第四章

「おい、見世物小屋が来てるってよ!」

「マジで? 観に行こうぜ」

「でも、そういうの子供は行っちゃダメだって先生が言ってたよ。うちのママも絶対怒る」

「バレなきゃいいんだよバレなきゃ。それともおまえ、ビビってんのか?」

「ビ、ビビってないし。そんなに言うなら行くよ。おれはべつに興味ないんだけど、しょうがないな」

 そうして少年たちは連れ立って、町はずれに設置された見世物一座のテントへやって来た。すでに多くの客が訪れており、入り口で長蛇の列になっている。大人も子供もいるが、どちらかというと男が多い印象だ。

 薬売りの実演販売や、虫歯の抜歯などを眺めながら一時間ほど待たされ、ようやく彼らの順番がまわってきた。入り口で十セント払い、十数名ほどが前の観客と入れ替わりで通される。

 テントのなかには舞台が設置されていて、そこにシルクハットにモーニングコート姿の巨漢が登壇している。かなりの肥満体で、腹が樽のように膨れている。

「紳士淑女の皆さま、ようこそバートン一座の見世物小屋へ! 私は座長のジョン・バートンと申します。さて、本日お見せいたしますのは、世にも奇妙な異形の数々――と、まあ前置きはこのくらいにして、さっそくご覧に入れましょう。まずはこの男、怪力無双の巨人族、ダスティン!」

 座長の呼び声に応じて、奥から大男が登場した。その身長は座長さえも小人に見えるほどだ。八フィート、いや九フィートはあるだろうか。

 彼はやたら大きなハンマーを運んできて、床の上に置いた。

「さあさあ、どなたかこれを持ち上げて見ようという力自慢のかたはいらっしゃいますか?」

 座長の呼び声に応え、観客の一人が舞台に上がり、言われたとおりハンマーを持ち上げようとした。しかしビクともしない。さらに二人、三人と挑戦するが、誰も床から浮かせることさえできなかった。

 挑戦者がいなくなったところで、ふたたびダスティンがハンマーを持ち上げた。まるで羽のように軽々と。さらに彼は砲丸を二つ取り出し、なんとハンマーも使ってジャグリングを始めたではないか。これには観客も拍手喝采だ。

「皆さま、お楽しみいただけているようですね。ですが彼はまだまだ前座ということをお忘れなく。続きましてご紹介するのは、インドのジャングルからやって来た蛇女、エヴァでございます」

 ダスティンが今度は大きめの花瓶を運んできた。座長が笛を取り出して、奇妙な音色を奏で始める。すると、中からゆっくり手が伸びて来た。花瓶の狭い口を通って、スルスルと這い出てくる。まるで関節がないかのようだ。しかもおどろいたことに、一糸まとわぬ女の肌には、びっしりと鱗が生えているではないか。

 エヴァは長い舌を伸ばして、観客を威嚇するようにチロチロと動かす。その先端は蛇のように二つに裂けている。あまりの不気味さに、見ていた子供が泣き始めてしまった。

「さあ、どなたかエヴァとたわむれてみたいかたはいらっしゃいませんか。――はい、そこのあなた! どうぞこちらへ」

 呼ばれた観客が舞台へ上がると、エヴァは床を這って近づき、脚から身体に巻きついた。そのままどんどん上のほうへ登ってくる。最終的に観客はがんじがらめのようになってしまった。鼻先を舌がチロチロとかすめる。

 やがて座長の指示で観客を解放すると、エヴァは花瓶のなかへ戻った。ダスティンが花瓶を傾け、彼女の全身が納まっている様子を観客に披露する。

「どうです? すごいでしょう。ですがこのくらいでおどろいてはいけません。見世物はまだまだ続きますよ。お次は十年間眠り続ける女、夢遊病患者のルクレツィア!」

 ダスティンが棺桶を舞台に運び入れ、ふたを開けた。すると女が納まっていて、気持ちよさそうに寝息を立てている。

「たぬき寝入りだと思われるかたは、どうぞお試しください。ケガをさせない範囲でなら、痛みを与えても結構です」

 この挑発に乗った観客たちが、肌をつねったりくすぐったり、耳に吐息を吹きかけたり、胸をもんだり、さまざまな方法で眠り女を起こそうと試みた。しかし何をやってもまったく反応がない。

「ルクレツィアは眠り続けることで、夢を通じて宇宙の真理とつながっています。そのため過去現在未来のあらゆる質問に、寝言で答えることが出来るのです。どなたか、何か訊いてみたいことはありますか? はい、そちらのかたどうぞ」

「明日の天気は?」

「……晴れ」

「おれはけさの朝食に何を食べた?」

「トーストと目玉焼き」

「今おれは何を考えてる?」

「隣の女性にプロポーズするタイミングをうかがっている」

「すげえ本物だ! ――キャシー、おれと結婚してくれ!」

「うれしい! 答えはもちろんイエスよ!」

 それから数人の観客が質問したが、どれもぴたりと答えを言い当ててみせた。特に妻が浮気していることを知らされた男性のうろたえぶりは見ものだった。

「続きまして、フランスのジェヴォーダンで百人以上の人間を食い殺した怪物の登場です。人狼のロニー!」

 遠吠えとともに現れたのは、鎖につながれた少年だ。身体全体がびっしりと体毛に覆われていて、顔にいたっては髪と眉とひげのさかいめがまったくわからない。

「被り物ではありませんよ。どうぞ触って確かめてみてください。ちゃんとしつけてありますので、手を噛まれる心配はありません」

 座長が手に持っている乗馬鞭をぴしりと鳴らす。するとロニーはおびえた様子で身を縮こまらせた。確かにこれなら安心だ。

 好奇心旺盛な観客たちが、次々とロニーの身体に触れる。毛を引っ張ったりかき分けたり、ほおをつまんだりした。不必要に力をこめる者もいて、そのたびにロニーは痛がった。

「本物だということをご理解いただけたでしょうか。ではここで、エサやりの時間となりました。ロニーは空腹になると大変狂暴になるため、頻繁に食べさせる必要があります」

 ダスティンが生肉のかたまりを運んできた。するとロニーは犬のように食らいつき、あっというまに完食してしまった。そのあまりの醜さと滑稽さに、観客たちは一様に顔をしかめた。

「さて、名残惜しいですが、いよいよ最後の見世物となってしまいました。わがジョン・バートン一座の、一番の目玉をご紹介させていただきます。それではごらんいただきましょう。男にみだらな夢を見せて精を搾り取り、やがては衰弱死させてしまう、おそるべき魔物――」

 舞台袖から、先ほどの人狼以上に念入りな拘束をされた状態で表れたのは、世にも美しい、それでいてあまりにも不気味な女だった。

 一糸まとわぬ姿で衆目にさらされた肢体は、ふしだらな夢魔にふさわしく熟れている。すずやかな顔立ちはどちらかと言えば聖女の風情があるものの、男をたくみに誘惑するという点では、むしろ悪魔的かもしれない。どこか貴族の令嬢めいた高貴さも漂わせている。もし娼館にいれば、まぎれもなく最上級の高級娼婦だろう。

 されどたった二つの要素が、その美貌を台無しにしてしまっている。一つは左の脇腹に刻まれた大きな古傷、そしてもう一つは、染料で染め抜いたように青い肌の色だ。

「――サキュバスの、イロナでございます」

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