おまけ one-five 「色んな人に憧れたいお年頃」



 「みんな!!今日は、この森の近くで好きなように遊びましょう!!」



 茶髪を後ろで縛る女性が、目の前の子どもたち全員に聞こえるよう、大きな声で話す。普段は来ない街の外を走り回れる事実に、子どもたちはウキウキだ。



 「宝物を見つけるもよし!走り回るもよし!気になるものを観察してもよし!」



 わくわくが抑えきれない様子は、いつ走り出してしまわないか不安なほど。なので、一番伝えたいことを一際大きな声で言う。



 「た~だ~し!!森の中は入っちゃダメ!!先生の見える位置で遊びなさい!!」



 はーい!!!



 元気のよい返事が響き渡る。これほど大きな声で返事できるなら、なんの心配もいらないだろう。




 まぁ、そんなわけはない。だけど、まさか言った瞬間に森へと走り出すアホな子がいるとは思わなかったが。



 「うっしゃぁぁ~!!!一番乗りぃぃ~!!」



 託児所でも群を抜いて元気な子が、全速力で走る。普段であれば疲労度がグンと上がるが、今日は違う。




 「・・・・やっておしまい。あなたたち。」




 森へと足を踏み入れる寸前、二人が道を阻んだ。



 「な・・・!?なんなんだお前ら!!」



 少年の一人が驚いている子どもと同じ目線になるようにしゃがみ、軽く顎を持ち上げる。服装はキッチリしたタキシードに身を包み、ほんのりと化粧を施している。



 優しい笑みを浮かばせ、目の前の人物を諭すように語り掛けた。




 「これ以上近づくなら、今夜は寝かさないぜ。子猫ちゃん・・・!」




 意気揚々とした子どもの顔は青ざめる。ほぼ恐怖で塗られたその子は、悲鳴を上げながらみんなのいる方へ逃げ出した。





 「よし!」



 「よしじゃないでしょうがぁ!!」



 すぐさま駆け付けた保母さんにどつかれた。なんで眺めていただけの俺の方に・・・。



 「子どもたちに悪影響でしょう!!流行ったら責任とれるんですか!?」



 鬼の形相で咎めに来る。トラウマを植え付けられたであろう子どもらは、彼らのそばには決して近づこうとしない。



 「先生。時代は移り変わるものです。今のうちにこういった教育を施すのは、必要なことであると。」



 「それはこちらでしますよ!!それに、方向性がマニアックすぎて見てる側が恥ずかしい!!」



 思いもよらず、教育方法に指摘が来た。夜の街と言えば"子猫ちゃん"でしょう。"子猫ちゃん"に耐性をつけておいて、悪いことなど一つもない。




 「一番恥ずかしいのはトウガのやつです。人生で一度もしたことのない発言を、未来を生きるであろう子どもらに初披露しているのですから。見てください、彼を。」




 先ほどから一言も発言していない彼は、顔の表情すら止めている。あの周りだけ時が止められているかのようだ。



 「ショックが大きすぎたのでしょう。全てを悟りはじめました・・・。」



 「100%あなたがやらせたのでしょう?」



 彼の駄々こねは、それはもう凄惨なものであった。何度お前がやれと言われ、男前なやつがやるから意味があると言ったことか。終いには鞘に入れたままの剣を振り回す始末。



 大丈夫。きっと意味はあったさ。




 「緑色のお兄さん。だいじょうぶ?」



 おさげの少女が、悲しいものを見る目で話しかける。あの時の"あい"という少女だ。トウガは返事さえできずにいる。しょうがないやつだ。



 「・・・俺が行くしかないか。」



 「!?ちゃ、ちゃんとやってくださいよ!!約束ですよ!!」



 森に立ち入ろうとする子どもを塞き止めるのが、今回の依頼。ヘマをするつもりはないし、あんなことをやる勇気はない。





 「お嬢ちゃん。」



 「?」



 今のタキシード姿でも、十分とした威圧効果はある。後は優しく説得すれば、優しい子どもたちは納得してくれるはずだ。





 「お嬢ちゃぁ~ん・・・!ここにねぇ。あまぁ~いお菓子がたくさんあるんだよぉ?だからね。これが欲しければ、お兄さんと一緒にあっち。行こうか?」




 バシイイイイイィィィン!!!




 「痛い!!?先生?今、剣でぶっ叩きました?ちゃんと鞘に納めてありますか?」



 「安心しろ。みね打ちだ。」



 「納めてない!!!」




 いつの間にかトウガの腰にぶら下げていた剣を持ち、大上段から脳天をぶっ叩かれた。鞘から引き抜かれた刀身は光り輝き、行動を間違えば首が飛ぶ。



 「子どもを守るのが、私の仕事ですので。」



 「俺も守ってますよ!?森へは絶対に行かせませんよ!!物で釣るのが一番なんですって!!」



 「釣り方があるでしょうが。犯罪者予備軍。」



 「すごい言い草!!?」



 肝心の少女はきょとんとした顔で立ち止まっている。物で釣ろうとしても、目の前の人間が真剣でぶっ叩かれても動じないとは。大物になるやもしれない。



 その後に、彼女を呼ぶ声のもとへと走っていく。こちらも知った顔で、カイとタロだ。今回も無事、一人の少女の命は守られた。





 「・・・まったく。割の良くない依頼を受けていただいたことには感謝しますが・・・。」



 信縁の旗のように、子どもの見本となる存在がいる。代わりに、サボる気満々のふざけ半分な存在もいる。後者が来て問題が起きるよりかは、ふざけながらも仕事を遂行してくれるアメルらの方がましだが、欲を言えば冒険者となる全ての人が子どもたちの模範であってほしい。




 ふと、少しの不安がよぎる。彼らも年端の行かない少年二人。冒険者として活動し続けているのであれば大丈夫だと思い込みたいが、やはり心のどこかで不安が勝ってしまう。




 もし、魔物が現れたら・・・・。




 ガアアアアアアァァァァ!!!!




