3月27日
ピハボ王朝暦2023年3月27日
は~、強かった。魔王、マジ強いわ。
勇者の名の元にピハボ王国全土から集った、狂戦士、狙撃手、竜騎士、大魔法使い、高位神官、アルケミスト、こそ泥、三ツ星料理人、柴犬など選りすぐりの精鋭100名で構成された魔王討伐パーティが一瞬で全滅しちまったよ。
「ウソだああ。ウソだと言ってくれえ」
と叫びながらすぐさま透明化の術を使って命からがら敵前逃亡したんだが、魔王城からは出られそうにない。魔力はもうすぐ尽きる。夏至の日は明後日。こりゃ詰んだわ。
今のオレに残っているのはこの「航海日誌」改め「オレの冒険の書」だけ。魔王城の廊下の片隅でブルブル震えながら、今日の出来事を綴っているオレってホント惨め。こんなことなら銀河連邦下層市民のままでいたほうがよかったかも。
「期限は明後日なんですけど大丈夫ですか」
うわ、いきなり「オレの冒険の書」に文字が浮かび出やがった。何だこれ。
「私は女神です。現在のあなたの状況を考慮して声ではなく文字で語り掛けています。あなたも文字で返答してください」
気を遣ってくれるのは嬉しいんだけど、オレの大切な冒険の書に無断で書き込むのは止めてほしいなあ。まあいいや。
「それで今日明日中に魔王討伐はできそうですか」
この状況を見てよくそんな質問ができるな。無理に決まってんだろ。
「そうですか。残念です。あなたで315人目だったのでこれが最後の勇者だと思っていましたが、最後ではなかったようですね。316人目の勇者を探さなくては」
ああ、315の語呂合わせで最後ね。この意味がわかるのは全宇宙で1億人くらいしかいないでしょ。
「それでは明後日の夏至の日、元の世界に戻って死んでください。それとも今死にますか。今死ねば元の世界に戻らずに死ねますよ」
うーん、どうしようかなあ。
「なんだ、そんな事情があったのか」
うわっ、なんだこの達筆の文字は。オレとも女神とも違うぞ。
「我は魔王だ。書物を使って愉快な会話をしているので混ぜてもらおうと思ってな」
おいおい魔王までオレの大切な冒険の書に落書きを始めやがったよ。
「おまえ、いずれにしても死ぬのか。ならばこの世界で死んだらどうだ。我の有情快楽拳なら夢見心地の状態であの世に行けるぞ」
むむ、この魔王の申し出はかなり魅力的だな。宇宙船に戻って闇と寒さと息苦しさの中で死ぬよりこっちのほうがいいかも。
「いけません。魔王に殺された者は魔族として復活します。来世は魔王の手下ですよ」
「ちっ、余計なことを言う女神だ。引っ込んでいろ」
「余計なのはあなたのほうでしょう。魔王のくせに勇者と馴れ合うなんて、どういうつもりですか」
「こいつらに魔族を殺されまくって人手不足なのだ。一人くらい手下にしたところで構わぬであろう」
「この勇者は私がこの世界に連れてきたのですよ。私の許可なく手下にするのは止めてください」
「ならば許可をくれ」
「お断りします」
もうさあ、あんたたち、文字で会話する必要ないでしょう。言い争いは声に出してやってくれないかなあ。「オレの冒険の書」が「女神と魔王の口喧嘩の書」になっちゃってるよ。何だかどうでもよくなってきたなあ。宇宙船に戻るのは嫌だし、魔王に殺されて魔族になるのも嫌だし、こうなったらこうだ。えいっ!
「あっ!」
「ほうっ! やるな」
ふふふ。自分で自分の胸を刺してやった。この状況では自死が最良の選択だ。力の続く限り書き続けてやる。
ああ、下等惑星で食べたロールケーキは美味かった。あいつの駄文日記もくだらないけど面白かった。探査船の生活もそれなりに充実していた。生まれ変わったこの世界では、王国一の有名人になれた。それなりに、いい人生、だった、んじゃ、ない、か、な……
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