一章三話 「最初の喧嘩」



 ーーーここは本のような世界だ



 黒ちょいピンク髪の少女が、遠くにいるのにささやく声で言う。




 「"魔法"というものは炎や水や雷等を、人間が無から生み出せる。機械の普及は遅いがゆえに、人々の生活に多大な貢献をしているのがこの"魔法"だ。調理時や暖をとるために小さな火をつけたり、果てしなくまずいが、水を出して飲むことができたりと、生活をするうえでなにかと便利な"生活用極小魔法"。これ自体は人体に大きな影響は出ない。そして当然、逆も存在する。」




 前より近くなったかも。だが声は出ない。もどかしい。



 「待っててね!すぐ行くから。」





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 「お前を、討ち取ってやる!!」



 拳をにぎり、ところどころ血を流しながらそこに仁王立ちする小鬼は、満身創痍であるにもかかわらず、その覇気が衰えることはない。



その場にへたり込む体を何とか起き上がらせ、対話する方針に切り替えようとした。おそらくだが、目の前の少年は悪いやつではない。こちらが話し合いの意思を見せればその場をしのげるのではないかと、そう考えた。




 「・・・なぁ、いったん話をしないか?俺は」



 「喋んじゃねぇよ。集中できないだろうが。」



 「集中?・・・・ぁ・・」



 たった一瞬、目を離したすきに小鬼はその手の平の上に奇妙な物体を3つ浮かべていた。赤青黄の3色ありそれぞれ燃えているもの、透き通っているもの、電気がバチバチと唸っているものがある。それはまさに、作品でよく見たあの"魔法"というもののようだ。




 「・・・ハァ・・・どうだ、たかが『攻撃用初級魔法』だが、、3種類を扱うことのできるやつはそうそういねぇだろ・・・」




 「・・・攻撃用初級魔法」



 直撃してはいけないことはわかる。だがどうすればいい?こちらも魔法を放つしかないんじゃないか。どうやって?魔力みたいな何かをイメージしなければならないのか?技名が必要なのか?それともただ念じればいいのか?



 各々の方法で存在を主張する3つのものは、その牙が放たれる瞬間を今か今かと待っている。そして今、合図がなされた。



 「三玉魔弾!」



 右手を勢い良く振りかぶり、狙い定めて投げ飛ばした。力のバランスが微妙に違ったのか、赤黄青の順で直進してくる。



 ぶっつけ本番。まずは火の玉を念じて放つ!



 バスメルは右手を前に突き出し、大声で「ファイアーボール」と唱えた。・・・しかし何も起こらなかった。

 



 「・・・ちくしょう!」




 不発であれば自分で対処するしかない。来ていた上着を正面に放り投げ赤いものにぶつける。ゴォ・・・!と燃えあがり地面に落ちたが、2陣目が待っている。



 先ほどと同じポーズをとり、今度は大声で「サンダーボール」と唱える。



・・・!すると対面するものと同じような、電気の唸るものが放出されたではないか。互いに相殺して呆気にとられたところに



 「・・・で、、た? ブガァ!?」



 続いた青いものが顔面にクリーンヒット。後ろから地面に倒れこんでしまう。




 痛い痛いイタイ!




 しばらく悶絶してから敵の方を見ると、一歩ずつ歩みを進めている。



 「非戦闘員の皮被って見逃してもらおうとでも思ってんのか?馬鹿にすんのもたいがいにしろよ・・・!」




 勝手に決めつけて勝手に怒っている。ずっと意味が分からない。そっちがその気なら、やってやる。




 「戦闘員名乗ってんだったらよぉ、、足元くらい気にしたらいいんじゃねぇか?」



 「あ?・・・がぁ!? てめぇ・・・!」



 こちらから注意をそらした刹那を狙って、いまだ美形を保つ顔面を殴りつける。すかさず右手を精一杯突き出し、



 「サンダーボール!!」



 「グガアアァァ!?」



 バリバリと唸るものの直撃を受けた敵の悲鳴は、すでにボロボロの体をさらに痛めつけているのがよくわかる。収まる頃には目の焦点もあっていないようであった。




 「・・・ハァ・・ハァ・・・付け焼刃、、でもやってやる」



 すぐ真下にあった腕の長さくらいある木の枝を拾い上げて切っ先を向ける。




 「俺ぁもともと、、"剣士"なんだよ、、、こんなんでもないよりマシだ!」



 大きく足を開き重心を落とす。両手でしっかりと枝を握りしめ、渾身の力をためている。口呼吸しなければならないほど衰退した雰囲気はいつのまにか消えていた。




 「刀 ・ 豪断ごうだん ・ 猛猪もうい!!」



 ・・・足下の草が散る。踏み込んだその速さは別格で、一瞬にして間合いを詰めてその刀を振り下ろす。ーーーーー





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 ーーー「ーーーーの保育園児、ーーーちゃんーー歳の行方が、昨日夕方からわからなくなりました。一切の痕跡を残すことなくーーーー」




