「わたしが偽者だと?」イロナは肩をすくめた。「いったい何を根拠に」

「いやなに、北部の村でそんな話があったらしくてな。染料で肌を青く塗った詐欺師が人狼騒ぎにかこつけ、言葉巧みに金品を巻き上げたのだとか。もし貴様もそうなら、領民を守る立場として見過ごすわけにはいかん」

「その話なら知っています。人狼騒ぎ自体も、詐欺師によるでっち上げだったそうですね。もちろんわたしは詐欺師ではありません」

「そうか? どう考えても怪しいと思うが」

 フェレンツは、集まっていた村人たちに向かって呼びかけた。

「領民たちよ! 貴様たちもそう思わないか? 神父がヘルマンシュタットに救援の手紙を送ってから、たったの一週間だ。たとえ受け取ってすぐ出発したとしても、村に到着するのが早すぎる。まあ寝る間も惜しんで急げば、間に合わなくもないだろうが……ザクセン人の修道会が? ルーマニア人のちっぽけな村を救うために? 少しばかり都合がよすぎる気がするのは、俺だけか?」

 村人たちの視線が、イロナの肌に突き刺さる。村へ到着したときとは似て非なる、疑念に満ちた視線。たとえろくでなしの言葉でも、得体の知れないよそ者と比べれば重いらしい。

 いや、単に怖いだけかもしれない。ちょうど戻ってきたベチャーロシュを見て、明らかにおびえている者が多い。ふだんから、事あるごとにあの大男をけしかけているのだろう。

 フェレンツ一人に難癖をつけられるのはかまわない。だが、村人たちに疑われるのは問題だ。人狼当てがやりにくくなる。いざとなったら、村の男をしらみつぶしにしなければならないのに、信用されていなければ立ち行かない。

 それにしても、フェレンツの目的はいったい何なのだろうか。その言葉通り、本気でイロナが詐欺師だと疑っているのか。しかし領民を守るためというより、どちらかと言うとおもしろがっている印象だ。事前に聞いていた人物評を鑑みると、案外お遊びなのかもしれない。単にイロナをもてあそんで愉しみたいだけか。

 あるいは、ヨーシュカ神父の疑念どおり彼が人狼だとしたら、邪魔者であるイロナを陥れようとしてもおかしくないが――。

「いけません。みなさん、冷静になってください」ヨーシュカ神父がイロナをかばうように、村人たちの前へ立ち、「このかたは詐欺師などではありません。正真正銘の人狼狩りです」

「なら、証拠を見せろ」とフェレンツ。「口では何とでも言えるぞ」

「証拠?」

「脱げ」

「若いご婦人に、衆目の面前で裸になれと言うのですか! 恥知らずにもほどがあります!」

「おまえこそ何言っている神父。大勢の前で証明するから、意味があるのだろうが」

「しかし――」

「ほら、さっさとしないと日が落ちるぞ」

 フェレンツの要求に村人たちも同調し、特に男連中が「脱げ。脱げ」と唱和しはじめた。多少人望があるとはいえ、しょせん神父もよそ者に過ぎないのだ。この状況をくつがえす力はない。

「ヨーシュカ神父」イロナは神父の肩をつかんで押しやり、一歩前に進み出た。「べつにわたしはかまいません。見たいというのなら、いくらでもお見せしますよ」

 むしろこの状況は、イロナにとって好都合だ。悪魔かどうかなどというあいまいな問題と違って、イロナの肌はまぎれもなく青いのだから。というか、肌の色以外で証明するのはむずかしい。人狼を殺す能力は人狼相手でないと披露できないし、毛皮で代用しようにも、その真贋を証明したイロナが疑われているのでは本末転倒だ。

 神父はまだ納得していない様子だったが黙殺し、イロナはためらいなく尼僧服を脱ぎ捨てた。均整の取れた裸身があらわになる。

 修道女というには無理がある肉づきのいい肢体に、男たちがみな一様に生唾を飲んだ。たとえ肌の色が不気味だろうと、造形が整ってさえいれば、情欲を刺激するには事足りる。たとえ人狼でなくとも、男なら劣情をもよおさずにはいられまい。あるいは男の精を貪るというサキュバスが実在したら、このような姿かもしれない。

 比較的暖かい時季とはいえ、全裸ではさすがに肌寒い。そのせいで乳首が立ってしまって恥ずかしかった。けれどもフェレンツを含む周囲の視線は、乳首よりも少し下の部分へと誘われていた。

 左脇腹に大きな古傷がある。まるで、鋭いかぎ爪で引き裂かれたかのような。

「ああ、コレですか。実は幼いころ人狼に襲われまして」

 フェレンツは動揺を押し殺すように声を張り上げ、「なるほど、それで今は復讐のために人狼狩りをしていると。悪くない設定だ。ここにいたのがお人好しの父上であったら、だまされていたかもな。だがそのような傷くらい、人狼でなくともつけられる。それこそ、崖から落ちて枝で引っかけてもそうなるさ。たとえ人狼に襲われたのが事実だとしても、貴様が詐欺師じゃない証拠にはならん」

「そうですね。では、もっとよくお調べになってください。すみからすみまで」

「そうだな。遠慮なくさせてもらおう」

 フェレンツは、イロナの肌に触れるか触れないかの至近距離まで顔を近づけて、全身をなめまわすように凝視した。生暖かい鼻息がかかってくすぐったい。さらには鼻を鳴らして、臭いを嗅いでいる様子だ。染料か何かの残り香を探っているのだろう――かと思ったら、いきなり舌でなめられた。ザラついて湿った感触におどろいて、つい身もだえしてしまう。確かに味も判断材料のひとつにはなるだろうが、本当に遠慮のかけらもない。まるで犬のようだ。飢えた狼というよりは、しつけのなっていない駄犬だ。

