二章五話 「ギルド長シュガード」
日が沈んできた冒険者ギルドは、依頼の報酬受け取りで窓口があふれている。長蛇の列を作り、怒りが湧く者も少なくない。日によっては名のある冒険者パーティが列に紛れ込んでおり、話をしたがる者がいて多少雰囲気がよくなりはするが、今回はその例がない。
その中でも閑散とした窓口がある。それは依頼申し込み用の窓口。この時間帯に申し込んでも明日へと後回しにされるためか、夜間料金のため割り増しされてしまうということで、めっきりその数を減らしてしまうのだ。
いつもは寂しい窓口に客が一人。
「では、護衛の依頼で料金はこの通りになります。待合場所の指定はありますか?」
淡々と仕事をこなす女性は青い制服を着用しており、慣れた手つきで料金表を見せてくる。
「いや!護衛じゃなくて!なんて言ったらいいかなぁ。・・・とにかくこの都市が危ねぇんだよ!!大勢の集団が攻めてくる!だから守るための人員をだな」
いまいち容量の得ない話をするのはゴブリンの少年。来てそうそうこの調子で、実際に現場を見ていないかのような報告をしている。
「・・・では討伐の依頼でしょうか?対象の特徴、正確な数をお願いします。」
「数は百を超えてた!特徴は・・・その、、」
焦り倒していた少年の表情が曇り、冷汗を流し始めた。簡単な特徴も言えない依頼者はいるにはいる。だが、その依頼者の大半は嘘だ。
「あなたも冒険者であれば知っていますよね?最近多発している虚偽の依頼による被害。そのような内容では、審査も通りませんよ。」
虚偽の依頼を鵜吞みにした冒険者は、指定の待合場所で襲われて身ぐるみを剝がされる。強靭な者が多いため効率がいいとは言えないが、それでも被害が出ていた。事前確認による審査を強化してことにあたっているが、それでも一定数現れる。
「嘘じゃねぇ!!とにかく緊急依頼で登録して欲しいんだよ!金なら払う!!」
一歩も引く姿勢を見せない少年は、あろうことか緊急依頼を申し込んでくる。文字通り都市や街の危機に対応するための制度だが、人員を多く使ってしまうため、滅多なことが起きない限りは了承されないもののはずだが。
しつこい客にはそれ相応のマニュアルがある。客側から見えない位置に隠された非常ベルに手をかけ、最後の意思を聞く。
「これ以上迷惑な行動を起こすのであれば、"対応"させていただきます。よろしいですか?」
虚偽依頼をする輩はこの一言で慌ててその場を離れる。それでも引かない場合は
「ああ、早く"対応"してくれ。」
リイイィィィィィン・・・!!
細く響くベルの音を聞いて、列に並ぶ冒険者はこちらに注目する。最近の被害多発により、これの意味を理解している人は増えてきてしまった。
ギルドの裏から頭一つ抜けた人が現れた。胸筋を中心に筋骨隆々で、パーマをかけた厚化粧の人間。パツパツの服を着ており、その筋肉はより強調されていた。迷うことなく迷惑客の前へと歩を進め、倍ほどある体格を見せつける。
「依頼申し込みなら私が裏で聞くけれど、、どうする?」
どうやっても見下してしまう身長差があるため、普通に接していても威圧感満載。どんな悪態付きでも、この人の前では嘘なんか付けない。ただいるだけで死を感じてしまうほどの存在。それが彼なのだが。
「あんたに直接聞いてもらいたかった。その方が話が速い。」
「へぇ、あなた。威勢がいいわね。事務的な話は、あの子に丸投げだったのに。」
周りも注目する中、少しのおどけもなしに対等に話す姿に悪気など微塵も感じられない。本当に真実を言っていたのかと思わせる態度に異常さえ感じる。
「それならこっちに来なさい。」
自然と避ける人混みを突っ切って、二人は奥の扉へと入っていった。
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「まずは自己紹介からね。私はこの冒険者ギルドの管理を務めさせてもらっている"シュガード"よ。よろしく。」
「俺はトウガだ。」
ギルドの奥には社長室のような部屋があり、中央には透明の机が置いてある。ソファーに座るよう促され、出されたお茶には手を付けずに
「単刀直入にお願いしたいが」
「まぁ待ちなさい。まずはこちらから一つ聞かせて。」
言葉を制止されてその問いを聞く姿勢に入る。焦る気持ちを抑えるために、出されたお茶にようやく手をかけて一杯。
「近ごろの冒険者は依頼者の信用を得るために、容姿に気を遣う子が増えたわよね。・・・あなた。美容にはどう気遣っているのかしら?」
聞かれた内容は斜め上を行っており、こちらを困惑させる。世間話に来たわけではない。だが、これにより信用に足るか見極めている可能性もある。
「いや、なにも。」
「そう。」
・・・・・・・・
「で、言いたいことは何かしら?」
「なんだったの?」
一体なんの意味があったのかすら説明がなくこちらに渡された。いまいち気が抜けて話しにくくなってしまうが、これが作戦なのか?と考えるだけ無駄な気がしてくる。
「いえね。私は長年の経験から、美容への意識を聞くだけでその人がどういう人なのかわかるようになったのよ。簡単な性格診断ね。」
「ほう。なら俺はどういうやつか。今ので見抜いたってのか?」
「いえ。わからなかったわ。」
「なんだったの?」
なんの意味もなかったと結論付けられた。ある意味あちらのペースに飲まれているが、話を戻す。
「俺が頼みたいのは、緊急依頼の登録だ。俺は直接見ていないから詳しいことはわからないが、百を超える軍隊がこの都市に進軍している。全戦力とまでは言わないが、できる限り多くの人員を防衛に配置してもらいたいんだ。」
自分の知る情報を全部言ったつもりだ。我ながらこんな少ない情報で、よく緊急依頼を出そうと思ったなと感じる。サリートに細かな内容を聞いておくべきだったと反省するが、結局状況は変わらないだろう。
「そうは言ってもねぇ。緊急依頼なんてシロモノ、そう簡単に受け付けられないってことはわかるでしょう?それが一週間後ならともかく今からなんて。」
「事前調査でもなんでもしてくれていい!今必要なんだよ!明日からだと間に合わねぇ!!」
「あなたは、何をするのかしら。」
なぜこんな質問をしてきたのか。理由はわからないが、偶然にもこちらに刺さってしまう。なぜなら、冒険者たちに防衛を任せてトウガだけでアメルの救出へ向かうつもりだったのだ。防衛中に肝心の本人がいないとなれば、怪しまれてもしょうがない。
「俺も・・・防衛に参加する。」
「あなた。嘘が下手くそね。」
怪しまれないように選択したつもりだったが、秒で見透かされて余計なものを生んでしまった。どこからかシュガードの体格にも劣らないほどの、大きな銃を引っ張り出して先を上に向ける。
「冗談はほどほどにしなさい。でないと、、私の愛銃が火を噴くわよ・・・!」
バアアアアアァァァァン!!!
