早朝、トミーは教会の扉を激しくたたいた。

「シスター、シスター! 起きてください! 大変です!」

 しばらくして、開いた扉からシスターが顔を覗かせた。「何ごとですか? えっと……あなたは確か、保安官の」

「トミー・マクダネルです」

 シスター・イロナはかなり体調が回復している様子だ。まだまだ全快とはいかなさそうだが、目に見えてよくなっている。昨日の時点では、死体が墓から這い出て来たのかと思うほど、ひどい顔色だった。血色がよくなると彼女の美しさがより際立ち、トミーはつい見惚れそうになった。しかし今はそれどころではない。

「一大事です。フレデリカがいなくなりました」

「フレデリカ……ああ、食事を持って来てくれた子ですか」

「はい。リーマンさんが朝帰りしたらいなくて――あっ、彼女は父親と二人暮らしなんですが、とにかくみんなであちこち捜しまわってて、何か心当たりありませんか? たぶん最後に彼女と会ったのはシスターのはずなんです」

「心当たりと言われましても……彼女ならここでいっしょに夕食を摂ったあと、すぐに帰りましたが……。夜道は危ないから泊まってはどうかと言ったのですが……こんなことなら、もっと強く引き留めておくべきでした……」

「いや、シスターを責めているわけじゃ――まだあいつに何かあったと決まったわけじゃありませんし、案外ひょっこり出てくるかも」

「大変だぁーっ!」そこへ、保安官助手があわてた様子で駆けつけて来た。「大変です保安官! フレデリカが、みみ、見つかりました!」

「おお!」トミーは安堵して胸を撫で下ろした。「それでどこに」

「死体です! 死体が見つかったんですよ!」


 フレデリカの遺体が発見されたのは、町はずれにある墓地だった。教会からは目と鼻の先だが、彼女の自宅とは逆方向に位置している。

 無造作に打ち捨てられたその状態は、獣に食い荒らされたようなひどいありさまだった。しかし、ただの獣のしわざでないことは一目瞭然だ。

 獣は、人間の女をレイプしない。

「人狼のしわざですね」遺体を検分したシスター・イロナは断言した。

 人狼が東部の町で出たというのは、トミーもうわさに聞いていた。けれどまさか、よりによってこの町に現れるとは。

「フレデリカ……なんで……」知らせを聞いて駆けつけたリーマンは、遺体を前にくずおれた。「……ホントに、ホントに人狼がやったんですか? そう見せかけた野郎のしわざってことは」

「これを」シスターは落ちていた長い毛を拾い上げ、手持ちのナイフで切断しようとしたが、まったく歯が立たない。「少なくとも、これは本物の人狼の体毛です」

「そうですか……」リーマンは上着を脱いで、遺体にかけて覆い隠した。「死んだうちの親父なんですが、身内が人狼になったってんで肩身が狭くなって、家族で故郷の村を出たんです。何なんでしょうね……うちの血筋が呪われてるんですかね……」

「いいえ、血筋は関係ありません。お嬢さんはたまたま目についたから標的に選ばれただけです。人狼にとっては、女子供なら誰でもよかったのですよ。満月の夜は特に」

「そんなの、よけいひどいじゃないですか。何の理由もなく殺されたなんて、納得できるわけがない」

「ええ、そうですね。だからこそ娘さんを殺した人狼には、報いを受けさせなければ」

 そうこうしているうちに事態を聞きつけたのか、フレデリカの捜索に当たっていた自警団の面々が集まって来た。事件を防ぐことができなくて、みな意気消沈している。

 シスターは彼らに向かって語りかけた。

「みなさん、フレデリカ・リーマンは人狼に殺されました。犯人は今も町の住人にまぎれて、舌なめずりしていることでしょう。ですがご安心ください。私はシスター・イロナ、聖フーベルトゥス女子修道会に所属する人狼狩りです」

