一章二話 「悪はどっち」




 ーーーここは本のような世界だ



 目の前に、二本の小さな角が生えた女の子がいる。黒にほんの少しピンクが混ざったツートンカラーの髪色。こちらに笑みを浮かべて、教えるように語りかけてきた。



 「"異世界転生"とは、ある世界での住人が死後に別の世界で生まれ変わり、人生をやり直すというものだ。大抵は神のような存在に、導かれるように生を受ける。」



 こちらから話すことはできない。もどかしい時間が過ぎ去る。




 「私はね。あなたが好きだから、教えるんだよ!・・・頑張ってね。」






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 窓の外からは、すべり台を始めとした複数の遊具が見える。体の小さな子どもたちが、それらの本来の用途に逆らって走り回っていた。



 足元には無造作に置かれた積み木等のおもちゃ。中途半端なページに開かれた絵本。ほんのり温かみを感じる木製の床。



 室内と屋外。遊びの種類は違いはするが、一致する点として、静かとは程遠い環境であるということだ。



 そうだ。ここは俺のいた保育園だ。



 まるで過去の出来事を追体験するかのように、頭の中に流れてくる。



 「いいなぁ。お姫様・・・!!早くなりたいなぁ・・・!!」



 近くで憧れを口にする女の子の言葉が、ふと気になった。



 「ーーーちゃん!お姫様になるの!?」



 "早く"なりたい。なれる可能性がある、または確約しているときに出るような言葉。子どもながら違和感を感じたのか、わかりやすく驚いた。



 「なれるよ!!絶対!"てんせい"ってのでなれるの!!」



 「"てんせー"・・・?」



 聞いたことのない言葉に、首をかしげる。



 「てんせいってのは・・・。キラキラした絵本のお姫様になれるの!!」



 "てんせー"ってのがあれば、キラキラしたお姫様になれるらしい。すごい。



 「王子様にもなれるし、とってもつよい人にもなれるし、おっきな怪獣にもなれるんだよ!!」



 向こうも誰かが話したことを聞いた程度の知識しかないが、あのころの俺は、なんとなくワクワクしていた。そりゃそうだ。絵本にいる登場人物になって、絵本のようにみんなに頼られて、絵本のようなハッピーエンドを迎える。これほどワクワクするものはない。




 ・・・だが、ふと気になった。言葉にできない程度の、小さな小さな違和感。自分のワクワクした気分を落ち込ませたくないため、見て見ぬふりをした。








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 「まじめにやりやがれえぇ!!」



 痛い痛い!声がでかいな、こちとら急に辺り一面真っ白な世界に拉致されて白い服着たおじいさんに出合い頭「転生の準備は整っておる」なんて言われてまた視界がブラックアウトしてあーもう疲れてんだよぉ。異世界転生にしてももうちょっと心の整理とかないのかね?



・・・あ、でも一つだけ聞けたな。転生先の俺の名前、確か、、、




 「"バスメル"」



 「貴様の名だな。遺言を言うにはまだ早いぞ。」




 ぽつりとつぶやいた言葉に反応が返ってきて驚き後ろを振り返ると、そこには角の生えた女性がこちらを見下ろしている。え、誰?と言葉に出そうとするもさらに女性は話を続ける。



 「ほれ、あれが小鬼、ゴブリンというやつだな。貴様の"対策"が最高に効いているじゃないか。追撃するなら今じゃないか?」




 言われた方へ視線を向けると、緑色の肌に短い白髪、耳の大きさは人間のそれと変わらないが先が少し尖っている一人の少年が、ボロボロになりながらもこちらに明確な殺意を向けて近づいてくる。そこでまず気になったのが、




 「美形だ。」




 もちろん顔のこと。目は鋭いがかっこいい。後ろの女性も美しい容姿をしていたが、自分はどうなんだろう。そんなことはどうでもいい。目が覚めた瞬間美形二人に囲まれて片や魔族?片やこちらを殺しに来ている。





 「なんだこの状況おぉ!?」





 ノルマ達成。そして自分の立ち位置に気が付く。木製の数メートルの高台上、左後方にはだらんと下げられている3本の紐が見えた。追撃と言われたが、この紐を引っ張りでもすればいいのかと考えているうちに小鬼が近づく。



 なんでもいい!とりあえず真ん中からだ!どうにでもなれ!!





 思いっきり引っ張ると小鬼の前方がメリメリと音を立て割れ始める。うおぉ!?と驚く声とともにその姿は大きな穴に落ちていった。



 「何だったんだ一体・・・」




 でもこれで一息つけると安心したのもつかの間、自力で這い上がる小鬼の姿。慌てたバスメルは左の紐を引っ張る。次は右だと心に決めたところにゴゴゴゴ・・・!!と不穏な音がする。





 ーーー後ろだ



 どこからともなく現れた見上げるほどの鉄球が木々をミシミシ言わせながらこちらにスピードを上げ突撃してくる。・・・ん?ここ危なくない?


 




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 「逃げろオオおおぉぉぉ!!!」



 数々の罠を乗り越えた疲労困憊の男の目の前には、自らこちらへ走ってくる金髪少年の姿。ご褒美だとでも言いたいのか。とも考えたがどうやらそんな気はない。言われた言葉を思い出し、ふと奥に視線を移すと、、、



 バキバキに壊れた高台と、それを引き起こしたであろうでかい鉄球が罠かけた本人巻き込んでこちらめがけて転がってくるではないか。




 「なにやってんだお前えええぇぇ!?」



 反応の遅れた男は、期せずしてターゲット本人と横並びで並走する。



 「ごめぇん!!なんか紐引っ張ったら変なの出てきたぁ!!」


 「どうにかしろや!!お前が仕掛けたんだろぉがぁ!!」




 知りませぇん!!と叫ぶ声に反応もできずただひたすら走り続けるも、すぐに開けた平野が終わってしまうことに気づき、そして・・・




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 あの中に入り込めば逃げることもできない。イチかバチかで横方面へ思い切り飛び出し・・・間一髪避けることに成功した。あの小鬼もこうするだろうと向こう岸を見るも人影はない。そもそも、




 鉄球が、、止まっている?



 あれほど勢いよく突っ込んできたバケモノが木々に激突するすんでで動きを止めているのだ。石にせき止められて止まるような玉か?と思い先を見ると。小鬼が力を振り絞って受け止めていた。



 体のダメージ的にそれが一番おかしい選択だろ!?俺を殺しに来てんじゃないのか?その前に自分が死んじまうだろそれじゃぁ・・・



 思考する最中、ふと映った。鹿のような角が生えた小さな女の子。あの小鬼は助けたのだ。小さな命を。




 「・・・やっとこの状況、作り出せた。」




 どこかへ走り去る女の子を無視し、こちらへ息を切らし、フラフラとにじり寄ってくる。



 ただ漠然と、殺しに来た向こうが悪い奴だと前提づけていた。




 「もうあの女は見当たらねぇ。一騎打ちってやつだ。」




 今、関係のない命を奪おうとしたのはどっちだ?



 「復讐なんてするつもりはなかったが、、そこにいるなら話は別だ。」



 これではまるで、



 「お前を、討ち取ってやる!!」



 こちらが"悪"ではないか




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