラ。お前の鉄剣てっけんよりも固い装甲を持つ、大百足の素材で出来た魔剣だ」

「……これの名称は正しくは打刀うちがたなだ。覚えておけ」

 自分の刀をあなどられて、十兵衛はむっとする。「せっかく教えてやったというに」と呆れたように嘆息するカルナヴァーンと対照的に、その話を聞いたスイは顔色を失った。

「駄目……十兵衛さん、逃げて」

「スイ殿?」

「鉄の剣じゃ、絶対にカルナヴァーンに敵わない。だから!」

「……何事もやらんと分からん!」

 弾かれるように十兵衛は飛び出した。打刀の柄に手を置き、低い姿勢を保ちながら素早い速度で肉薄する。

 そんな侍の突貫に白けた目を向け「やらんでも分かる」とぼやきながら、カルナヴァーンは面倒くさそうにわざと一拍いっぱくずらす形で大曲剣を振り上げた。を狙おうと思ったのだ。

 だが。

「なっ……!」

 カルナヴァーンは、その巨体を大きく傾かせた。

 左足の膝から下を失ったのだ。

「えっ!?」

 スイの眼前で、十兵衛がカルナヴァーンの股下に向かって身軽に滑り込む。続けざまに右足をも斬り落とした十兵衛は、すぐさま態勢を立て直し、抜き放った打刀を持って果敢にカルナヴァーンの背から首を狙いに行った。

「ちっ!」

 が、カルナヴァーンも伊達ではない。即座に大地に両手をつけ、距離を取る様に飛び上がる。

 膝下から失った足より血が吹き出たが、そこにしがみつく物があった。

「あれは……!」

 あまりの光景に、スイが声を上げた。

 カルナヴァーンの身体に巣食う蟲が、その身を伸ばして斬り落とされた足を拾ったのだ。

 やがて蟲同士で手を繋ぐように傷口を塞ぎ、まるで瘡蓋かさぶたのように傷を覆う。

「一撃で決めんといかんようだな」

 落としたはずの両足で大地を踏みしめ大曲剣を構えたカルナヴァーンに対し、十兵衛が独り言ちた。

 手傷を負わされたカルナヴァーンもまた、十兵衛の予想を超える剣技にぎりりと歯を食いしばる。

「何故だ。何故斬れた」

 低い声で唸るようにして言うカルナヴァーンに、十兵衛が訝しげに片眉を上げた。

 カルナヴァーンは勝利を確信していた。先んじてエーテルを見て魔法使いでないことを確認、【看破ペネトレイト】の魔法を使って打刀の素材を見極め、十兵衛が何の変哲もない鉄剣を扱う剣士だと知っていたのだ。にも拘らず大きく予想が外れたことに対し、苛立ちに声を荒げる。

「儂の【身体硬化プロテクション】を破っただと!? ただの鉄剣が! 信じられるか!」

 その言葉に、思わずスイも同意した。

身体硬化プロテクション】と呼ばれる硬化魔法は、魔法や物理といった外からの攻撃を易々とは通さない。ただの鉄剣ではかすり傷すら与えられないのだ。とくに魔王麾下七閃将の面々は殆ど全員が会得していると言われており、彼らとまともに戦うならまず【身体硬化プロテクション】を打ち消す魔法を使える魔法使いを連れてくるか、同様の能力が籠った魔剣を用立てる必要があった。

 何より、本来魔法使いとして破格の実力を兼ね備えているカルナヴァーンは、その強靭さでも有名だった。己の魔力と技術で補完し、【身体硬化プロテクション】をさらに強力なものへと変えて使用していたのだ。

 そんな身体を、十兵衛はあっさりと一刀両断したのである。

「我が国が誇る究極の刀剣だ。ただの鉄と侮ってくれるなよ」

 カルナヴァーンの事情を知る由もない十兵衛が、またもむっとしながら苦言を呈す。それに対して「いやそうじゃなくて」と突っ込んだのはスイもカルナヴァーンもほぼ同時で、三者三様の反応を上空から見ていたハーデスは「さもありなん」と肩を竦めた。


