プロローグ『血の日曜日』4
舞台はウォルドルフ=アストリアへと戻る。
ホテルの宴会場は祝宴の気配と、その裏でせめぎ合うならず者たちの牽制の応酬に、独特の緊張感が漂っていた。
特に会場の一角、舞台にほど近い右前方の空間は、とある二者の一年来の遭遇によってひときわ殺伐とした空気に包まれていた。
「ファザー・ジェノヴェーゼの葬儀以来ですね。親愛なるMr. Lucchese(ルッケーゼさん)」
五大ファミリーの一勢力を支配する若きボス "
「律儀なことだ。未だに "ファザー" とは」
トーマス・ルッケーゼは目も合わせず答えた。これにジョゼフの斜め後ろにいた大柄の男は不快感を顕にしかけたが、僅かにジョゼフが肩を揺らすことでこれを諌めた。
「じっさい、彼は我々すべての者にとって立派な父親でしたよ」
部下に椅子を引かせトーマスのちょうど左隣に腰掛けるジョゼフを、その場にいる全員が注視していた。
「多少の摩擦もありましたがね」
「フンッ」
「あなたについても同様ですよ、ルッケーゼさん。すべてのマフィアの模範であり、教師だった」
内心の不愉快を隠す努力の一切ないトーマスとは対照的に、ジョゼフは "だった" という言葉に特別なニュアンスを持たせないよう最新の注意を払いつつ言葉を続けた。
「お互いに敬意が払われる限り、我々の良き関係は続きます。それを確認するために今日この日があるのでは?」
「さてね」
初めてトーマスがジョゼフへと目線をやった。
「リチャードの小僧っ子がどういうつもりかは、私よりお前の方が詳しいんじゃないか」
「ははは、まさか」
ジョゼフは軽快に笑った。一見しただけではそこに一切他意は感じられなかった。
「ドン・ジェノヴェーゼは兼ねてより信頼のおける取引相手ですが、同時に隙の無い男です。私程度ではなんとも」
ジョゼフは薄く開いた目で、周囲に視線を走らせた。今度のその動作は、彼の洞察がいくつかの違和感に対して働きかけていることを示していた。
「そういえば、“クイーン”ペトロフスカはいらっしゃらないようで」
言いつつ、ジョゼフはちらりとトーマスを見やった。彼はもたらされたその情報を特に重要視してはいない様子だった。
「ヤツの出不精は今に始まったことじゃないさ」
「……ええ、たしかに」
千を超える構成員を持つ犯罪組織の頭領の横で、ジョゼフは微笑んで背もたれに寄り掛かった。
まるでそれを、特段の驚異とは認識していないかのように。
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