3月26日

 ピハボ王朝暦2023年3月26日


 うおー、やっと手に入った。懐かしの航海日誌。女神様も意地悪だよなあ、ダンジョンクリアの報酬にするなんて。

 人生何が起きるかわからねえもんだ。宇宙船の中で死んじまったオレがあの世へ行かずに別世界へ転生しちまうんだから。

 死ぬ間際に読んでいたあのラノベとかいう脳天気小説のおかげか? まあどうでもいいや。思い出すなあ。死んじまったあの時のこと。


「こ、ここは、死後の世界か」

「はい。正確には生と死の狭間の世界です」


 驚いたよ。死んだと思ったら、いきなりキレイなお姉さんが目の前に立っているんだもんな。


「あ、あんた、誰だ」

「私は女神です。宇宙飛行士のあなたは死にましたが、魔王討伐を約束していただけるのなら勇者として別世界に転生させてあげましょう」


 女神様にこんなことを言われたら二つ返事で引き受けるに決まっている。


「よし、魔王討伐を引き受ける。新しい人生をくれ」

「感謝します。特典として現世の物をひとつだけ別世界に持って行けます。何にしますか」

「うーん、そうだなあ。じゃあ航海日誌で」

「わかりました。それでは電子ファイルの航海日誌を本の形にして別世界のどこかに隠しておきます。自力で探し出してください。この程度のクエストをクリアできないようでは魔王を倒すことはできないでしょう」

「えー!」


 勇者となって生まれ変わったオレの航海日誌探索の旅はこうして始まった。

 たくさんの魔物、たくさんの仲間、たくさんの魔法術、たくさんの武器、たくさんの飯と出会いながらオレは強くなった。

 勇者の名に恥じぬ精神と肉体と技を手に入れ、ダンジョンを片っ端から探索して、ようやく今日、念願の航海日誌を手に入れ、こうして日記の続きを書いているんだ。宇宙船の操縦室で絶望していたあの時のオレがウソみたいだ。


 この世界は最後の探査で訪れた下等惑星よりもさらにレベルが低い。たぶん文明ランク8くらいだ。ただ魔法という非科学的な現象が存在しているのでそれを考慮すればランク7か6と言ったところだろうか。まあ生前のオレが所属していた銀河連邦に比べれば足元にも及ばない原始世界ではあるが。


 それにしてもオレの航海日誌、ずいぶん立派な本に仕上げてくれたものだな。羊皮紙に没食子もっしょくしインクを使って手書きで綴られている。これがまたとんでもなく達筆なんで、オレの金釘みたいな字が恥ずかしくなっちまう。表紙は木の板に皮を貼り金箔の装飾が施されている。タイトルは言うまでもなく「航海日誌」だ。

 いや待て。このタイトルはおかしいだろ。そりゃ船にも乗るだろうがそれがメインじゃないし。よし、魔法を使って書き換えてやろう、そりゃ。


「オレの冒険の書」


 これこれ。剣と魔法の世界に相応しいタイトルじゃないか。これでようやく目的のモノも手に入れたし、あとはこの世界でのんびり余生を送りたい、のではあるが女神との約束で魔王を討伐しないといけないんだよなあ。なにしろ転生して初めて迎えた夏至の日に、女神のヤツが突然現れてこんなことを言うんだぜ。


「言い忘れていました。討伐期限は転生後5回目の夏至の日を迎えるまでです。それまでに討伐できなければ転生前の世界に戻され、あなたは宇宙船の中で死ぬことになります」


 いや、それ、転生前に知らせておくべき重要事項でしょ。なんだかちょっと騙された気分になったよ。

 しかも航海日誌を探しているうちに4回目の夏至が終わっちゃったんだよ。この世界の夏至はだいたい3月末頃だから数日後には5回目の夏至がやってくる。タイムリミット間近だし、そろそろ魔王城へ乗り込むとするか。

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