ただ空があるだけ

きょうじゅ

本文

「7番のゴンドラがまいりました。お乗りください」


 わたしはその言葉に従う。


「ようこそ、セカンド・ワールドへ。ようこそ、天空天摩へ。本アトラクションは、セカンド・ワールド大遊園に五つある観覧車のうちでも最大の高さと、乗車時間を誇るものとなっております。本アトラクションは――」


 電子音声による解説が続く。だが、わたしは、別に景色を楽しむためにこの「観覧車」に乗っているわけではない。端的にいえば。


 滅びたはずの遊園地に残るこの「観覧車の幽霊」を、鎮魂するために私はここにいるのだ。


 ……天空天摩と呼ばれる観覧車は、現実の地球上に存在するものではない。電脳空間の中、セカンド・ワールドと呼ばれる、昔ほんの少しだけ流行ってすぐに忘れられた亜空間生成型のコミュニケーションツールの中に構築された、電子的なギミックに付けられた名前である。


 だが、そのセカンド・ワールドも既に閉鎖されて今は無い。にも拘わらず、セカンド・ワールドを構成していたサーバー・マシン群の一部に無意味な律動を続ける電子部品がわずかに残っていて、わたしがエンジニアとしてアセンブリのチェックを行ったところ、天空天摩を操っていたプログラムがなぜか稼働したままになっており、その暴走がわずかにメモリを支配している、ということが明らかになった。


「7番ゴンドラはまもなく天頂に到達いたします。ここからはセカンド・ワールドのジャパン・エリアの全容を見渡すことができる仕組みとなっております。お手元のゴーグルをご装着ください」


 わたしは言葉通りにゴーグルを被る。ここからだ。サーバー・マシンを強制停止させてプログラムの暴走を終了させることはできなくはないが、そんなことはしたくなかった。この天空天摩のプログラムを作ったのは、このわたしなのだから。


 プログラムの動作中にハッキングを仕掛け、動作を停止させる。そのためにわたしは、電脳空間にダイビングし、この通り「観覧車に乗っている」。


 わたしはキーを叩く。よくフィクション作品に出てくる架空のエンジニアは、カチャカチャとやたらキーをたたくように描写されるものだが、現実にはそのような必要はない。重要なキーとなるプログラムの数行を削除するか、停止命令を加えられれば、プログラムというのは止まるものだ。


 そして、わたしは降り立つ。


「ありがとうございました。またのお越しを」


 という声を最後に、天空天摩は恒久にその動きを止めた。

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ただ空があるだけ きょうじゅ @Fake_Proffesor

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