 次元を超えたのは十兵衛だけではない。十兵衛が身に着けていた衣服や武器の全てが、高次元領域から低次元領域へ移動していた。

 ライラからの渾身の蹴りは、死んでもおかしくない一撃であった。にも拘らず十兵衛が無事だったのは、彼の衣服がこの世界において破格の代物に変わっていたからである。――そしてそれは、のことだった。

次元優位じげんゆうい】。高次元領域の存在や物体が低次元領域に移動する事で起きる、次元を超えた優位性。

 衣服や防具はどんな攻撃も通らない破格の装備へと変わり、打刀はどんな物体をも斬り裂く武器へと変じた。その事実を、十兵衛は知らない。

 アレンを助ける際「優位性を無くしてくれ」と頼まれたハーデスは、身体に限った物のみを調整した。刀や衣服については言及されなかったのでそのままにしていたのだ。

 聞かれねば答えない。そういったハーデスのスタンスが、三人の混乱を更に深めていたのだった。


「もうよいわ」

 自身の言葉が微塵も理解されない事に苛ついたカルナヴァーンが、十兵衛に向けて手を翳す。

「業腹だが、斬れ味が良いのはよう分かった。であれば近づけさせんまで」

「……!」

「我が子らよ、く喰らいつくせ。一匹とは言わず、皆で仲良う分けて喰うといい」

 瞬間、宙を飛んでいた極小の蟲達が一斉に十兵衛へ向かった。村人達を魔物へ変化させた寄生虫の群れだ。

「うわっ!」

 一時の間もなく、寄生虫の群れが十兵衛を襲う。体の穴という穴から虫が入り内部から変えられ、十兵衛が魔物化してしまうとスイは最悪の事態に息を呑んだ。

 ところが。

「馬鹿なっ……! 何故寄生出来ん!?」

 寄生虫達は、十兵衛にたかるも身体への侵入を果たせなかった。驚愕に目を瞠るカルナヴァーンの前で、十兵衛は「わーっ!」と蟲達を払うべく頭の傍で両手を振っていた。が、やがて触れもしないことに気が付き思わず目を瞬く。

