3月24日
銀河連邦暦2023年3月24日
現在の状況。
探査船本体に異常は見当たらず。
運航に若干の遅れはあるが想定の範囲内。次の惑星への到着はほぼ予定通りと思われる。
冷凍睡眠装置は正常に稼働中。5名の乗組員の生体データは全て基準範囲内。
備考欄への記入事項はこんなもんでいいだろ。
今日からこの航海日誌はオレの担当なんだが、ファイルを開いて驚いたよ。昨日まで前任だったあいつ、何を書いてやがるんだ。いくら備考欄は自由記述が許されているからって、こんな妄想を書き連ねるとはなあ。「盛り過ぎチャレンジ」って、そんなにシュークリームを食いたかったのか、あいつ。
まあ、でも気持ちはわかる。出来の悪いAIだけを話し相手にして、1年間も操縦当番を務めなきゃならないんだからな。そりゃ現実逃避して別世界の生活を夢想したくもなるだろうさ。
それにしてもひどい文章だ。よくもこんな駄文を書けたもんだな。元ネタはすぐわかった。前回の探査で訪れた第7辺境星系に所属する太陽系第3惑星に関するものだ。かなり未開な星で文明ランクは7、下から4番目だ。
当然銀河連邦にも属していない。いつの時代も争いが絶えず、今もまだ武力で他国を侵略する野蛮な生物種によって支配されている。しかし文明レベルが低いためほとんど我々の脅威にはならない。ゆえに今回の探査でも、滅亡ではなく存続の決定が下された。
「あいつ、よっぽどあの惑星が気に入ったみたいだな」
思わずつぶやいちまった。かなり資料を読み込まないとこんな妄想は書けないだろう。それほどあいつを夢中にさせたのは未開星ゆえの素朴さみたいなものだろうか。
実際、この船だって旧式だけど妙に愛着があるからな。
辺境星系の探査は宇宙船も乗組員も低い階級のものが割り当てられる。こんなボロ船じゃなく最新式のワープ航法型宇宙船なら、面倒くさい冷凍睡眠は不要なんだ。それこそ隣の恒星へ行くような気軽さで銀河の端から端まで行けるんだから。
でも、それじゃ面白くないんだよなあ。
1年間の操縦任務に就くのはこれで3回目なんだけど、光速以下での宇宙旅行も悪くないなって最近思い始めているんだ。
船外に広がるのは暗黒の宇宙空間と星々のきらめきだけ。最初は退屈なだけだった。ところがぼんやり眺めているうちに様々な空想が浮かぶようになった。それは例えば少年のオレだ。あの頃は毎晩夜空を仰ぎながら、
「いつか船に乗ってあの星々を駆け巡ってやる」
なんて夢想していたものだった。
運のいいことにそれは叶ったわけだけど、乗組員としては下っ端のランク。船も下っ端、業務も下っ端。そう、前回探査したあの下等惑星と同じさ。下っ端のオレたちにはお似合いの星ってわけだ。
だが実際探査してみると意外に悪くなかった。文明が発達していない分、生物としての自由度があるのだ。そしてその自由によって生み出されるゆとりが妙に心地良いのだ。
ワープしてしまえば楽しめない星空も、旧式の宇宙船ならのんびり楽しめる。高度に自動化されてしまえば楽しめない道草が、未開な惑星ならのんびりと好きなだけ楽しめる、そんな所にあいつは魅力を感じたのだろう。
あいつが書き連ねた妄想は、買えなかったスイーツとか、金を増やす裏ワザとか、金による失敗とか、オレたちの星じゃ絶対に考えられないような笑い話ばかりだけど、そんな原始人みたいな生き方も悪くないのかもしれないな。
おっと、航路チェックの時間か。この星域は難所だから気を付けないとな。
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