二章十一話 「策士策に溺れない」




 西門付近。未だその時を待つサリートは、わずかに聞こえる喧騒を耳にしてから絶えず警戒している。東門は正反対の方向であるため聞き間違いの可能性は否めないが、体では正しいと訴えている。



 門兵が慌ただしくなってきたので、東門の喧騒は本当のことらしい。反対まで情報が届いたにもかかわらず、西門には敵の一人も現れない。




 「なぁ。やっぱり東の方に全部集まったんだよ。おいらたち、加勢に行った方がよくないか?」



 暇そうに座り込んでいたハークンは、門兵の慌ただしさを見て心配ともどかしさが込み上げてきている。




 「わ、私たちの役目はここの防衛ですよ!たとえ来なくとも、牽制にさえなれば。」



 「なってるか?三人だけで。もうここには来ないんだよバカ!」



 まさか突撃の時間をここまでずらされるとは思わなかった。大方、東門に集中させてがら空きの西門から奇襲をかけるつもりだろう。来ないなんてことはない。



 目立つように立ち止まり、影の奥を見る俺の体には、無数の視線が差し込んできているのがわかっている。二人が言い合う間に襲撃の準備が終わったのだ。




 「・・・!来るぞ。」



 「「えっ?」」




 遠目に見える集団は、獣人で構成されている。犬猫兎などメジャーな種族もいれば見たことのない種もいた。誰を中心にしているのでもなく一方向にその歩みを進めている。




 「あ、あの人数を相手に戦うのですか。獣人は魔力と反比例して膂力が強い種族。できれば避けたかったのですが・・・。」



 「大丈夫だ。計画は話しただろう。俺に任せておけば問題ない。」



 そう言われたとしても不安でしかない二人は、臨戦態勢を緩めようともせず、不測の事態に直面しても的確に対処できそうだ。だが、ここで集中力を使ってしまうのはあまりに無駄遣い。




 「緊張を解いてよく見ておけ。戦いとは、油断から来る奇襲一つで簡単に崩壊する。」




 手を伸ばし、ただ一つに狙いを定める。




 「樹印(ヴームマーク)。刺心暗霧(ししんあんむ)。」





 ザアアアァァァァ・・・・




 木々が揺れる。止まっていた鳥が飛び立つ。明らかに異変が起きている緑の中、獣人たちは違和感を覚えた。目に映っている者もいるだろう。



 もう遅い。




 「がアアアァァァ!?」

 「なんだ!?何が起こってる!?」


 「針のようなものが空から降ってきます!!」

 「ガっ!?いてぇ・・!」

 「これは、、鋭い枝?」


 「今度は横から!?どうなってんだここはぁ!!」




 なんとか目で追える大きさと速さで、縦横無尽に駆け回るそれらは、鋭くとがらせた無数の枝。肉体に刺されば動きが殺されて徐々に数が減っていくが、減る数だけ損傷が増えていった。



 「東門で戦闘中ではなかったのか!?我らは人っ子一人いない西門から、安全に奇襲できるのではなかったのか!!?」



 約2割に何かしらの傷を与えたものの、この程度で膝をつく兵は一人もいない。精々が痛いのみのこの罠は、全方向を警戒させることを主としたもの。





 チチチチチチチチチ




 ドオォン! ドドオオォォン!! ドドドド!!




 爆発音がそこらじゅうを包み込み、その範囲は広がっていく。簡易的な手榴弾のようで規模は小さめだが、枝が飛ぶよりも被害は確実に増える。運の悪い者はすでに動けなくなっており、半分以上はなんらかの損傷をその身に受けた。



 それでも獣人にしてみれば殺傷能力は皆無。侵攻の中止などするわけもなく歩を進めた。





 「すっっげぇぇ!一網打尽じゃねーかよ!!お前強いなぁ!・・・・・おいらたちの出番ない?」



 関心と落胆が込み上げた結果、最終的には落胆が勝った。この白馬獣人は、都市を守りに来たのではない。戦うため、誰かを蹴り飛ばすためにここに来ていたからだ。



 「言っただろう。罠による戦闘不能はほぼ出ないとな。その証拠に、地に倒れ伏す者の人数でも数えてみるか?十もいかないぞ。」



 「そうは言ってもまだ。。。」




 遠目で見ずとも、顔がはっきりと見えるほどまで近づいてきた。約半分は無傷のままなので、三人の姿を見た集団は負ける気など起きず、怒りや余裕を目に宿している。






 「おいおいおいオイ!!随分と派手にやってくれたなぁ。ぎっ・・ひひひひ・・・!」




 人混みをかき分けて現れたのは、下卑た笑みを浮かべる犬獣人。奇襲を受けたことに対する怒りの感情はなく、少人数で立ち向かおうとするこちらを称賛しているかのように振る舞う。



