一章九話 「主人公アメル爆誕!」



 ーーーここは本のような世界だ




 「この世界の職業に"冒険者"がある。数十年前は宝を探して売り、生計を立てるトレジャーハンターとして活動していた。いつからか魔物等の被害が拡大し兵の数が足りなくなった時、そこそこの実力を持つものが大勢いる冒険者に白羽の矢が立った。そして現在、魔物狩りや救助を主とする職業へと変化していったという。」





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 剣が受け止められた。顔に届く寸前で小さく渦巻く闇魔法が命をつなぎ止めていた。



 もとより命まで取るつもりは無い。しかし敵が強大すぎるせいで加減などしている暇などあるわけなかった。ふとした瞬間に殺しなんてシャレにならない。世界が許しても、前世のある俺が許してはならないはずだ。



 しかし地がひび割れるほどの衝撃が伝わっており、ヴィクラネオの頭部から血が一筋垂れている。その顔は俺ではない虚無を見つめていた。



 「・・・・・・!」



 ハッと我に返ったと思いきやその身を翻して距離をとる。思い出したかのように荒く呼吸を整え始め、遠くで未だ倒れているリエンの姿を確認。



 「アメル。いつかこの借りは返す。」



 そう言い残すと、俺の目には追い付けない速さで二人が視界から消えた。主をなくされ、兄妹そろってボロボロの状態にされれば怒りの矛先も向くだろう。まずは殺しやすい俺ってか。






 一足遅れて静寂の訪れを感じると、周りが鮮明に見えてきた。主にエトシアのいた森周辺の地形が荒らされるどころかへこみ、左半分しか残らなかった木や、緑の葉がすべて散った木も見受けられる。中に入り込んで探せばさらに被害が見つかるかもしれないが、最悪の事態である山火事は起きなかったようだ。



 魔族?二人との連戦を生き残ったという事実で放心状態の俺に。


 

 「お疲れだったな。よく言いつけを守って生き残った。あの戦況では、私は貴様のことをアリのように潰していてもおかしくなかったからな。」



 プチっと、と言いながら近づくエトシアは汚れがついてはいるものの、何事もなかったかのように無傷で呼吸も荒れていない。文字通り冗談じゃない。




 「あいつらはなんだったんだ?最初に声が聞こえた時も知ってるような素振りで」



 「貴様の知るところではない。・・・そも、言ってもわからんだろう。」



 確かにここでは当たり前の知識すらないやつに何を言っても無駄なのはわかるが、命が危ないのでイチから百まで話してほしい。ただ、疲れているのでどうせ頭に入らない。



 「代わりに、、その剣。気になるだろう。」



 先へ歩き始めると同時にエトシアが話題を出す。それはずっと俺の右手に携えている一振りの剣。すでにその輝きは、役割を終えたかのように失っていた。



 「そいつは"聖剣ロート"。この世に三振りしかないとされる内の一種だ。」



 「聖剣?なんだってそんなものがこんな人目のつきそうなところに。」



 作品にたびたび出てくる謎に強い剣こと聖剣。その名に恥じない効能を持っているのは、俺が直に経験した。今までの傷が全回復した挙句、身体強化魔法が比にならない膂力。反応速度や器用さに動体視力と、その他数えきれないくらいの強化をこの身に授けられ、後にも先にもこのような武器が世に出回っているはずがないと、さすがの俺でもわかる。




 「この森にあったということしか知らん。私はあの魔人を殺すための手段としてその剣を拾いに来たからな。」



 「拾いにって、これお前のだったのか!?じゃあ、死ぬ寸前の俺を助けたってことか。ありがとう?」




 エトシアと魔人の戦いを見ていないアメルは聖剣の所有者を知らず、無から現れた気まぐれな救済だとでも思っていた。



 「手にとり全快したのは貴様の執念ゆえだ。最後の景色、逝く剣、逝剣せいけんとはならずよかったな。」



 「やかましい!・・・・お」




 気づけば開戦場所に戻っていた。崖の下にはそう遠くもないところに大きな街が広がっている。下りてもまだ森ではあるが、数時間でも歩けばつくような距離。






 ーーーついにその日が来た。




 「・・・俺さ。戦いとは無縁の世界にいたんだ。そりゃゼロではないさ。対岸の火事って感じで、、食うために狩るなんてことも一度としてなかった。」




 液晶越しの戦火を見ると嫌な感情にはなる。だが恐怖まで感じることはなければ、特に行動を起こすことなどしてこなかった。狩猟経験もなく、激しい格闘技の経験すらない。まぎれもなく一般人Aなのだ。




