翌日、トミーのおそれていた事態が起きた。

 二人目の犠牲者が出たのだ。

「だから言ったじゃないか。やっぱり彼は人狼じゃなかったんだ。いったいどう責任を取るつもりだ?」

「うるせえ。てめえだってわが身かわいさで、あのガキを見捨てたくせに。今さらどの口がほざく」

 そう言われてしまうと反論しづらい。助けを求めて泣きわめくディックの声が、今も耳の奥でこだましている。

「初戦は人狼にまんまと出し抜かれちまったが、今度はそうはいかねえ。かならず仕留めてやる」

 次の生贄として選ばれたのは、昨日ディックを怪しいと告げた自警団員だった。

 そう、生贄だ。住民たちが安心感を得るための生贄。彼が本当に人狼かどうかは問題ではないのだ。人狼を倒したと思い込まなければ、枕を高くして眠れない。

「なんでだよ。みんな反対しなかったじゃないか。たまたま言い出したのがおれってだけだろ。信じてくれ。おれは人狼じゃない」

 その必死の弁明も、聞けば聞くほど怪しく思えるから不思議だ。巧妙に言い逃れしようとしているようにしか聞こえなかった。そうして彼も縛り首にされた。

 どこかに一晩閉じ込めて、様子見してはどうかと唱える者もいたが、採用されなかった。保安官事務所の牢屋程度では、人狼が暴れるのを防げるとは思えない。あるいは狡猾な人狼のことだから、わざと犯行の手を止めて彼を陥れるかもしれない。翌日に改めて処刑された後、ふたたび凶行に走るのだ。だったらその日のうちに殺しても同じことだろう。

 次の日、三人目が殺された。

 するとシュルツの権威はあっさり地に落ちた。どうやら団員たちも、日頃から彼に鬱憤が溜まっていたらしい。強引なやりかたを責められ、彼こそが人狼ということになった。実際ありえない話ではない。トミーもそう思う。

「待て待て。てめえら落ち着け。俺が人狼なわけあるか。最初の夜、俺はビリーと酒場で飲み明かしてたんだぞ。それなのに嬢ちゃんを殺せるわけあるか」

 頼みの綱だったリーマンは、酔っていてほとんど記憶がないと証言した。するとシュルツがわざと酔いつぶして、娘を襲いやすくしたと言われ始める始末だ。そうなったらもう止められない。あっというまに吊るされてしまった。

 とはいえ、日暮れが迫るとわれに返る団員が出て来た。安心するために生贄を捧げておいて、結局安心できなかったのだ。

「おい、やばいんじゃないか? もしシュルツ団長が人狼じゃなかったら。今夜も誰か死ぬぞ」

「見張りを立てたほうがいいかもな。万が一ってこともある」

 あくまで不安を抑えるための確認にすぎず、本気で間違いを認めたいわけではなかった。

 そのせいか、彼らはシスターの忠告を完全に失念していた。人間では変身後の人狼に太刀打ちできないということを。

「クソッタレ! マジで出やがった!」

「撃て! 撃ちまくれェーッ!」

「チクショウ! 腕が! 腕がぁ!」

 爪をひと振りしただけで、一度に五名がバラバラに引き裂かれた。ただ移動しただけで、進路上にいた十名が轢きつぶされた。家屋を遮蔽物に銃撃していた者たちは、倒壊に巻き込まれた。銃弾は分厚い毛皮にあっさり阻まれた。

「グララアガア! グララアガア! グワア! グワア!」

 それはもはや、戦いと呼べるものではなかった。一方的に蹂躙されただけだ。さしずめハリケーンが通り過ぎたかのように。人狼のおそろしさをあらためて思い知らされた。

 たった一晩で、自警団の半数以上が死んだ。そして四人目の犠牲も防げなかった。雑貨屋の娘がさらわれ、翌朝町はずれで死体が見つかった。

 例のごとく吊るし上げられたのは、生き残った団員の一人だった。戦闘中に姿を見た者がいないという理由で。

「誤解だ! 最初のほうはちゃんといっしょに戦ってたんだ! けど、目の前で仲間がボロ雑巾みたいに殺されて、怖くなっちまって……ウソじゃない……頼むから信じてくれよぅ……」

 実際、彼とともに戦った者もいたのかもしれない。全員死んでしまったのだろうが。

 その夜も人狼が出た。言うまでもなく、もう女子供を守るため立ち向かう者はいなかった。ベッドの中で震えながら朝を待つだけ。殺されたのは医者の娘だ。

 次に吊るされたのは、リーマンが牧場で働かせている黒人奴隷のジミーだった。こき使われた腹いせに、フレデリカを殺したのではないかというのだ。加えて、いまだ黒人の女が人狼に襲われていなかったのも、疑いに拍車をかけた。

「オレが人狼だったら、白人なんか食べない。黒人の女のほうが美味いに決まってる」

 その次の日、まるであざ笑うかのように黒人が殺された。吊るされたのはリーマンだ。最初に娘を殺したのは、疑われないための工作だと見なされた。自分の奴隷に罪を擦りつけたのも怪しかった。