 「あ!あいつだ!いつの間にかいなくなって、カメラぶっ壊したやつ!!」



 鋭い爪を光らせる男は、代表のように前に出る。その姿を誰にも指摘されていないことから、上の立場であることは確かだろう。昨夜の超スピードを見れば納得である。



 当然無傷のこの男には、余裕など見せていられない。二人は温存しておいた集中力の使いどころであると踏み、臨戦態勢に入る。




 「まあ。待ってくれや。」




 戦闘の意思はないかのような気だるさで、訴えるように話し出す。




 「俺は"イージア"っつうもんだ!なにも俺は、お前らを殺したいわけじゃねえ。勇敢な餓鬼が三人、大好きな街を守るために偵察して、罠を敷き詰め、武器を持つ。感動もんだろうが・・・!そういうやつが、俺は好きなんだよ。」



 べらべらと話し続ける男は、やはりサリートらを称賛しているようで、奇襲の予定時間を押しつぶしてまで言いたいことがあるらしい。



 「・・・・仲間になれとは言わねぇ。そうだな。。。邪縁の森方面。あっちに逃げれば謎災害の研究者どもがこぞっているだろう。逃げちまいな!」




 南方面を指さした後、なにもしないアピールで両手をひらひらさせている。圧倒的人数差。これを前に戦うなど無謀だと、見逃してやると。




 「ほれ。どうした?俺はともかく後ろのこいつらは血の気が多いからよぉ。いつ殺すかわかったもんじゃないぜ?たまにゃあ悪者の良心に従うってのも・・・。」




 「悪くはないな。」



 サリートが口を開いた。脅すかのようににじり寄る獣人の足は、今にも飛びつこうとしている。それでも表情一つ変えずに、覚悟を決めた。




 「悪者の良心ってやつのおかげで、邪縁の森も安全ではないことがわかった。それ以上に、、、」




 ある獣人が違和感を持った地の一部分を中心に、固く支えられた土が一瞬にして柔らかくなるとともに広範囲にかけて大きな落とし穴が現れた。




 「最高のタイミングで、罠が起動できた・・・!」




 ドゴオオオオオオオオオォォォォン!!!!




 獣人の約3割を巻き込んだ地中からの大爆発。何メートルもの高さまで土を舞い上げて、砂が降り注ぐ。たった一つの音と衝撃が、一発の大きさを示していた。




 「ぎひひひっ!!な~んだ!餓鬼じゃねえじゃねぇか・・・!」



 「進めるものなら進んでみろ。足元はすでに、まきびしによる剣山だ。たとえ俺らを倒せても、痛みで侵略がままならない内に、援軍が来るだろうがな。」




 土煙とともに撒かれた木製のまきびしで、足の踏み場がないほどに埋め尽くされていた。痛い痛いとわめきだす人は徐々に増え、戦意は削がれていく。



 殺傷までいくと威力を突き詰めなければならない。あからさまな大仕掛けとなり、見る者によってはなんの意味もなさなくなる。そもそも数百はいるだろうこの人数を、すべて殺しきるなど不可能に等しい。だが、傷なら簡単に与えられる。痛みによる行動の抑制は案外強いもので、死とは程遠くとも十分に効果を発揮するのだ。




 「お前らあぁ!!血だらけになってでも乗り越えろ!!歩かない奴は俺が歩かせるぜ?」



 痛みと恐怖にもだえる声がこだまし、ハークンとメクは腫れ物を見るかのように引いている。




 「隊を半壊させられちゃあさすがの俺も切れるぜえ!!そうだな。・・・・まずは女ぁ。てめぇから引き裂いてやるよ。ぎっ・・・ひひひひ・・・!」





 「え、、えっ!?な、な、私!?なんで!?」



 「・・・・作戦通りいくぞ。ボスであろうやつとは俺が戦う。お前らは打ち漏らしを重点的に狙っていけ。目に見えて傷のあるやつは基本無視だ。」



 「やっとか!蹴っ飛ばしてやるぜバカどもがぁ!!」




 これぞ三度目の正直。臨戦態勢がやっと出番を貰い、西門陣営の戦闘が始まる。




 「ないとは思うが、騙されるなよ。逃がすつもりなんて毛頭ないぞ。」



 「ぎひっ。バレてた・・・!」








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