第七の犯行

中学の頃、初めて恋をした。


ドキドキして、相手の事が眩しくてよく見えないのにその人しか視界に入らないくらい心を奪われた。


好きで好きで堪らなかった。


そうして、その思いを伝える為に告白をした。


結果は、成功だった。

嬉しくてその日は眠れずに夜を明かした。


だがその数週間後、彼女が他の子に告白されている所を見つけてしまった。

でも俺がいるんだから、と勝手に断るだろうと思い込んでいた。


しかし彼女は俺に別れ話を持ち出した。

理由は他に告白された人がいるからだと言う。


『おかしいじゃないか!俺と付き合ってるのに他の奴の告白を受け入れるなんて!』

『君は俺の彼女だろ!』


彼女は言った。


『だって、藤川とうせん君って面倒くさいんだもん。』

『好きなのは嬉しいけど重いのよ、毎日毎日ベタベタと私にくっついて来てさ。正直ウザイし嫌い。』


『あんたなんかと付き合うんじゃなかった。』


初めて恋をして、初めて捨てられたのだ。


俺は恋をするのが怖くなった。


それから十数年後、俺は月美という女と出会ったのだ。


まだ刑事になりたてだった俺は、仕事の忙しさから彼女と連絡が中々取れずにいた。

だが彼女はそんな俺をかっこいいと言い、心の支えになってくれていた。


初めて好きになった人に捨てられた事も、その後すぐに家族のせいで人の事が怖くなってしまったと話した時も、彼女は笑わず馬鹿にせず真剣に聞いて受け止めてくれた。

『辛かったね』と優しく包み込んでくれた。


俺は何かから解き放たれた様に、楽になった。


そんな彼女から告白された時は、次こそは幸せになれると信じて彼女と恋人になったのだ。


月美はいつも俺に向かって、『愛している』と言ってくれていた。

そして俺が不安そうな顔をすると決まって言うんだ。


『私は貴方を裏切らないから。』


俺もそれが嬉しくて、相思相愛なのだと心の底から信じていた。


体も重ね、月美から子供が出来たと伝えられた時はもう死んでしまうんじゃないかと言うくらい幸せだった。


初めての大きな仕事が山場を迎えた頃、事態は一変した。


月美と連絡が取れなくなったのだ。

結婚式が控えているのにも関わらずだ。


何ヶ月か経った頃、やっとの思いで連絡が着いたかと思うと彼女は俺に大事な話があると呼び出した。


そしてこう言い放ったのだ。


『礼君、私他に好きな人が出来ちゃったの。』

『だからもう貴方とはいられない、さようなら。』


『……は?なんだよ、それ。こ、子供は?』


『貴方との子供はもう要らないから早いうちに堕ろしたわよ。新しい彼とはもう結婚もしたし新しい子供もお腹にいるのよ。』


目の前が真っ暗になって何も見えなくなった。


子供の頃の比じゃないくらいの絶望が俺を襲う。


結婚式もキャンセルした、嫌いな家族に勇気を振り絞って約束を取り付けた顔合わせも全部全部無くなった。


俺の妻になるはずだった人も、俺の子供も、俺の幸せもその場で砕け散ってしまった。


『話はそれだけだから、じゃあね。』


それだけ言って月美は去っていった。


俺はそれだけでは納得出来ず、月美の新しい旦那を調べあげ会いに向かった。


『お前、俺の彼女に何してくれたんだよ!』

『もうすぐ結婚もするところだったんだぞ!俺の幸せを返しやがれこのクソ野郎!』


俺は旦那に会って早々に掴みかかる。


だが旦那は大柄で力の強い奴だった。

俺は簡単に掴み返されてしまった。


『弱っちいくせに俺に向かって歯向かうんじゃねえよ!』


旦那は俺が自分より弱いと分かるなり徹底的に殴りつけた。


『お前はもう捨てられたんだよw』

『分かったら二度と俺の女に近づくなよ、このクソ雑魚野郎が!』


一通り殴り終えるとゲラゲラと笑いながら家へと入って行った。


気がつくと目の前には、膨れたお腹を抱えた月美が立っていた。


『なんでだよ…お前は、俺を…裏切らないって、言ったじゃねぇ…かよ。』


すると真顔だった月美が突然吹き出した。


『礼君、無様でカッコ悪ーい!』

『あんたなんか誰が本気で好きになるもんですか!』


『……へ?』


『あんたが刑事だって言うから金持ってるんだろうなと思って近づいただけよw』

『馬鹿みたい、せいぜい私を忘れられずに苦しんで生きる事ね。』

『あはははははっ!!!』


そこで俺は、完全に人を信じる事を辞めた。


信じても無駄なんだと気付かされてしまった。


愛される事を期待しても無駄、愛されるために誰かを愛しても無駄。


なら最初から愛されなければいい、愛さなければいい。


愛されない、愛さないために人を拒めばいい。


人に興味を持たなければいい。


そうして俺は無愛想に振る舞い、仕事でも淡々と必要最低限だけ人と接する事を繰り返していると、署でも嫌われるようになり誰も面倒だからとやりたがらないあの事件を不真面目な相方と共に押し付けられたのだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


柚牧ゆずまきの家から逃げる様に帰ってから俺は考えた。


愛されないよう振舞っていたはずなのに、何故だと。


関わりたくない。

それが今の本音だ。


きっとまた裏切られる、捨てられる。

価値を決めつけられ、一方的に罵倒されるだけだから


それを分かっている、分かっているはずなのに……


心のどこかで、奴と離れる事を嫌がる自分がいる。


確実におかしくなってしまっている。


携帯がなっている気がしたが、出る気になれずそのまま俺は目を閉じ深い眠りについた。

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