二章七話 「鉄(ケツ)の家(イテ)」



 そこは路地裏。ところどころにある排水管を避けつつ、住宅道の裏を歩き続ける。ネズミの鳴き声や鳥の羽ばたく音を主として、晩飯の賑やかさが微かに聞こえてきた。




 「なぁー!まだ着かねーの?おいらここ嫌なんだけどぉ。」



 「もうすぐ着く。」




 進むごとに治安が悪くなり、ゴミ袋や汚物が増え始めてきていた。住宅は都市の端へ行くほどこのような光景となるが、これでも住む場所などはあるため、その他貧民街に比べれば幾分マシだ。最端まで行かずとも目的地はある。




 「ここだ。」



 いつもと変わらない景色。しいて言えばゴミ袋が増えたくらいで、むしろ道幅が狭くなっているかもしれない。待合場所としては何とも言えず、あるとするなら闇関係。




 「はぁ?こんなところ待合場所にしてたんか?人っ子一人いないじゃん。バカなの?」



 「急ぐな。誰がここだって言った。そんな簡単な場所にはしていないぞ。」




 言っただろバカ。とつぶやくハークンを尻目に地を探る。時折叩いてみたりして、微妙に位置をずらしながら調節する。



 "それ"を確信し、比較にならないほどの大きな力で地面を叩きつけた。



 ガアアァン!!




 「うお!?なんだ今の音!?手痛くなるだろそれ!?本当にバカなんじゃないのか!?」




 脅かされた焦りから騒ぎ立てる少年は、道を叩いたのに金属のような音が鳴っていることに気が付いていない。一見なんの変哲もない"それ"は、確かに音が響いて中に空洞があることを教えてくれていた。




 その瞬間、地面がぱっかりと開いて下へ落とされる。2度も脅かされた少年はリアクションを隠さない。



 少し高めの位置なので、着地で足を痛めてしまう危険性もあったが、終着点にはしっかりとマットが敷き詰められていた。



 そんなことは知らず尻もちをついたハークンは、視界がぼやけていることに気づく。徐々に順応していくと、外とは違う、電気による明るさを確認できた。広くはない部屋に一つ机が置いてある。それを取り囲む椅子には、白髪小鬼と黒髪女性が座ってお茶を飲んでいた。




 「お、来たかサリート。・・・と誰かは知らねぇが、、嫌な予感はするな。」




 「あぁ、トウガ。予感は的中だ。お前と同じように、大した成果もあげられなかった。」



 マットから降りて真っすぐに椅子に座りに行くサリートを見て、ハークンもそれに倣って座りに行く。だが、よく見ると椅子は鋼鉄でできていて座り心地最悪間違いなしだ。仕方なく座る姿を見てトウガが呼ぶように言う。




 「おい!!ジジイ!!クッションかなんかないのか!?硬すぎて座ってられやしねぇぞ!!」



 その声を聞いてしばらくすると、奥にある鉄の扉の一つが開き、人間が姿を現した。




 「嫌なら座るんじゃねぇ!!鉄にクッションなんか外道じゃろうがい!ひ弱がぁ!!!」




 大声で出てきたのは一人の老人だ。髭と紙が作業着とともに煤で汚れており、毛が白であるため余計目立っている。目の前に空いている椅子があり、そこに腰をかけた。




 「まったく最近の若いもんはケツが弱くて困る!わしの頃なんか何時間ケツを痛め続けたことか!」



 「自慢になんねぇよ。ってか入口にマットあるだろ。あれと同じもんかけときゃいいんだよ。」



 「あれがなきゃ死ぬじゃろ。それに鉄によるケツの痛みがなくなってしまう。」




 鉄で死ねれば本望!とでも言いそうな勢いだが、そこまで重症ではないようだ。結局譲歩されることもなく机に5人が集まった。




 「じゃあ、自己紹介からしていくか。俺の名前はトウガ。見ての通り剣士だ。」



 「俺はサリート。斥候をやっている。戦闘もできなくはないが、過度に期待はするな。」



 軽く紹介を済ます程度にし、今回の要である情報。戦闘方法を各自話していく流れを作る。




 「わ、私は"メク"です!い、一応魔法を使わせてもらってますっ!」



 おどけながら言い出したのは黒髪女性。髪により両目が隠れているが、門でちゃらけてるレカンという男ほど癖がなく、丸く整えられている。黒を基調とした服に包まれていて、杖まで黒っぽい。




 「具体的にどの種類が得意ってのはあるか?火だったり雷だったり・・・それによっては柔軟に行動できるんだが。」




 サリートが彼女の力を深堀する。計画の主を任されているであろう彼は、より正確に詳細を知る必要がある。



 「え!えーと、、特に秀でたところはなくて。魔法は属性なら多く使えますけど・・・」



 「多属性持ちってのは案外いるもんだな。世界は広い。」




 トウガがつぶやいた横で思案する質問者。三属性以上を持つ者は約3割と言われるほどで、実は探そうと思えばどこかしらにはいる。実戦で求められるのは高威力低燃費であり、今のような返答が一番困る場合がある。




 「・・・おいらの名前はハークンだ!ムカつくやつはなんでも蹴り飛ばしてやる!」




 少しの無言で自分の番だと思ったのか、白馬獣人の少年が名乗り上げた。小さめな体躯で腕を組み、足は一人だけギリギリ地についていない。




 「はー君?」



 「違う!!ハークンだバカ!!」



 「なにが違うんだよ!?」



 発音に相違がないと思っていたトウガが、その名前に苦戦してしまう。メクもなにか話そうとしているようだが、どう呼べばいいのかがいまいち分かっていない。




 「なんとなくでわかるんだよ!おいらは耳が良いからな!」



 「ハークン」



 「おい!!イントネーション!!バカ!!」



 「わかってねぇじゃねえか!!!」




 机をバンバン叩く少年になおも苦戦する。これで駄目ならなにが良いのだろうか。判断基準は分からず仕舞い。



 「粗方終わったな。じゃあ作戦会議に入るが、」



 「おい待ってくれよ!」



 話の腰を折って本題に入ろうとする中、先まで騒いでいたハークンが指をさした。




 「そこのじいさんが誰かまだわかってねぇぞ!!お前らは知っててもおいらが知らない!!」



 ずっと主席のような位置に座ってこの場を眺めている老人は、一言も発していない。ここの家主であるのは分かるが、作戦にまで参加するのか。するのであれば知る権利があった。




 「わしか?わしはお前らの作戦とやらには参加せんが・・・。一応知っておくか。」




 老人がふと机に現れた拳大のボタンを思いきり押した瞬間、見えないところで大きくガコンガコン!と鳴り始める。



 なにかが燃える音に叩かれる音、水が流れる音に歯車の音が連続的に流れ、ハークンとメクは目に見えて慌てる。室内ではなんの変化もないのだ、外で異変が起きているとしか思えない。



 急に音が鎮まる。静けさが異常にまで思えてくるほど衝撃な音で、戦闘態勢をとる二人。対照的に残り三人は分かっているようで、表情の変化がない。




 ガコン!




 机には五皿分のハンバーグ定食が並べられていた。机の中からちょうど目の前に。出来立てで湯気が立っており、未だ夕食をとっていないゆえに匂いが鼻についてしまう。



 これをじいさんがやったのか?あの音もこの状況もすべて。当たり前のように。




 「わしの名は技師"ケッテツ"じゃ!見慣れず不安だとは思うが、食うてみい。オイルの味がしたらすまんな。」






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