 「!?」




 雄たけびが響き渡る。それは森の中から現れ、少し離れた距離にいた子どもたちにも聞こえる叫び声を轟かしていた。



 大きさはそれほどでもない。四足歩行と思いきや前足が若干浮いているため、相当前のめり状態な獣ということになる。数は十数頭におよび、なぜここまで気づかせなかったのか不思議なほど。




 「みんな!!逃げてぇ!!!」




 子どもたちに聞こえるよう、できる限りの大声で叫ぶ。恐らく、あの猛獣は突撃などの近接をしてくる。ならば子どもらを門まで辿り着かせればどうとでもなろう。




 「!?・・・ぁ・・・。」



 戦闘の基本も知らないド素人が、判断すべきではない。知能など無いと思っていた。ワンパターンだと思っていた。





 氷の槍を模した魔法が飛んできた。あらゆる方向へと。




 前のめりになって、魔法の媒体である杖を隠し持っていたらしい。こちらに飛んでくるならいい。だが・・・。



 「やめてええええぇぇぇぇぇ!!!」



 魔物はしっかりと、子どもらを見逃していなかった。数多くいることも確認したのか、より多くの魔法を飛ばしている。




 だめ。



 だめ。




 私は、どうなってもいいから。




 魔法が目の前に。貫かれてしまう。守りたいものを守れないまま。




 「安心してくれ。あなたは、やれる最善ができてるよ。」




 ・・・痛みがない。思い切って目を開けると、氷の槍が刺さるすんでで止まっていた。ただ、滴るは水ではない。それは見たくない"赤"であった。




 「なんで、なんで私を助けたんですか・・・!」



 金髪の少年が、横腹を血に染めて立ちふさがっている。



 「私より・・・。私より助けるべき命が・・・!!!」



 「言ったでしょう。あなたは、自分のやれる最善を尽くしてきました。」



 見たくない景色が広がっているかもしれない。しかし見なければならない。預かっている命の方へと。




 「後は、信じてくれればいい。」



 剣を一本持った少年が、子どもの前へと立ちふさがっている。周りには粉々にされた氷の破片が飛び散っている。後ろでは誰一人として血を流さず、欠員もいない。





 「ァアメルうううぅぅぅゥ!!!!お前、絶対許さねぇぞおおおぉぉぉ!!!」



 「・・・魔物よりこわっ。」




 顔を真っ赤にしてブちぎれる少年と、後の始末が恐ろしい少年。二人は私情を後回しにし、獣へと視線を移す。



 「すぐ片付ける!!」



 「おぉそうだ!!・・・・どっちの話?」




 タキシードを着た二人は走り出す。いつもの不格好とは程遠い身のこなし。身体強化を施したアメルと、そこまで足は速くないが素の筋力が高いトウガ。それぞれの持つ刃物で氷を割る。



 先に獲物のもとへとたどり着いたアメルは、力任せに短剣で魔物を刺す。ちょっと近めの敵には雷魔法を放ち、ちまちまと減らす。



 そしてたどり着いたトウガも、力任せに剣を振り切る。効果は絶大で、数匹をまとめて切り伏せた。





 ・・・・確かに信縁の旗のような、人の模範と言うには怪しいかもしれない。だけど、見誤っていた。




 「うし!これでっ・・・!!」



 「「終わりだァ!!!」」



 「ぁあっぶな!?刺さるところだったろうが!!?」




 どこか距離の近い彼らもまた、子どもが憧れる存在の一つなのかもしれない。






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 「本日は、ありがとうございました。」



 改まって深く礼をする保母さん。横腹の傷を軽く応急処置しながら、耳を傾ける。一応、病院には行った方が良いかもしれない。彼女は、申し訳なさそうに傷を見る。



 「依頼内容には護衛も入ってるんで、気にしないでください!・・・・どちらかと言えば、頭のたんこぶの方が痛いので。心なしか俺、バカになったような・・・。」



 「元からだろ。」



 今日だけで、脳天に二度も攻撃を叩き込まれた。本当にこっちの方が重症かもしれない。





 「兄ちゃんたちすっげかった!!」


 「どうやったらあんな速く動けるの!?」


 「ありがと!!」


 「変な格好してるのに!!」




 子どもが集まってくる。気持ちのいい歓声は嫌いじゃない。・・・・おい。今蹴ったやつ誰だコラ。



 「私、あなたたちのもとに依頼が届いて、本当に良かったです。良ければまた、お願いできますか?報酬は弾むので。」



 「・・・また、いつでも。」



 感謝されない仕事など無いが、明確に感謝を伝えられるとくるものがある。こうやって感じる単純なやつこそ、変な商売に引っ掛かるんだけど。





 「ですが、次回からはもう少し子どもたちへの影響を考えて・・・」



 こそこそと裏から回る子が一人いた。この期に及んでまだ、森に入ろうとしているらしい。



 「トウガ!!出番だぞ!!」




 一瞬にして前方に立ちふさがる。驚いている子どもと同じ目線になるようにしゃがみ、軽く顎を持ち上げ、優しい笑みでこう言う。




 「もし先へ進むというのなら、魔法が溶けてしまうその刻まで、今夜はあなたと踊り明かしたい・・・!」



 「ぎゃああああああぁぁぁぁぁ!!!!」




 青ざめた子どもは、仲間のもとへと走り戻る。無意識のうちに行動を起こしてしまったトウガは、またしても時が止まった。



 「練習の成果出てるぞ!!」



 バシイイイイイイイィィィィン!!!



 「やめなさい!!!」









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