二章六話 「嫌なタイミング」



 宮殿の中は外見よりも広く感じ、ところどころに絵が飾られてある。通路のさらに先へ進むとそこに巨大な扉が立ちふさがった。当初の予定では、ここまで来るつもりなどなかったのだが、異例の事態が起こってしまった。



 軍事方面で相談事があると門番に伝えても門前払いを食らった。この都市の騎士団長は優しい人物で、実行するかは別としてその都度市民の頼み事や相談事を聞いているほど。彼であれば規定以上の援軍をくれるものと踏んでいたのだが、その彼が不在らしい。管轄地区の端で大規模な襲撃を受け、団長を含めかなりの戦力が費やされている。



 行き詰ったと思いきや、急な伝言によりと都市の長と直々に対話する機会を得たということだ。実質初対面であり、人柄などを十分に把握できていない。俺にだけこの待遇らしいので、相当な気分屋なのだろうか。唐突に殺されることはないとは思うが、警戒するに越したことはない。




 扉が使用人に開けられ、その部屋が解放される。重装備の騎士が十人態勢で一部分を取り囲んでおり、そこには高く位置付けられた玉座がある。この宮殿自体もそうだが、無駄に装飾を金等で華やかにするのではなく、最低限の威厳が保てるような内装になっていた。おそらく素材は金にも劣らない価値がある。



 ある程度の距離まで行き、片膝をついて首を垂れた。必要最低限の礼儀は備えているため、このような状況でも対応できる。トウガはできたのだろうか。




 「よい。顔を上げろ。」



 言葉の通りに顔を上げ、片膝はつけたまま話を始める。ご尊顔には無精ひげを生やしており、金色の髪がより存在を目立たせる。

 



 「本日は貴重な時間をいただき、誠にありがとうございます。"ソグルコ陛下"。」



 「気にするな。やつがいない分の埋め合わせを、余が担当しようと思ってな。要件を話せ。」




 目の前にいるのは正真正銘"王"だ。活動的と言うほどではないが、他の四大都市よりも平和を続かせてきた主要人物の一人である。



 この世界は6つの面で構成されており、そのうちの一面、三界面では権力の拮抗した五人の王がいる。それぞれが均等な領地を与えられ、国(三界面)のため行動する。その王の一人が、四大都市の一つであるエトカルディスに根を張っているのだ。



 「結論から申し上げますと。我らが都市、エトカルディスに危機が迫っています。」




 「ふむ、危機。ここ数十年、人間の治める第三界面の中でも、指折りの平和を誇る我が都市にか。詳しく話せ。」



 顔には出ないようにしているが、声に緊張感が宿る。言う者はいないが、冗談でも危機という言葉に敏感なようだ。




 「事の発端はここより東、"休心(きゅうしん)の林道"付近です。帰宅途中に集団を目撃しました。数は数百にまで及び、頭の推定戦力は最低でもAにまで至るとの結論です。」




 簡単な情報を共有する。不確定要素が多いため、討伐に出張るよりも防衛に力を入れた方がよいとは思うが、王の判断を待つ。




 「・・・・それだけか?」



 「・・・・・。」




 「手に入れた情報はそれだけかと言っている。」



 疑いの目がますます強くなる王を前にし、冷汗を流す。




 「確かに余の目は衰えたが、お前が斥候なのはわかる。本当のことを言っているのもな。だが、情報が少なすぎやしないか?数百の中にはどのような人種がいた?具体的にどのような策を弄していた?・・・・いや、前提として"都市への襲撃の意思"を、その目で確認したのか?」




 図星でしかなかった。言い訳をすれば奥が暗くなっており視認できず、長居のできない状況。だがそんなことより、冷静ではなかった。



 以前からそうだ。不測の事態には冷静でいられず、前もった下調べや情報でしか判断ができない。誤魔化すために冷静さを演じてはいるが、一番に冷静ではないのはいつだって自分だ。



 土壇場に弱い。斥候を名乗る者からすれば絶望的な欠点である。




 「数百という軍勢は、、統率が取れており、怪しい情報のある輩とも繋がりがありました。現状より少しでも多く防衛の数を増やすことをお願い申し上げます。」




 「根拠として弱すぎるが、時期としては最悪だな。先ほど申した通り、騎士団長が不在であるからこそお前は余と話しておるのだ。防衛に回せる人材がいればすでに回している。"気張れ"とでも伝えるしか、できることはないな。冒険者にでも協力を募るしかあるまい。」




