二章二十二話 「魔王の革命」



 いつからか、限界を超えることができなくなっていた。歯を食いしばって立ち上がることができなくなっていた。



 こんなことは細事だ。だからこそ万物を乗り越えるため、魔王を自称する人物に"力"を与えてもらった。




 ーーーー「・・・アテンドスと言ったな。良い選択だ。人は努力を重ねたところで、"魔法という枠組み"から外れるなど不可能。才能と努力で強くなった者は、主に"戦闘技能"、"魔法"、"精神力"、"肉体"が限界値地点にある。」




 過去に魔王の一角と接触するため、居所を突き止めたことがある。あの場に再び訪れるつもりはなかったが、人生とは何があるかわからないものだ。




 ーーーー「鍛えた技能はいかなる分野でも重宝し、肉体と精神力は幸福を呼ぶ。」




 部下をなぎ倒し、拠点を荒らし、挙句の果てには力を寄越せと言う自分に揺らぐことなく強者の風格を保つ男。一種の気味の悪さを覚える。




 ーーーー「ならば、努力のできない者は弱者になり果てるほかないのか?環境もあろう、生まれもあろう、だが、それらは他人がもたらしたものに過ぎん。他人に歪められ、他人に蔑まれ、なおも他人に身を捧げるなど、まるで馬鹿ではないか?」




 ドオオォォン!!!




 魔王の座る椅子の背後、壁を拳でぶち抜く。驚きの表情は見せず、それどころか奴の顔には笑みがこぼれて・・・。




 ーーーー「・・・ふ・・ハハハハハ!!!強い者に説いても無駄な内容だったか!では手短に・・・。」




 そう言うと魔王はその手を歪ませ、顔に突き付けた。




 ーーーー「貴様が欲する力を与えよう。目覚めたとき、貴様が真に望む"力"がその身に宿っている。幸福を得る理想の力、名を"魔王の革命"・・・!!好きに使うと良い・・・!」







━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━






 「・・・猛猪!!!!!」



 ザン!!!




 肩から一筋の血が垂れる。ひどく痛むが、自分には抑えることなどできはしない。男の方へ振り返ると、折れた剣を持って真っすぐ立っていた。物理的に折れるまで、曲がりはしない男の姿があった。折れても立ち向かうであろう、男の姿があった。





 「負けや、、しねェ、、!」


 ーーーー「、、魔王・・・!!お前を討つまで、俺らは負けやしねェ!!!」




 目の焦点が合っていない。進化とは、その身に多大な変化をもたらす。死と隣り合わせの人がこの負荷に耐えることはできない。次第に黒目が上へ進み、白目を向く。



 それでも背筋は曲がらず、前へ倒れ落ち。




 ・・・・・






 「安心しろ。俺が絶対に、お前の意地を守り通す。」




 顔下半分を布で巻いたレッドブラウン髪の女、サリートが倒れるトウガを受け止めた。それと共に奥から人が現れた。




 ーーーー「アテンドス!俺は絶対に魔王を倒して、世界一の英雄になる!!そして、親友の君にも一緒の景色を見て欲しいんだ!!」




 「来たか。英雄フューザック。」




 「・・・・俺はまだ、英雄なんて壮大なものじゃないよ。アテンドス。」




 英雄フューザック・レイペンド。見た目は青年と言っても違和感はないが、世間的には自分と同じくおっさんと呼ばれる歳になってしまった。




 「そこの君たち、救援ならすぐ来るから安全なところで・・・・・え?大丈夫って。でも怪我が・・・・。」




 サリートらの存在に気が付き声をかけるも、無言で親指を立て、話も聞かず颯爽と姿を消す。フューザックの周りには部下の姿はなく、ここはまたしても二人だけの空間と化した。





 「・・・・。・・・!・・・進化した君が傷を負ったのか・・・!?」




 未だ止まることのない血液は、赤い肌でも隠し切れない。




 「・・・・英傑として、俺が君を真っ先に捕らえなければならないのに、体が言うことを聞いてくれないんだ。」




 10年の歳月を超えて再開した彼の顔は、こちらに心配を向ける顔となり、今までの記憶を思い起こすように歪ませ、大犯罪者を前に甘さを全開にしている。




 「君と、話したいと思ってしまう。逃がしたいと思ってしまう。また、仲間として楽しい日々を送りたいと思ってしまう・・・!!」





 ーーーー「チーム名は、そうだな。・・・希望の星!!希望の星でどう!?」



 ーーーー「ダサすぎるだろ!?英雄になる前提の名前は、苦労が付きまとうぞ?」




 それでも腰に掛けている剣を引き抜き、装飾の多い騎士剣を掲げる。英傑としての責務を果たすため、犯罪者に引導を渡すため、友を切ることを選んだ。




 「栄華の行進シャイン・ブレイマーチ・・・・!!!」




 ドッ・・・・!!!