「……ハーデス、何かしたか?」

「私か? いや、何もしていない」

「なら、なんで……」

いて言うならした後だ」

「してるんじゃないか!」

「どういうことだ!」と怒鳴りつける十兵衛に対し、ハーデスは足を組んだ姿勢のまま嘆息する。

「切腹を封じたアレだ。種類は様々だが、病は小さきものの寄生から始まる事が多いだろう? それを防ぐとなれば、此度も当てはまる」

「……しくもというわけか」

「何が奇しくもだ。お前達の常識に当てはめれば祝福にもあたいするだろうが」

「俺にとっては呪いだ! あと、いくら防がれるとはいえ目や耳の側でたかられたら気が狂いそうだからなんとかしてくれ!」

「注文の多い奴だな。私は手を出さないと言って……」

 そこで、はた、とハーデスは動きを止めた。十兵衛を見下ろし目を眇め、彼に集る蟲達を注視するや「なるほど?」と独り言ちる。

 そうしておもむろに指を構え、パチンと軽快な音を鳴らした。

 瞬間、その音を合図に十兵衛を覆っていた蟲の一切が跡形もなく消滅する。

 絶句するカルナヴァーンとスイの前で、触れはしなかったものの生理的に覚えた痒みに十兵衛がぼりぼりと顔を掻いた。

 そんな彼の側に、上空から降りてきたハーデスが立つ。

「よく分かったな」と素直に目の前の侍を讃え、当の本人は「何の話だ」と眉をひそめた。

「あの蟲達だ。模倣生物フェイカーという。魂の込められていない、作られた生物だ」

「へぇ……」

「あれには寿命がないからな、私も手出しが出来たというわけだ」

「よく分からんが、つまりお前を働かせることが出来る、と」

「は?」

 打刀を構え直した十兵衛が、ちらりと横目でハーデスを見る。

「カルド村の皆にもライラ殿にも、お前は教えて貰っただろう。自ら死を選ぶ者の心を」

「…………」

「恩は返せ。出来る範囲で構わん」

「……譲歩して、お前を守る事ぐらいだ」

「上等!」

 案を受け入れた十兵衛に対し、ハーデスはふんと鼻を鳴らす。

 並び立った冥王と侍を、怒りに震える魔将が殺意を込めた目で睨みつけた。

「【召喚サモン破毒毛虫フランネルモス】!」

 カルナヴァーンの側に、黒々とした円形の穴が開く。穴を中心として何某かの言葉が掛かれた陣が浮き上がり、紫色の光を放つそれは回転しながらその大きさを広げた。

召喚転移門サモンゲート】。この星においてそう呼ばれる魔法陣より出てきたのは、見た目だけはふわふわとした金色の毛を持つ毛虫だった。ともすれば毛玉のようにも思える様相だが――ただ、でかい。

 虫は苦手ではない十兵衛だったが、カルナヴァーンの身長に届く程の大きさである蠢く毛虫は別だった。慄き、ぞわぞわと背筋を走る怖気おぞけに思わずごくりと生唾を飲みこむ。

 ハーデスがなんとかしてくれないかとチラリと横目で見たが、当のハーデスは十兵衛の視線を受けて顔の前で指をバツ印にしてみせた。

「くそっ!」

 どうやら魂の宿る存在らしい。遮二無二しゃにむに走り出した十兵衛に対し、フランネルモスがカルナヴァーンの指示を受けて己の硬毛こうもうを逆立てた。

「【破毒嵐はどくあらし】!」

 瞬間、万を超える金色の矢が十兵衛に向かった。フランネルモスの放った毒の毛である。鉄砲水のような密度で放たれたそれに加え、カルナヴァーンは「【不可避の麻痺アブソリュート・パライズ】!」と高位行動停止魔法を十兵衛にかけた。――が、止まらない。

 前方より毒の矢嵐が迫っているというのに、十兵衛は真っ直ぐに突き進む。麻痺魔法がかからないことに驚くカルナヴァーンの前で、突如としてフランネルモスの毛が消失した。

 飛来していたものだけでない。――身に生えていた体毛の全てだ。

 毒は効かずとも、次元優位の無い生身に物理攻撃は有効である。だが、十兵衛は寿命のある不死だ。結果的にどうあれ太刀打ちできるものだと判断し、その上で特例対象者への現戦闘における完全守護を約束したハーデスが、ことわりの下に破格の御業を行使したのだった。

「なんだかんだでえげつない事をするな!」

「毛根の死滅か? 一部の部下には人気だぞ」

 平然とした表情で言ってのけたハーデスを苦々しく思いつつ、十兵衛は打刀を振るった。つるっぱげの胴体を一直線に切り裂かれたフランネルモスが、甲高い声を上げて絶命する。舌打ちをしつつ飛び退ったカルナヴァーンは、距離を取るべく飛んだ先で大きな音を立てて地に手をついた。

「【千軍万門サウザンド・サモン弾丸蟻バレットアント】!」

 千を超える小さな門が、魔将の背に出現した。細かな衝撃波を放つスピードで穿たれたバレットアントは、その名の通り弾丸で打ち抜かれたかのような激痛をもたらす毒を持つ。顎の力も強く、一度噛まれれば肉をこそがねば取れず、尻にある毒針で刺されれば丸一日悶絶してから死に至るという怖ろしい蟲だった。

 これをさらに魔法で強化するべく模倣生物フェイカーとして作り直したため、ここにいるのは人をも喰らう人喰い蟻だ。小さい故に容易に払う事も出来ないそれを、カルナヴァーンは攻撃手段として選んだのだった。

