プロローグ『血の日曜日』5

ウォルドルフ=アストリア第一宴会場。

僅かに照明が暗くなり、舞台上中央の演壇にスポットライトが照らされる。

間もなく舞台袖からリチャードが現れると、沸き立つような拍手が会場全体を包んだ。


「一年前の今日、我々は偉大な父を失いました――」


演台に手を置き、リチャードは口を開く。


「――父はこの街に富をもたらし、恐怖を齎し、そして秩序と法を齎しました。そしてその功績と遺志は、本日ここに集う五大ファミリーのめいめいに受け継がれています」


その時、会場出入口付近の集団がにわかにざわめいた。ある一団が時刻を遅れて会場に移動してきたのだ。

リチャードもその動揺を一瞥したが、来賓への外交辞令を読み上げる声には一切の変化を表さなかった。しかしその一団の先頭に立つ人物が誰かということは、距離がありながらも即座に認識していた。


「チッ、相変わらずいけすかねえツラだな」


先頭の男、“狂犬テッピスタ”カルロ・ガンビーノはがなるように呟くと、目の前の適当な椅子に腰かけた。

同じ丸テーブルに座っていた先客が極力この集団と目を合わせないようにして席を移す様子は、彼らと関わりを持つことの危険性と面倒をよく表していた。


「これで、五大ファミリーがほぼ揃い踏みというわけだ」


このジョゼフの呟きは、リチャードが演説に込める熱量を強めたことでかき消された。


「しかし昨今、我々の努力によって保たれてきた秩序が脅かされつつあります。この悪魔の産物によってです!」


リチャードは懐から一つの袋を取り出し、高く掲げ聴衆に見せつけた。トーマスの表情がわずかに歪んだのを、傍にいたジョゼフは見逃さなかった。


「ご存知の通りこの薄汚い麻薬コカインこそ、我が父が最も忌み嫌い、かねてからその排除に尽力してきたものです」


「時には血の掟オメルタを曲げ、公権力と手を組むことすらも辞さずに」


「しかしその努力も虚しく、我々は大きな挫折を経験しました。悪魔は変わらず街を蝕み続けたのです。そして挙句――」


わずかの間リチャードは言葉を止めた。それが本心によるものか、人々の共感を煽るための演出によるものかは、そのとき聴衆には判別できなかった。


「――私は一人の友人を失いました」


その時出入口から、一人の男がトーマスのもとに駆け寄った。男はひどく動揺した様子でトーマスの耳元へ顔をよせた。


「ゆえに私は決断しました。この現状を打破するには、未だかつてない劇薬の投入が必要であると」


男からいくつかの報告を受けたトーマスは、青ざめた顔で立ち上がった。


「五大ファミリーの垣根を超えた、まったく新たな形の法と秩序が必要であると」


報せはほぼ同時にジョゼフとカルロの元にも、それぞれの情報源と配下の者を通じて届けられた。受け止め方は三者三様であった。

ジョゼフは表情を変えずにリチャードの演説に意識を戻し、カルロは好戦的な笑みを浮かべる。

ドン・ルッケーゼは周囲の目もはばからず、部下を引き連れて席を後にした。ジョゼフは去り際の彼の表情を見ていたが、部下にそのことを聞かれると首を振って肩をすくめた。


「今日ここに、父の偉大なる遺志の名のもとに宣言します――」


リチャードは一層高らかに声を張り上げる。それはまさに覇を唱えんとする咆哮であった。


この日ニューヨーク各地にて同時多発的にマフィア間の抗争が発生する。各施設の損害は以下の通りである。


ニューヨーク・コロニアル・ホテル - 銃撃戦と大規模な火災が発生し全焼、被害人数70人以上

シェリダン・プラザ - 銃撃戦が発生し、ホテルロビーとカジノフロア全損、被害人数26人

カジノ・ミラージュ - 爆発事故が発生し、カジノフロアと隣接するホテル半壊、被害人数42人

ニューヨーク郊外の貸倉庫 - 火災が発生し全焼、被害人数8人

ニューヨーク郊外のコテージ - 火災が発生し全焼、被害人数11人

ニューヨーク市内のホットドッグ屋台3軒 - 火災が発生しそれぞれ焼失、被害人数0人


「――超法規的武力執行機関『バビロン』の設立を!」

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