「ふざけるな。俺は娘を殺されたんだぞ。俺の娘だ。なんで俺が殺さなきゃならん。自分の娘を殺す親がいるか。俺はやってない」

 以降も、殺戮の連鎖は止まらなかった。

 靴職人の娘が殺された。棺桶職人が処刑された。

 町長の孫娘が殺された。仕立て屋が処刑された。

 娼婦が殺された。鍛冶屋が処刑された。

 女教師が殺された。酒場の主人が処刑された。

 銀行員の妻が殺された。床屋が処刑された。

 いつのまにか、処刑が一日一人ではなくなった。怪しい者はまとめて始末してしまったほうが、人狼を仕留められる確率は大きくなる。確実に冤罪が生じることからは目をそらして。

 それでも凶行がやむことはなかった。毎晩かならず一人食い殺された。町から男がどんどん減っていった。

 すると、なかなか人狼を仕留められないことに、疑念を口にする者も出た。何かがおかしいのではないか、ひょっとして自分たちはやり方を間違えているのではないか。うかつな男たちは、やはり人狼と疑われて処刑された。容疑者の数が減って、いよいよ追い詰められてきたからではないかと。

 それをよそに、若干の軌道修正もおこなわれた。本当に人狼は町の住民なのかどうか、誰もが確信を持てなくなってきたからだ。よそ者がどこかに潜伏しているのではないかと考え、大幅に数を減らした自警団が郊外を捜索するようになった。見かけた旅人や無法者などを、ことごとく縛り首にした。とはいえ、住民が処刑されなくなったわけではない。怪しげな男は常に見つかる。

 やがて、トミーの番がやって来た。住民から信用されていなかったわりに、意外と長く生き残っていられたが、それもここまでだ。ちなみに選ばれた理由は、怪しいのにまだ処刑されていなかったのが不自然だから。シュルツを陥れたのも彼ということになっていた。

「おれは保安官だぞ。保安官を殺すってことがどういう意味かわかってるのか? こんな無法が許されると思うなよ」

「うるせえ。もうだまされねえぞ人狼が」

「往生際が悪いんだよ。観念して罪を認めろ」

「そうだそうだ」

 トミーはうしろ手に縛られ、首に縄をかけられた状態で、馬にまたがらされている。処刑人が鞭をくれれば馬は駆け出し、縄に引っ張られたトミーは宙へと放り出され、首をくくられる。自警団はふだんから家畜泥棒などを処刑する際、この方法を使用している。数名で縄を引いて吊るし上げたり、いちいち絞首台を組み立てたりするより手軽だ。

 鞭が打たれる音がし、馬が苦しげにいなないた。興奮して前脚を振り上げ、次の瞬間――一発の銃声が轟いた。

 気づけばトミーは地面に転がっていた。尻と右肩が痛い。縄が切れたのか。頭を打たずには済んだようだ。いったいどうして? 住民たちがざわついている。

 人混みの海が割れ、歩いてくるモーゼの脚が見えた。

「うわぁ! なんだこの女!」

「あ、あ、悪魔だぁ!」

 目線を上げて、トミーもまた仰天した。

 それは見るからに異様な女だった。身に着けているのは灰色の尼僧服だが、スカートにスリットが入っていて、脚があらわになっている。てっきり下にタイツでも穿いているのかと思ったが、顔を見て違うとわかった。肌の色が真っ青なのだ。顔色が青ざめているとかそんな程度の話ではなく、染料で染め上げたかのように青い。誰かが告げたように、まるで悪魔だ。

「おい貴様、処刑の邪魔をするな」

 多くの住民がおびえるなか、勇敢な自警団員数名が制止しようと試みた。しかし次の瞬間には、そろって地面に抱擁されていた。大の男が女の細腕によって、一瞬でたたきのめされてしまった。

 女はトミーのもとへ歩み寄ると、乱暴に襟首をつかみ上げるや、ふいに彼の唇を奪った。しかも舌をねじ込んでくるではないか。抵抗しようにも両手が縛られているのでなすすべない。

 しつこいくらいに口内を蹂躙し、ようやくトミーを解放したかと思うと、女は住民に向かって開口一番告げた。「彼は人狼ではありません」

 そこでトミーはようやく気づいた、彼女の右手にピストルがにぎられていることを。どうやら彼女が助けてくれたらしい。

 わけのわからない状況に呆けていた住民たちが、彼女の言葉でわれに返った。

「そいつが人狼じゃないって、いったい何を根拠に――」

「ちょっと待て。あんた、シスター・イロナか?」

「あ、ホントだ。なんだってそんなけったいな格好」

「いや、待て待て。よく見ろ。別人だ」

 確かによく見れば、彼女の顔はシスター・イロナにうりふたつだ。ただし体型がまったく違う。シスター・イロナが修道女らしいつつましやかな身体つきだったのに対し、目の前の女は野暮ったい尼僧服でも覆い隠せないほど豊満だ。

 身に着けている尼僧服も別物だ。スリットの有無もさることながら、色が異なっている。シスター・イロナの尼僧服は青かった。

 そして何より一番の相違点は、シスター・イロナと違って左腕があることだ。そこだけはごまかしようがない。

 彼女は別人あつかいした住民に詰め寄り、こう言った。「わたしがシスター・イロナです」

「は、はぁ?」

「ヤーノシュはどこっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る