二章十話 「防衛戦の生命線」



 「魔法障壁は未だ十分に稼働している!!内側から敵を討ち取れ!!」




 魔法や剣が飛び交う戦場。そこで指揮を託されているのは赤い髪の冒険者、トッカであった。前線に、尚且つ魔法障壁の内側からはみ出さぬよう、火の魔法や大剣を振り回している。



 ゴブリンはもちろんのこと、下半身が蛇のような者、手が羽となっている者など、多種多様の人が混成部隊となり都市へと襲い掛かる。それを一人残らず阻んでいるのが、薄く頑丈な魔法障壁と呼ばれる存在だ。視界いっぱいに流れるように文字が羅列されており、まるで文字に守られている。



 外側から槍で刺そうが火で燃やそうがびくともしない。しかし内側からは不意に蹴った石ころでさえ、その文字を貫通し戦地へと転がり込む。




 戦況は極めて良好だ。味方陣営の負傷者は現在0名。それに対し敵陣営は、死体や負傷者が無造作に転がっている。魔法障壁を境界として敵側は、すでに血の海と化していた。




 「ハァ、、ハァ、さすがに数が多い。おとなしく襲撃されていれば被害はどれほどのものになったか・・・!」



 圧倒的に足りないものがある。人数だ。いくら戦況が良くなろうと、どちらが勝つかと言えば一目瞭然である。主として敵を切り伏せていたトッカは、序盤にもかかわらず疲労が目に見えていた。





 徐々に逃がす敵の数が増えてきた。大剣を振り切る時間が延び、見た後でも避けられるところまで来てしまっている。仲間内にも同じ状況の人が現れた。




 「ッ!?・・・ぐぅ・・!」



 逃がしてはならない。そう焦り始めると、気づかれていても深追いしてしまうものである。少しだけでも腕を伸ばせば。その油断と判断の悪さが、わずかに手を境界の外へ出してしまったのだ。その隙を逃さず、雑兵の剣の切っ先がトッカの手を掠めた。



 集めた仲間の戦闘方法は千差万別であり、彼のように剣で戦う者もいれば、槍のような中距離もいる。そのような人は、傷はつかないものの槍を捕まえられて重心をずらされたりと、疲労の積み重ねに繋がってしまう。遠距離も、魔法の使用による魔力消費や投擲による肩へのダメージが積み重なる。近距離はトッカのように傷がついてしまう。




 オオオオオオオオォォォォォ!!!




 行動不能の人数が多くいるにもかかわらず、敵団体の勢いが留まるところを知らない。人数差は10倍どころの話ではないからだ。



 魔法障壁も無敵ではない。一人ではなく約十人による魔法のため、通常の何倍も強度があることは確かである。だが、それでもダメージは蓄積する。前衛が休憩などしようものなら、瞬きのうちに強度の臨界点を超えることは明白であった。




 ・・・だからこそ、対策を練ってきた。




 「第一陣!!交代!!!」



 先ほどまで前線を張っていた十数人が後方へ撤退し、ほぼ同じ数の戦士が境界線一歩手前に集合する。指揮役がいくぞと合図をすると、全快の体力を振るって防衛が始まった。押されていた勢いが徐々に元通りになっていく。




 撤退とはいえ、数歩下がるのみなので戦況は見えている。中衛後衛が続々と交代し、怪我をした者は回復魔法を持つ者の処置を受けて呼吸を整える。冒険者としてのランクが高めであるトッカ自身、戦えた時間は十数分。一回目だからこそ余裕のある休憩時間となるのだ。これから疲れがたまればだんだんと短くなる。




 「ハァ・・・ハァ・・。どうですか、トッカ。見ていた限り、あなたより強い敵はほぼいないと見ていいと思うのですが。」


 


 「障壁の維持お疲れ様、フィーオ。・・・・一対一で見ればそうかもだけど、時々目につくやつがいるってとこかな。」




 フィーオは魔法障壁の維持を担当していた。今は交代しているが、魔法の腕前としては中心人物なため、すぐにでも復帰しなければならない。ラキは後衛として魔法攻撃をしているが、まだ交代はしないようだ。