 「・・・・」



 ここまで状況が逼迫しているとは思わなかった。恐らく冒険者ギルドも仕事で溢れているのだろう。敵数は絶望的に多いわけではないため、普段であればどうにかなった可能性があり、そこに縋っていた。




 「言い方は悪いが、実験としてであれば寄越せる者がいるぞ。」



 「実験?」




 せめてもの温情か、はたまた向こうにとって良い機会だったのか。話の最後として提案をしてきた。



 「特殊な出の獣人がいてな。力に不足はないが少々難ありだ。双方にとって悪い話ではないが。」



 どうする。難がどの程度かにもよる。あまりにも時間を消費するのであれば施せる策も施せずで終わってしまう。都市が持て余しているのだから厄介者には違いないが、冒険者ギルドの方も期待できない今、わずかな戦力でも保持していたい。




 「お願いします。」




 賭けではあるが、乗ることにした。どんな面倒ごとだとしても、目の前の救済を断る理由にはならない。壁の一つや二つ、同じようなものだ。まして協力してくれるのであれば最高である。




 「ならば行くがいい。そう言うと思ってすでに待たせてある。全ての願いを叶えてあげられずすまないな。・・・本当に都市の危機であるならば、頼んだぞ。」




 自分への期待。王として最上の贈り物であり、鼓舞である。信じられているかはわからないが、これを直に受け取った一人の市民として、応えよう。そう思ってしまった。




 「御意に。」



 成果としては最低限。だが悔やんではいられない。王室を後にし、長い宮殿の道のりで思案にふけながら宮殿の外へ出た。





 街灯がつくほど暗くなっている。待たせてあるという獣人の姿が見えず、夜ゆえに帰ったのかと考え急ぎ足でその場を離れようとした時、



 「無視すんなバカァ!!」




 背後から蹴りを入れられ、壁に激突する。えらく強い力で押し出され、疲労も相まって怒りが湧いてきている。



 「急になにをする。礼儀どころの話ではないぞ。」



 「うるせぇ!!ずっとそこに立ってて通り過ぎてんのになんでおいらに気づかねぇんだよ!!こんっな美顔なのにさっ!!」




 なぜか蹴られた方より怒りに満ちているのは、全身白い少年。肩より長い長髪さえも白髪で、頭部にぴょこんと生えた耳も白い。顔は普通の美少年のようだが



 「お前が例の獣人か?顔なんか知らされてないからわかるわけないだろ。むしろなんでわかったんだ?」




 「宮殿から出てきたやつ片っ端から蹴った。」




 とんだいかれ野郎だった。俺でさえまだ痛みが続いているのに、一般人がこれを食らって無事で済むのだろうか。宮殿から出るとなれば重鎮もいたかもしれない。




 「おいらの名前は」



 「名前は聞いている、"ハークン"。さしずめ白馬の獣人だろうな。」



 「自己紹介させろぉ!!!」



 またしても蹴りを入れてくる。手加減など加えられていない勢いは、真っすぐに捉えてきたためひらりと躱す。そのまま自分が壁に激突した。




 「避けやがって!!バカヤロコノヤロー!!」



 人目を気にせず声でかく暴れまわる少年に、もううんざりしてきた。




 「そんなだから陛下にも腫れ物扱いされるんだ。力を振り回すガキ大将にでもなりたいのか?」




 「うるせぇ!!なんでおっさんが出てくんだよバカ!!関係ねぇだろバカ!!」




 背丈も齢も少ししか違わない少年が、未だバーカバーカと言い続ける姿は滑稽だ。だが、よく言えばただ生意気な子どもだ。想像の上は行かず一安心する。




 「お前の名前はなんだバカ!」



 「俺か?俺はサリートだ。少しの間だが世話になる。」



 「おう!!たまになら使ってやらんでもないぞバカ!」




 数回言葉を交わしていると、もはや可愛げさえ見えてきた。王の言葉通り来ていたり、言うこと自体は聞くらしいので、扱いやすい。




 「集合場所は決まっている。時間がない、急ぐぞハー君。」



 「おいイントネーション!!バカヤロコノヤロー!!」

 


 懲りずに蹴りを繰り出してきた。






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