 だが、模倣生物はハーデスの技の行使範疇である。発生を確認するや指を鳴らし、全てを消滅させことに変えた。

「馬鹿な……馬鹿な、馬鹿な、馬鹿なッ!」

 なおも接近する十兵衛を寄せ付けないよう、カルナヴァーンは混乱に陥りそうな所を必死に堪えて風魔法を唱える。

「【暴虐の列風刃エアロ・ブレイズ】!」

「おい、十兵衛」

 しかし、風の刃が十兵衛に届く寸前、発生した転移門が彼への魔法を彼方へ転移させる飛ばした。「転移魔法!?」と声を揃えて叫んだカルナヴァーンとスイを尻目に、不機嫌そうなハーデスが十兵衛に苦言を呈す。

「私の厚意に胡坐をかきすぎだ。避けられるものは自分で避けろ」

「名を呼んだと思ったら文句しか垂れないお前に聞く耳は持たん!」

「文句魔人はお前だろうが!」

「誰が文句魔人だ!」

 罵り合いながらも、十兵衛の足は止まらない。攻撃可能範囲内にようやく滑り込んだ所で、強く舌打ちしたカルナヴァーンが今度は隙無く魔剣ベルデンドラを振り下ろした。

 速い。腐乱死体のような姿のくせに、筋骨隆々とした将軍のような太刀筋だった。避けねばと思う間もなく咄嗟に打刀を眼前に構えた十兵衛は、百足の胴体のような刀身が視界の端に飛んでいくのを見て思わず「えっ」と小さな声を上げた。

「えっ」

 まったく同じ台詞が聞こえる。目の前のカルナヴァーンからだ。

 眼窩に光る赤い瞳と十兵衛の黒々とした目が見つめ合い、一拍置いたあと腹部に衝撃が走った。カルナヴァーンが蹴り飛ばしたからだ。

「うおっ!」

 痛みはまったくないが吹っ飛びはする。宙を飛んだ十兵衛だったが、地に激突する前にハーデスの手によって止められた。

 背に手を添え止めてくれたハーデスに「ありが……」と一瞬礼を言いかけた十兵衛だったが、これまでの所業を思ってはた、と口籠った。むむむと唇をもごもごさせ、やおら「悪くない援護だった」と告げると、ハーデスが不愉快そうに「はぁ?」と顔をしかめる。

「私に大半をやらせておいてその言い草とは。不遜極まりないな」

「うるさい。ところでどうなっているんだ。魔剣とやらは鉄より硬いと自慢していたくせに、豆腐ばりに斬れたぞ」

「それに関しての説明は後でしてやる。あと、ここぞとばかりに言ってやるが」

「なんだ」

「お前も配慮が足りないぞ」

「何の話だ」と言いかけた瞬間、眼前の魔将より凄まじい殺気が巻き起こる。

 怒りに震える彼の背後には、大小様々の召喚魔法陣が天高くそびえたつ壁のように構築されていた。



 蟲が、好きだった。

 カルナヴァーンは、生き物の中で一番蟲が好きだった。

 機能美に優れ、個性的で、禍々しさと美しさを兼ね備えている蟲達は永遠に見ていて飽きない。惜しむらくはその命数が短いことだったが、死体を標本と成した後に魔力を注げば、模倣生物フェイカーとして従える事が出来た。蟲道こどうの名の通り蟲毒の壺として己の身を使ったのは、すでに命数を終えた命無き彼らの身体を弄ることに対する贖罪も兼ねていたからだ。

 物言わぬ蟲達は、ずっとカルナヴァーンに寄り添った。模倣生物として魔力を注いで使役化した後も、皆変わらず側にいた。

 彼らに心を解するような大した知能など無い。そう分かっていれども、カルナヴァーンはひたむきに向ける愛情に蟲達が応えてくれているように感じていたのだ。


 そんな彼らが、瞬く間に消滅させられる。


 滅する、というよりも呆気ない。消去という方が表現が近い。

 ハーデスという男が手を翳す先から、一片の薄羽も残さず愛しい蟲達が消え失せる。

 体中の蟲を放出しようが、大量の魔力を使ってヨルムンガンドから召喚しようが関係ない。蟲も魔法も見る間に消される矢先から、隙をついて十兵衛が迫るのを身をかわして必死に避けた。