 「まず、一人の武闘家が厄介だ。確実にこちらの攻撃を避けてきて、技により武器ごと弾き飛ばしてくる。基本的な技しか使ってこないが、その分消費も少ない。」



 今戦う者たちも、彼には苦戦している様子だ。突き出した剣の腹部分に手をかざし、



 「必技・発勁!!」



 上向きの力にのけぞってしまい、数秒の猶予を与えてしまった。その間に左右にいる者へと敵がなだれ込み、魔法障壁への攻撃も許している。




 「はー!もう疲れたよぉ。明日は筋肉痛どころじゃないなぁ。」



 「お疲れ様、ラキ。君はもう少し体力管理に気を使ってくれよ。今回なんて休憩時間が短いんだから。」



 後衛の持ち場から降りてきたラキの表情は疲れ切っている。序盤から体力の限界まで全力疾走してしまいがちの彼女は、結局毎回空回りするのだ。




 「いやー、そんなことより嫌なのいるね!あの紫色のゴブリン!あの子、魔法の使い方がうまいのか、的確に人数の少ない方へと軌道が逸らされちゃう!」



 「ラキの魔法はそこそこ広範囲のはずですが、それでも?」



 ラキは主に雷系統の魔法を使う。打てば電気の走る矢が複数本戦場へ落ち、着弾点から小範囲をしびれさせる。少なくとも三本以上は出しており、そのすべての軌道を変えるのは並ではない。




 「各々に厄介な敵がいるみたいだな。だけど、一番厄介なのは皆一致するはずだ。」



 「そう!!あいつのせいで散々だよ!!」



 「小さなゴブリンのことですね。正直なところ、彼による疲労が半分を占めていますよ。」




 遠目でやっと視認できる位置にいて、尚且つ黒衣により顔すら満足に見れない。彼の放つ魔法は異常なもので、数人ずつ辺りの仲間、落ちている武器、そして死体や負傷者までも浮かせて、魔法障壁へと激突させている。近接武器を持つ者はもちろん、人の動きではないため、予測して狙い撃つことが難しくなっている。



 時々、前衛と戦う一般兵に不規則な動きをさせて翻弄してくる。動きがないと思いきや、魔法障壁に直接損失を与えようとしているのか、文字が微妙に歪むときがあった。これらすべてのことを同時にはできないらしいが、一つずつでも一番厄介と思わせるほど、彼は要注意人物である。




 「あれは魔法なのですか?まるで術のような・・・。」



 「第二陣!!交代!!!」




 第二陣の指揮が撤退の意思を示し、負傷者ありの十数人が一斉に下がった。




 「さあ!ここからが正念場だ!!冒険者や騎士が援軍として来るまで、何としてでも持ちこたえるぞ!!!」




 オオオオオオォォォォォ!!!




 未だ活気は十分。魔法障壁こそが、この防衛の生命線であり要。桁の違う勢力との抗争はここからが長いのだ。





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 「予定の何倍、いや、、、何十倍の損失が出た?"クスニク"。」




 「・・・・すでに百倍はいっている。ボスの"力"を今、借りたい。」



 巨体なゴブリンとさらに二回りほど巨体なオーガが、集中して機嫌が悪くなっている背丈の低い男に声をかけた。こんなことをされてしまえば、もはや奇襲ではない。城壁から登ろうにも格好の的でしかないため、入り口を、魔法障壁をどうにかするしかない。ジリ貧を極めて都市の中で全滅など洒落にもならないのだ。




 「ボス。・・・・"アテンドス"。手は抜いてくれるなよ。」




 直後、目にも入らぬ速度で空を飛んで魔法障壁の前へと着地する。そこに特別な魔法等は存在せず、純粋な筋力で戦地の最前線を牛耳ったのだ。



 突然の登場に戸惑う両陣営を尻目に、ボスは障壁に手をかざす。




 「なかなか頑強なものを作る・・・。」




 指に力を込める。壊れはしないものの文字が歪み始めた。




 ギ・・・・ギギ・・ギギギギギギ!!!




 耳障りな音が鳴り響き、ついに文字にひびが入る。




 バリイイイイイィィィィン!!!




 触れた手のひらを中心点として、長い間攻撃を耐え抜いた文字の壁が今、音を立てて崩れ落ちた。




 「目標はここにはない!!早急に制圧し、我らが目的を果たすのだ!!!!」




 詰まり切った大所帯は、雪崩のように都市へと侵入した。








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