 「それなのに殺されそうになって、ステゴロの喧嘩に魔法のぶつけ合いまでやった。骨だって何本やったか覚えてすらない。だが、そんなことよりも」




 エトシアにとっては突然とち狂ったように映っていることだろう。なにせ"バスメル"は違う。この世界で生き、さっきのような殺し合いに関わっていなくとも、直接見てきてはいるはずだ。だが、静かに聞いてくれている。





 「・・・・子どもを、殺しそうになった・・・!」




 居合わせた小鬼によって最悪な事態は免れたが、自分の転がした鉄球に押しつぶされそうになる獣人の少女。不可抗力で片付けることができれば、事故で処罰なんてされない。忘れてはならない、向き合わなければならない"俺の罪"だ。




 「どうすりゃよかったんだ。もっと方法があったのか?おとなしく殺されてればよかったのか!?そしたら"こいつ"はどうなる!?わけわかんないまま死ぬなんてそんなの・・・」




 強く心臓をたたく。実際にそこにはいないが、転生前の"バスメル"が確かに生きていた。俺の体ではない。俺だけの問題ではない。





 「・・・そんな時、ポケットに"これ"が入ってた。」




 ズボンのポケットからは紙切れ一枚。下手な絵で描かれている。中央の甲冑を来た一人の人間が片手剣を掲げ、横には魔物や悪人が積み上げられている。その後方では笑顔の子どもがはしゃいでいる姿。




 「これだ。これが"バスメル"の英雄像だ。強い男になりたがってたのは"これ"だろ?」



 「おい。」



 「これが恐怖を植え付けたあの子のためになるとは到底思えない。ただの自己満足だ。」



 「考え直せ。」



 「バスメルは確かに生きていたさ!俺の身勝手で死ぬのが駄目なことは十分理解してる。でも今は、俺の体だ・・・!痛覚は全部俺のもんだ。死ななければいい。」





 「この一週間の経験でなにも得ていないな。貴様の実力では、戦場での死は避けられんぞ。」



 「身の程はわきまえる。だけどさらに強くなった時、さらに上の戦場に向かう。」




 「それはただの迷走だ。そも、戦うことだけが償いではないだろう。人の役に立つのであればいくらでも方法がある。なぜ固執する?」



 「それが俺の"やりたいこと"だからだ・・・!」





 自分がバカなことをしようとしているのはわかっている。あれほど死に際に立ったというのに、また自らそこに身を投じるのだ。様々な感情がないまぜになって迷走しているのだろう。



 だが、なにも100%やりたくないことをやるのではない。魔法が使えるようになって、剣が振れるようになって、浮かれてしまっている自分がいる。楽しんでしまっている自分がいる。どうせならこの感情を利用してしまおう。





 「目指すべき英雄になるために!俺は、ーーーこの世界にいる"悪"を倒す!!」





 高尚な心掛けなどない。自責の念から始める英雄道。二度目の人生、俺の好きに生きてやる。




 「・・・もう止めはせん。好きに生きてみろ。」




 「ここまでの間、俺からは何もできなかったししつこいと思うだろうけど、、本当にありがとう。」



 何度言ったことか。思えばなぜここまで手を貸してくれたのかわからない。森で野垂れ死ぬか魔人に殺されるか、どっちにしろBADENDをことごとくなくしてくれた命の恩人だ。





 「気にするな。・・・さて、その剣は返してもらおうか。」



 「あれ?くれるんじゃないの?」



 「調子に乗るな。そいつの所持者としては荷が重すぎるだろう。聖剣頼りの英雄ほどかっこ悪いものはないぞ。」




 流れで持って行こうとしたが、それは許してくれませんでした。羽模様の剣を渡そうとする瞬間、ふと思い返す。左腕しか動かなくなった状態の俺を。



 「まあ、嘘みたいに完治したし、聖剣様様だなホント!」



 「ああ。死を避けたのだからな。だから」



 刃を下に向けて持ちやすいように手渡し、無双ライフとはおさらば。と右手を離すと、すべての筋肉が停止したかのように身動き一つとれない。へ?と情けない声を上げるしかないアメルは、手渡した姿勢のまま横から地面に倒れた。




 「代償は甘んじて受けろ。お大事にな。」



 さも無事で終わらせようとした俺を嘲笑し、崖沿いを悠々と歩き去っていく。いつのまにかその姿が見えなくなっていき、同じ姿勢のまま声も出せず倒れる俺は文字通り何もできない。ん?これいつまでこの状態なんだ?このまま夜迎えちゃう感じ?



 なんだこの状況!!!??




 沈みゆく夕陽が、森での一泊確定演出かのように照らし続けた。







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