3月31日(最終話)

 西暦2023年3月31日


 カクヨムの皆様、初めまして。私はこの日記の作者である沢田和早(ペンネーム)の孫、沢田孫太郎(仮名)と申す者です。

 新聞やテレビなどでも報道されていますので、ひょっとしてご存じの方がいらっしゃるかもしれませんが、我が祖父、沢田和早は昨晩永眠いたしました。享年88才です。


 祖父は昔から話を作るのが好きでして、私も保育園児のころから祖父が創作した童話などを半強制的に読み聞かされておりました。それがまた本当につまらない話ばかりで、聞き始めて1分も経たないうちに眠りに落ちることがほとんどでしたので、祖父がどんな童話を書いていたのかひとつも思い出せません。


 最近はこの小説投稿サイトで自作を晒していたようですね。私もたまに覗いたりしていましたがどの作品もアクセス数0の大行進。まったく人気がないのは一目瞭然でした。哀れです。

 ちなみに私もこのサイトで祖父の作品を読んだことはありません。つまらない話であることは読まずとも明白ですので。


「わしは死ぬまで底辺作家じゃよ、はっはっは」


 と祖父は言っていましたがこの予言は見事に的中してしまいました。

 祖父は一人暮らしでしたので警備会社の見守りプランを利用していたのですが、昨日の正午ごろ連絡があったのです。


「動線センサーに動きがない。何か起きた可能性がある」


 ちょうどその日は非番で休みでしたので警備会社の方と一緒に祖父の家へ行きました。合鍵で玄関を開けて中に入ると、書斎の床に祖父は倒れていました。頭から流血しています。その横に血の付いたカナヅチ。すぐ警察を呼びました。


「最近、高齢者を狙った強盗が多発している。今回もその可能性が大きい」


 これが最初の見解でした。頭部には複数の打撃痕があり、致命傷になったのは後頭部への打撃だということで、私も最初は大変な事件が起きたものだとすっかり気が動転してしまいました。新聞やテレビの報道もこの見解に沿った内容になっております。


「いや、でも妙だな」


 ところが現場の状況を調べていくうちに多数の疑問点が浮かび上がってきたのです。家は完全に密室で窓や戸をこじ開けた形跡はなく、室内を荒らされた形跡もないのです。

 しかも警備会社の防犯センサーには何の反応もありませんでした。異常を感知したのは祖父に動きがないことを示す動線センサーだけです。

 それに加えて祖父は貧乏でした。家は築50年の平屋。たいした蓄えもなく収入は年金だけ。強盗犯に狙われるような裕福な高齢者ではないのです。


「本当に誰かに襲われたのだろうか」


 警察の鑑識が済んだ後、書斎の机に置かれたパソコンが目に留まりました。ディスプレイには何も映っていませんが電源は入っています。スリープ状態になっているのでしょう。マウスを動かすと復帰しました。表示されたのはこの日記の編集画面、「カクマラソンすきま埋め日記」の3月31日の編集画面でした。


「書けない、書けない、何も書けない」


 それだけが入力されていました。


 この編集画面を開いたままにして、別ウインドウを開いた私は3月1日の第1話から3月30日の最新話まで目を通しました。思った通り、読むに値しない駄作でしたが祖父の意志と苦悩は理解できました。


「是が非でもカクマラソンレベル☆☆☆を達成したい!」

「3000リワード獲得の夢に酔いしれたい!」

「最後の日記が書けない」

「何も思い浮かばない」


 読んでいて本当に気の毒になりました。たかが3000円くらいでここまで苦悩する祖父が愚かに思えてなりませんでした。


「ああ、そうか。そういうことか」


 そして私にはようやくこの事件の真相がわかったのです。これは事件ではありません。事故です。祖父は自ら自分の頭をぶっ叩いて死んだのです。


「つまり1200字程度の作文すらできない浅学非才で無能な自分に絶望して自ら命を絶った、そういうことでしょうか」


 と読者の皆様は思うでしょう。祖父がアホな自分に絶望していたのはたぶん正しいと思うのですが、自ら命を絶ったというのは間違っています。結果として死んでしまったのです。


 実は祖父には考え事をしたり悩み事があったりすると、自分の頭をぶっ叩いて解決策を思い付こうとする悪癖があったのです。


「頭を叩くとな、セロトニンが分泌されて脳が活性化するんだ。そりゃそりゃ、名案出ろ、出ろ!」


 そう言いながら自分の頭を叩き続ける祖父の姿は、まるで悪霊に取り憑かれた狂人のように見えました。

 きっと今回も同じだったのでしょう。最後の日記を書くために、カクマラソンを完走するために、祖父は自分の頭を叩き続けたのです。しかしどんなに叩いても日記が書けない、叩く力はますます強くなる、それでも書けない、書けないという言葉しか書けない……焦燥感に苛まれた祖父はついに渾身の力を込めて自分の後頭部をぶっ叩き、その結果、目標を成し遂げることなくあの世へ旅立ってしまったのです。


「爺ちゃん、無念だったろうな」


 志半ばで散った祖父が不憫でなりませんでした。せめてカクマラソン完走の夢だけは叶えてあげたい、そう思った私にできることは祖父に代わって3月31日の日記を書き上げることだけでした。


 私は登録ユーザーではありませんし、ひとつの作品に2人の作者が関与することはもしかしたら違反行為なのかもしれません。けれどもこの日記を完成させることは、何ものにも代え難い祖父への供養と思われるのです。寛大な心でお許し願いたく思います。


 本来のユーザーである祖父が他界したことで、直ちに退会し作品も抹消しなければならないのでしょうが、6月末まではこのまま残しておくつもりです。3000リワード当選の夢を空の上でも持ち続けてほしいと思うからです。きっと祖父はわくわくしながらあの世で抽選結果を待っていることでしょう。


 でも本当に当選しても受け取る人がいないので、祖父は抽選対象から外していただいて結構です。前途有望な若者に差し上げてください。


 これまで祖父に良くしていただいて本当にありがとうございました。孫の私からも深く御礼申し上げます。


 それでは皆様、ご機嫌よう!








 ※この作品はフィクションです。登場する人物、団体、名称、話の内容などは全て架空のものであり、実在のものとは一切関係ありません。

 抽選対象から外す必要もありません。なにとぞ3000リワード恵んでください。お願いします運営様!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カクマラソンすきま埋め日記 沢田和早 @123456789

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