「七閃将だぞ!」という叫びが胸の内で轟いた。遠近兼ね備えた戦い方が出来る己の技が、まったくといって通用しない。

 召喚魔法は蟲ごと消滅し、残ったと思った同胞はらからは瞬く間に十兵衛が斬り伏せる。せめてもと放った魔法は発生する前に完封されるか、放った先から転移魔法でどこかに飛ばされ一撃を与えるにも至らない。麻痺も毒も睡眠でさえ、不可避の状態異常魔法すらかからない二人に、カルナヴァーンは心底恐怖した。

 このままではらちが明かない。なんとかして得意な手合いに持ち込まねばと策を巡らせた――そんな時だ。


 ――待てよ。アレはどうだ。


 ふとした考えが脳裏によぎる。すぐさま実践するべく召喚魔法を発動させ、寄生虫の寄生によって魔物化した人間を呼び出した。

「……!」

 ハーデスの眉間に皺が寄り、動きが止まる。

 やはり、とカルナヴァーンは笑みを浮かべた。消滅させていた蟲の傾向を察するに、ハーデスは模倣生物フェイカー以外のものに手を出せない。もしくは、彼の理に反するのだ。

 代わりに前に躍り出た十兵衛が一刀で首を落として斬り伏せたが、一番厄介な男を止める事が出来るのなら勝利も同然だった。

 カルナヴァーンは魔力を込め召喚転移門サモンゲートを大きく広げると、配下の蟲達を招集する。

「愛しい同胞はらから達よ! 儂の元につどえ!」

 広がった門から次から次へと魔物が現れた。マルー大森林で集めた、ロキート村の村人達だ。

 まずは肉壁にでもなればいい。十分に距離を取った後、広範囲大魔法で当たり一面焼け野原にしてくれる。そんな風に考え、カルナヴァーンは門の後ろに回り戦場から離れようとした。


 その目の前で。

 門が、真っ二つに斬られた。


「な……!」

 開いた口が塞がらない。召喚転移門サモンゲートが斬られるなんて聞いた事も無かった。

 緻密ちみつな魔力操作で作られる召喚転移門サモンゲートは、その構成を乱すような魔法攻撃を受けない限り崩壊するはずがない。

 けれど、確かに目の前の男は斬ったのだ。


 打刀うちがたなと呼ばれる、その剣で。


「将なのだろう? そう逃げてくれるなよ」

 あまりの衝撃に固まったカルナヴァーンに、ついに迫った十兵衛が眼前へ顔を寄せ目を細める。

 ぞっとするような酷薄な表情に、背筋が震えた。

 何が逃げるだ、とカルナヴァーンは憎々しげに思う。長き時に渡って魔物を増やし、魔王軍の増強を図ったのは自分だ。この自分がやってのけたのだ。

 それも全て、大いなる目的のためだった。策を果たすためにはこんな所で死ぬわけにはいかない。そんな独白を胸に秘め、カルナヴァーンは刀身が半分になってしまった大曲剣を振り回す。

 だが、戦いの最中で目が慣れたのか十兵衛はその全てを見切り、無駄の一切無い紙一重の動作で躱してみせた。

「いいのか! 儂を殺せば魔族の呪いがお前に降りかかるぞ!」

 死に物狂いの猛攻も瞞着まんちゃくも、全て十兵衛には届かない。

「生憎だが」

 大振りの大曲剣が一番地面に近づいたその瞬間、十兵衛は峰の部分を叩き落すかのように足蹴あしげにした。

 そうして大地に突き刺さった大曲剣を踏み台に飛び上がるや、白刃煌めく打刀を大きく振り被る。

 その刃は、確かに七閃将の首を捉えた。


「俺の呪いは、無病息災だ」



 紫電一閃。



 吹き出す返り血から距離を取り、血を払った刀を十兵衛は自然な所作で鞘に収める。

 地に転がる絶命した命を、羨ましそうに見つめながら。

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