威嚇のために取り出した銃の銃口から、突如として弾丸が飛び出して天井を突き破った。
「・・・・もう火ぃ噴いてんじゃねぇか。」
「押し間違えたわ。」
天井には大きな風穴が開いており、そのとんでもない威力が伺える。顔に冷汗が伝い、大音量によるロビーの混乱など耳に入ってこない。
「それにね。私のギルドではなぜか依頼詐欺が増えているの。怪我をする子も大勢いる。私が守らなければ、一体あの子たちを誰が守るのよ・・・!」
「俺は、嘘を言ってなんか」
ない。そう言おうとしたが、口が噤んだ。先ほど誤魔化そうとしたのが、最悪な方に裏目に出てしまっている。嘘をついた。見抜かれた。信用なんてとっくになくて
「もしあなたがその類だとしたら、私。いよいよ我慢できなくなるわよ。」
バアアアアアアァァァァン!!
けたたましい音を上げ、またしても上空へ発砲された。
「だから我慢出来てねぇじゃねぇか!!」
「押し間違えたわ。」
幾たびも心臓に悪いやりとりをさせられて、もはや説得できる気力も残っていなかった。
「それに緊急依頼は、大勢の冒険者を駆り出すことになる。その間、市民の悩みは誰が解決するの?市民の命は誰が守るの?助けられるべき人を、私は助ける責任がある。」
上に向けていた銃口をこちらに向けてあふれ出す殺気を、思う存分ぶつけられる。
「その責任を持って言う。その願いは引き受けられない。」
その他のことなど考えていなかった。アメルを助け出し、あわよくばこの後に起きる惨事を食い止める。そう考えていたが、、もし今日中に来なければ?あのまま引き返してしまえば何事もなく終わってしまう。そして明日すぐにでも襲撃されれば、夜に見張った分だけ体力が消耗し大損害となったはずだ。なら一週間後を指定して依頼を出すか?そんな悠長にしていて良いのだろうか。この事実を知っているのは俺とサリートしかいない。どうにかしなければ
バアアアアアアァァァン!!
思考を巡らす中、顔に当たらない距離を弾丸が通って行った。いつも以上に冷汗が流れ出て、貫通した壁を見れば無残なほど大きく開いていた。
「押し間違えたわ。」
「もう殺す気だろてめぇ!!?」
何度か命の危機には瀕したが、吹っ切れた。地道に集めるしかない。こちらでさえ不確定要素が多い中で、公式として大々的にやる。それがどれほどリスクのあることか考えていなかった。
「・・・失礼した。迷惑かけて悪かったな。」
お茶を飲み干すことなくソファーから立ち上がり、一直線にドアノブへ手をつける。すると、背後から引き留める声が聞こえる。
「緊急依頼は無理だけれど。私がなんとかしてみせるわよ。」
「・・・え?」
ソファーに座ってこちらを見据えるシュガードは、その銃を背中にしまう。
「あなたがその事件について、嘘をついてなさそうなのはわかったわ。それならば食い止める他はない。そうでしょう?」
「あ、あぁ。でも」
助けられる人を助ける責任があると言った。これほどの実力を持つ者であれば、その人数は比にならないのではないか。
「心配しないで。私の仕事は所詮机仕事。書類なんて後からいくらでも片付けられるわ。それよりも不安の芽を摘む方が先決だって、そう判断したの。やれるだけのことはやるから安心しなさい。」
「・・・助かる。ありがとう。」
狙わずして強力な協力者をつけることに成功した。感謝はしつつもまだ一人。彼女一人にあの軍勢を止めてもらうのは酷だろう。まずはサリートと合流して次の策を練ることにしよう。
すでに長蛇の列はなくなっており、ちらほらと報酬の受取や夜間依頼の選定者が現れ始めていた。ギルドの外へ出ると街灯がついている。もうこんな時間なのかと感じる中、一人の女性が話しかけてきた。
「あっ、あの~。わ、、わた、わたしにも協力させてもらえませんか?」
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