 ところでヘルマンシュタットから急行してきたので、まともに水浴びもできていない。肌には垢が溜まっているだろうし、それなりに汗臭いはずだ。単に裸を見られることよりも、それを知られることのほうが、はるかに羞恥心をかき立てられた。

「口を開けろ。舌を出せ」

「べ」

「おお、ちゃんと青いな。気色悪い。鳥肌が立つ。とても同じ人間とは思えん。……だがそうなると、下がどうなっているかも気になるところだ」

「これでどうでしょう」イロナはガニ股になって腰を前に突き出し、自分の指で性器を押し広げた。

「いいぞォ。ほほう、これはこれは」フェレンツがしゃがみこんで、無警戒に顔を近づけた。さすがに周囲は薄暗くなってきていて、そうしたところで色の判別などつくはずないのだが。興奮した様子で鼻息荒く覗き込んでくる。

 やはりというべきか、この男、女を辱めて愉しんでいるだけではないだろうか。イロナのなかで、彼が人狼という線はかぎりなく薄れている。とはいえ神父との交換条件ではあるし、一応確認はしておこう。

 ちょうど服を脱がされているし、このまま誘惑して性器を挿入させようかと思っていたが、どうやらそこまでする必要もなさそうだ。下卑た笑みを浮かべて半開きになっている口へ、イロナは容赦なく小便を浴びせかけた。

「うげっ!」フェレンツは地面にツバを何度も吐き捨てた。「おのれ貴様! なんてことをしてくれる! 少し飲んでしまったじゃないか!」

「あら、これはとんだ粗相を。冷えたら急に尿意が」

「ウソつけ! 絶対わざとだ!」

 フェレンツの様子をジッと観察する。彼が人狼なら、すぐさま効果が表れるはずだが、少々気分が悪そうにしているだけで、特に何も変化は見られない。イロナはヨーシュカ神父に目くばせして、首を横に振ってみせる。神父は目も口も大きく開いて呆然としていたが、ちゃんと気づいてうなずいた。

「クソ、クソ。タダではおかんぞこのアバズレめ。ベチャーロシュ、井戸で水汲んで来い」

「へい若様。――おい、そこの女。水差し持ってこい」

「は、はいぃ」

「いや、二度手間だから水も汲ませろ」

「へい若様。おい、水も汲んで来い」

 命じられた若い娘は大慌てで駆けて行き、水差しを重そうに抱えて戻ってきた。その顔には、やたらうれしそうな笑みが張りついている。ルーマニア人の迷信で、満杯の水差しを持った乙女と道で遭遇することは縁起が良く、ゆえに乙女は幸運をもたらせることがうれしくてほほ笑むのだ。もちろん単にそういう風習なのであって、実際には作り笑いだろうが。むしろ、さっさと用事を済ませて逃げたい気持ちが、ありありと伝わってくる。

 水差しを受け取ったフェレンツは、念入りに口をすすいだ。「ふう、すっきりした」

「それはよかったですね。ところで、いいかげんわたしの疑いは晴れましたか?」

「……いや、まだだ」そう言うやいなや、フェレンツは残りの水をイロナの身体にぶちまけた。「色が洗って落ちないか試してやろう」

 あまりの冷たさに、イロナは心臓が止まるかと思った。しかも折り悪く風が吹いて、一気に体温を奪われてしまう。寒くて身体がふるえる。

「ベチャーロシュ、もっとだ。もっと水を汲んで来い」

「へい若様。おい女、また水汲んで来い」

「いや、そこはもうおまえが行け」

「へい若様」

「あっ! ダメですよぅ」娘はベチャーロシュから水差しを奪い取り、わずかに残っていた水を数滴地面にこぼした。「ほら、こうやって水の精霊ウォドナ・ゼナに敬意を示さないと」

「うぉ、うぉどな?」

「それと空の水差しを持っているときは、もっとコソコソ歩かないと。水が満杯のときと違って、すごく縁起が悪いんですからね」

「お、おう……」

 ふたりは仲よく連れだって歩いて行った。

 神父はベチャーロシュがいなくなったのを見計らい、「フェレンツ様、もうじゅうぶんではありませんか」

「いや、許さん。徹底的に調べてやる」

「もし小便を飲まされたことでお怒りなら、どうか責めは私に。実を言うと、彼女にそうするよう頼んだのは私なのです」

「何だと?」

「私はあなた様が、人狼ではないかと疑っていました」神父はあえて周囲の村人たちに聞こえる大声で告げた。「ラダが殺された夜、私は見たのです。現場から走り去るあなたの姿を」

「……見られていたのか」

 村人たちに動揺が広がる。たがいに何事かささやいているのが聞こえてくる。彼らの視線は一様にフェレンツへと向けられている。不安と疑心に満ちた瞳で。つい先ほどまでフェレンツに追従していたのが嘘のようだ。

 その不穏な空気を一蹴するように、ヨーシュカ神父はさらに声を張り上げ、「ですがご安心ください。彼女のおかげで疑いは晴れました。その身をもって、あなたが人狼ではないと証明してくれました。そうですよね、シスター・イロナ」

「…………」

「……シスター・イロナ? どうかしましたか? 大丈夫で――シスター・イロナッ!」

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