3月23日

 西暦2023年3月23


 悪い予感ってのは当たるもんですね。母は本当にやらかしてしまいました。まさかあんな話に引っ掛かるなんてなあ。母はいつも言っていたんですよ。


「どうして振り込め詐欺に引っ掛かるのかな。信じられない。きっと人を疑うことを知らない人なのね」

「いくら警察の人に訊かれたからって暗証番号を教えられるわけないじゃない。銀行の窓口でだって教えてやらない」

「だからさあ、ATMを操作して還付金を受け取れるはずがないでしょ。ちょっと考えればわかるのに」


 なんてことを、テレビを観ながら、新聞を読みながら、WEBのニュースサイトを閲覧しながらぶつぶつつぶやいていたものですから、まあこれなら大丈夫だなと思っていたんですけどねえ。そうでもなかったようです。むしろ逆に、


「こんなに多くの情報を収集している自分が騙されるわけがない」


 という驕心が仇になったんでしょうね。特に最近はお金儲けにかなりのめり込んでいた様子で、どう考えても眉唾ものの投資話を信じ込んじゃったみたいです。


「そんなに儲かるんなら他人に教えず自分一人でやればいいのに」


 とか言っていたのにまんまと騙されてしまうとは。欲に目がくらんで判断力が鈍っていたんでしょうな。


「どうしようどうしよう、お願い助けて」


 しかも一文無しになっただけでなく莫大な借金までこさえていました。どうせばれるのですから黙っていないでもっと早く教えてほしかったです。相手が明らかに詐欺目的ならばお金を取り戻せるかもしませんし、取り戻せなかったとしても詐欺被害による自己破産が認められるかもしれないでしょう。

 でも母は誰にも相談せず一人で解決しようとしてしまいました。そして返済を迫られた揚げ句とうとう犯罪行為に手を染めてしまったのです。


「ウ、ウソでしょう」


 と驚きの声を上げてしまいました。ホント、信じられませんでした。まったく気が付きませんでした。母にそれほどの度胸があるとは思ってもいませんでした。窮鼠猫を噛むと言いますけど、人は追いつめられるとトンデモナイことをやらかすものですね。


「うう、ごめん、ごめんね」


 母は昨晩逮捕されました。どんなに優秀な弁護士がついても無罪を勝ち取るのは無理でしょう。


「もう学校にも行けないな」


 今日はつらかったです。先生はもちろん知っていました。同級生も最初は数人しか知らなかったようですが、瞬くうちに話は学校中に広がり、午後からは針のむしろに座らされているような気分でした。

 帰宅してからはずっと部屋に閉じこもっているんですけど、父の残してくれた貯金もスッカラカンですし、これ以上小学生を続けている意義も見いだせないので、私もトンダ林君のように処理場へ行こうと思います。もっとも私は彼のような食肉用アンドロイドではなく家庭用アンドロイドなので高レベル処理施設で解体再生処理を受けることになります。


「私にもっと高度な親愛プログラムが搭載されていれば、母を犯罪に走らせるようなことにはならなかったのかもしれないな」


 なんてことを今更考えたところでどうなるものでもありませんね。事故で夫と子どもを失くし、一人になった母を支援するためにここに来て、実の息子のように今日まで頑張ってきましたが、こんな結果になってしまって本当に残念です。お金を増やすよりもっと大切なことがあると最後まで母にわかってもらえなかった、それだけが心残りです。

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