 迎え撃つ拳に刃が刺さり、血が噴き出す。一見傷を負った側が不利だが、フューザックの得物は差し込む剣一本。反撃に対応できる手数がない。



 すぐさま片方の腕を振るって、目の前の男を吹き飛ばす。




 「ぬ・・う"ぅ”・・・!!!」



 ドゴオオオオォォォ・・・!!



 壁まで吹き飛ばして大打撃を与える。いくら英雄といえど意識が飛びかける威力があった。




 ーーーー「・・・ごめん!俺が悪かった!殴り合いに応じるなんて俺が一番やっちゃいけないことなのに・・・!!」



 ーーーー「違う!!俺が最初に殴っちまったんだ!!初めに拳を使った方が負けなんだ・・・!!」



 ーーーー違う!いいや違くない!俺が負けなんだ!!





 ーーーー・・・・・ふ、はははは!!





 「・・・本当に、本当に君がやったのか・・・!?」



 まだ信じたい。こう言えば品はないが、拳で語り合った最初で最後の親友である彼を、まだ信じていたかった。




 「あぁ、そうだ。私が自分の意思で数年間の土台を作り、作戦を決行した。」



 情がないわけがない。同じく親友だと信じ、ともにチームとして行動したのだ。戦いあうのに抵抗がないわけがない。血を流しあうのに痛みがないわけがない。




 「有志を集めて同盟を結成し、革命と称して都市を壊滅に追い込もうとした。」



 心には未だ甘さがある。差し伸べる手を掴み、フューザックとまた、イチから英雄を目指したかった。だがそれでも。




 「しかと聞け、英雄!!!私が、世界に革命を起こす同盟軍"クリミバリューシェ"の総大将・・・!!」




 悪には悪としての覚悟と矜持がある。友ではなく魔王の手を取ったあの時から、この運命は決まっていたのだ。




 「そして、"強欲の魔王・ソティス"の幹部が一人・・・!!!名をアテンドス!!!」




 空気が震える。魔王の一角、その幹部を名乗るとはどういうことか。それを彼に言うことの意味。この歳になれば、もう理解できてしまう。歳なんて取りたくない。馬鹿でいられなくなってしまう。




 「・・・では、聞け。魔王の手先よ。俺がこの都市、"エトカルディス"の騎士団長・・・!!」




 一本の剣を確かに握りしめる。かつてないほどの力が湧きあがってきた。もう二度と出すことはできないと思ったであろう、あの頃の力。




 「そして、この国の"英雄"・・・!!!名をフューザック・レイペンド!!!」





 ゴオオオオオオオォォォ・・・!!!!





 戦いは一瞬にして、常人では目視できなくなる。英雄はリーチを生かして傷を与えようとするが、幹部の進化による皮膚の硬質化、その中でも一番硬い腕で阻止され、浅い傷しか与えられない。




 ーーーー「英雄!?無茶苦茶にも程がある!!英雄ってのは、民衆の希望になるんだぞ!?模範として行動したり、人を一人守れなければ猛反発が来る!!」




 衝撃だけで壁を抉るほどの力を拳に込め、魔王の幹部は何回も、最大出力で体を抉ろうとするが、英雄が一つ一つ体を逸らして受け流す。少しでも間違えば骨ごと砕け散るが、そんな経験を彼は何度も経験してきた。今更戦い方を間違えはしない。




 ーーーー「・・・嫌なことばかりつくよね。アテンドスって!・・・確かにみんなの期待に応えるのは辛いかもだけど。君の前では素でいて良いんだから。楽勝楽勝!・・・でしょ?」




 バシュ!!!



 「ウ!?ぐぅ・・・!」



 胴を大きく切られ、血しぶきが舞う。だがここは空中だ。振り切ったフューザックに逃げ道など無い。横っ面目がけて拳を振るう。




 「!?」



 ドゴオオオオオオオォォォン!!!




 地が割れ、土煙が視界の全体を埋め尽くす。




 多量に出血する中、一際傷口が大きい胴の痛みに耐えきれず手で強く圧迫した。




 ・・・抑えてしまった。傷に気をとられてしまった。




 「栄光の運命シャイン・グロスティニィ!!!!!」




 ズガアアアアアアァァァン!!!




 黄金に光り、さらに強く白を見せ、抵抗する間もなく体を縦に切られていた。血さえも白く光る。体全体が白に光り、自分がどれほど血を流していたかがわかった。




 「シャイン・グロスティニィ・・・か・・・。」




 声を出すのも苦しくなる。




 「・・・俺だって、いい歳して恥ずかしいよ。でも、・・・・みんなが望んでいるから。これからも望まれた自分を魅せていく。」




 目が自然と閉じていく。最期に友の顔を焼き付けるため。




 ーーーー「俺たちのチーム名は"希望の風"だ!・・・理由は星だと存在が遠すぎるって。アテンドスが言ってた。」




 ーーーー「違う!!ただちょっと呟いただけだ!!俺はそんなダサい名前止めようって言ったんだ!!」





 「・・・・良いな。かっこいい。」




 見違えたようで何も変わらない。そんな友の顔は、過去最高に凛々しく映った。











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