 その瞬間だけは、なぜか落ち着いていた。"てんせい"でもしたのかな、なんてのんきなことを考えていた。しかし、そんな考えは一日と保たない。大事な友達を一人、突如として失った穴は大きく、違和感は不安に繋がっていった。



 ーーー「大丈夫。絶対見つかるから。警察が、絶対見つけてくれるから。」



 不安の高まる当時の俺を、母は落ち着かせてくれた。涙まで止めることはできないけれど、あの時の母には感謝してもしきれない。仕事で帰りの遅い父も、同じくらいたくさん、慰めてくれた。



 経る年月は残酷なもので、大きな穴も次第に見えなくなり、もはや凝視しないと見えないくらいまで埋め立てられていた。





 ーーー「てんせいってのは・・・。なんかキラキラした絵本のお姫様になれるの!!」



 今ならわかる。"転生"だ。創作物として存在する"異世界転生"。特別な存在から最強の能力を渡され、自分のことを誰も知らない世界へ生まれ変わる。そこで褒められ愛され、自分が望むハッピーエンドを自分が望むままにつかみ取る。



 ーーー「王子様にもなれるし、とってもつよい人にもなれるし、おっきな怪獣にもなれるんだよ!!」



 それは誰もが知るキャラだったり、名前も知らないモブだったりと様々。どんな姿になろうとも、幸せが手に入る。




 ならば、元の人格はどうなる?




 周りは強くて頼りになる存在が欲しいだけだったかもしれない。結果としてそれに合致し、自分は絵本のような幸せを手に入れられるかもしれない。・・・本当に手に入れるべき人を差し押さえて。



 元の人格が悪だとしても、信念を曲げずに死ぬことを是とするかもしれない。例え幸せにたどり着く手段であっても、自分の体を操られて、どう思う。



 だが、しょうがないことでもある。この状況が無理やりであればどうすることもできず、見ず知らずの他人を思いやるにも限度がある。




 もし、あの時。違う立場になって考えてみたら。




 "もし"に"もし"を重ねる愚行ではあるが、今の俺の中にある記憶が、頼れる記憶があの時しかないのだ。小学生時代から先は、まるで薄い膜のようだから。




 もし、ボクの体が、てんせーで入れ替わっちゃったら。






 死にたくない













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 『夢、希望、願い。それらの実現を可能とするものを、纏めて"魔法"と名付ける者がいた。』





 

 「ッ!?」



 仕留めたと思った。あの魔王だ。一瞬で町一つ空にする存在。そう簡単に死ぬ玉じゃないことは理解しているつもりだ。だが本能でいけたと思った。意外とあてになるとこでそう感じたんだ。あてになるはずだったんだ。




 『託すものに託されるもの。"それ"は兆を超える人々の人生を、今もなお担っている。』




 木の枝を素手で受け止めて押し返されている。枝にものを切る力はないので当然ではあるが、それにしても力が強い。ハッキリ言って顔面を殴られたときはその程度かと高をくくった。ただの一般人のそれでしかないのは肌で伝わっていた。



・・・なら今の状況はなんだ?渾身の一撃をそれ以上の力で押されている。





 『"神の言霊"、"魔王の革命"。他なる異能でさえも、崩すことは叶わぬ事象。』






 「ア"アあ"アああ"ア"あアアあ"アァァ"ぁあアぁ"ァ!!!!」




 「オ"ッ!?・・・おお"オおオ"オおオお"おオ"おぉ"ぉォオ"おォぉ!!!!」





 ・・・地面が沈む。足元が不安定になりながらも、意識が絶え絶えな二人は、木の枝を介してその力を余すことなくぶつけている。正真正銘、これが最後の競り合いだ。




 ・・・枝が折れ始める。双方その力を緩めることはない。





 ・・・!完全に折りきったその時、お互い木の枝から手を放し右手を大きく振りかぶる。





 ガアアァン!!!



 バスメルは左顔面を打ち、小鬼は脇腹をえぐった。





『・・・闘え!!! "魔法"が"個性"へ昇華せし時、見ゆる景色こそ信念なり。』









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