 自警団の一人がつぶやいた。「……昔、うちのばあさんに聞いたことがある。人狼退治が生業の青い修道女がいるって」

「私の知識に住民の方々の協力があれば、かならずや人狼の正体を突き止めることができるでしょう。どうかお力を貸してください」


 シスター・イロナは町の全住民を広場に集め、人狼に関する正しい知識を伝授してくれた。

 いわく、人狼は満月の夜に覚醒し、それから毎晩一人ずつ獲物を食い殺す。それで満腹になってしまうため、基本的に二人以上は殺さない。

 いわく、人狼になるのは男だけで、年齢は関係ない。逆に襲われるのは女で、幼い子供なら男も狙われるが、女のほうが優先される。

 いわく、人狼が変身できるのは夜間だけ。日中は普通の人間と変わらない。

 いわく、人間では変身した人狼を倒せない。したがって日暮れまでに正体を特定しなければならない。

 いわく、人狼の弱点が純銀というのは間違い。見分ける上で何の役にも立たないし、変身後は分厚い毛皮に阻まれて通じない。

 いわく、人狼の身体は普通の食事を消化できない。無理やり食べても嘔吐するか下痢してしまう。

 いわく、人狼は狡猾に正体を隠そうとする。狩りを妨害しようとしたり、自分以外を執拗に陥れようとしたりする者がいたら要注意。

「被害者の遺体に血液はほとんど残っていませんでしたが、周囲に流れ出た痕跡はありませんでした。おそらく別の場所で殺してから、遺体を運んだと思われます。誰の邪魔も入らないところ、例えば自宅とか。そう考えると、犯人は独り身の可能性もありますね」

 以上を説明し終えると、シスターは立ちくらみであやうく倒れかけた。やはりまだ体調が万全ではないようだ。彼女には教会で休んでいてもらい、実際の狩りは自警団が中心になっておこなう流れとなった。

「さてそれじゃあ、誰か怪しいヤツに心当たりはあるか?」

 そう切り出したのは、自警団長のジョナサン・シュルツだ。ふだんは父親から受け継いだ精肉店を切り盛りしている。仕事の関係上、牧場を営んでいるリーマンとは旧知の仲だ。

「はいシュルツ団長。ディックって汲み取り人のガキが怪しいです」

「ああ、あのくっせえガキか」

「近ごろフレデリカにコナかけてたし、酒場の外でよく吐いてやがった。父親はいねえし淫売の母親も梅毒で死んじまって、もちろん結婚もしてねえ」

「なるほど、そいつは確かに怪し――」

「いや待て」トミーは話をさえぎり、「フレデリカが殺されたのは単に運が悪かっただけだと、シスターが言っていたぞ。飲みすぎて吐くのも不自然じゃない」

「だまれ保安官、てめえには聞いてねえ。というか、何を勝手に交ざってやがる。これは町の問題だ。よそ者はお呼びじゃねえんだよ。すっこんでろ」

「そうはいかない。このままだと確実に冤罪だ。それにおまえたちが犯人を捕まえたら、またいつものようにやるつもりだろ」

「あたぼうよ。ビリーの娘を殺したクソ野郎には、当然の報いを受けさせてやる」

「よせ。盗っ人をとっちめるのとはわけが違う。もし人狼を逃したら、今夜も誰かが殺されるかもしれないんだ」

「しつこいぜ。これ以上邪魔するなら、てめえを人狼と見なすぜ。シスターも言ってたよなァ? 狩りを妨害しようとするヤツは怪しいって」

「バ、バカ言うなっ」

 その脅しに、トミーは口をつぐむしかなかった。住民に好かれていない自覚はある。一歩間違えば、吊るし上げられるのは自分だ。

「腑抜けが。――さて、それじゃあてめえら、その糞運びのガキを連れて来い」


 昼過ぎ、自警団員が教会で休むシスターのもとを訪れた。

「お邪魔しちゃってすみません。シスターの助言のおかげで、首尾よく人狼を見つけられました。汲み取り人のディックってガキです」

「それはよかった。犯人の拘束はどのように? 縄や鎖程度では変身後の怪力で引きちぎられてしまうので、とにかく頑丈な造りの部屋に閉じ込めたほうが――」

「いや、もう処刑しましたけど」

「……えっ?」

「身体にタールをぶっかけてからニワトリの羽根まぶして、市中を引きまわしたあと、四つ辻で縛り首にしてやりましたよ。人狼ってのはようするに、詐欺師みたいなもんでしょう? 詐欺師にはそうするのがこのあたりの風習でして」

「へ、へえ」

「シスターの言ったとおり、人狼は普通の人間と全然見分けがつかなかったですね。最期の最期まで演技やめなかったんで、危うくだまされそうになる団員もいましたけど、そこはシュルツ団長の一喝で一発でしたよ」

「それは頼もしいかぎりで」

「でしょう? 団長はすごいんです」

 その後、団員はシュルツがいかに男の中の男か語り尽くしてから、満足した様子で帰って行った。

「やれやれ、南部人って思ってた以上に野蛮だな。いくら何でも短絡的すぎない? まあこっちとしてはラクでいいけどさ」

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