3月19日

 西暦2023年3月19日


 祖母はもう故人なんですけど郵便局で働いていましてね、高金利時代の話をよく聞かされたものです。

 30年くらい前は通常貯金でも年3%くらいの利率だったとか。低金利の現代では考えられませんね。しかもその頃は全ての郵便貯金利用者に少額貯蓄非課税制度(マル優)が適用されたので300万円まで利子は非課税。皆さん、喜んでお金を預けに来たそうです。

 と言っても預入限度額を超えるともう預けられなくなるので、家族全員に通帳を作らせて貯金に励んでいたそうな。生まれたての赤ちゃんはもちろん、ひどい時は飼い犬名義の通帳もあったとか。昔は本人確認もだったみたいです。昭和とは実に良い時代であったのですな。


「お年玉は大切だから郵便局に預けておきましょうね」

「うん」


 かくいう私も保育園児の頃、知らぬ間に自分名義の通帳ができていて、半強制的にお年玉を入金させられていました。その通帳がどうなったのか、今に至るまでわかっておりません。きっと入学準備や教材費などに使われていたのだと思います。その頃は極貧でしたので仕方ありません。


「昔は定額貯金に預ければ10年で倍になったんだよ」

「夢みたいな話だなあ」

「だけどね、通常貯金でも10年で倍にできる裏ワザがあったのさ」


 と言って祖母が教えてくれたのは次のようなものでした。


 通常貯金に10円だけ預入する!


 これだけです。これで10年後には貯金額が20円になっているのです。そのカラクリは実に単純。旧郵便貯金法では次のように決められていたんです。


「利子が1円以上のときは1円未満の端数を切り捨てる。ただし、利子が1円未満(1銭以上)のときは、1円に切り上げて計算する」


 預入額が10円だと年利3%でも1年間の利子は30銭。1円に満たないわけですが、切り上げて計算するので1円の利子が付いたのです。ちなみに昔は利子が付くのは4月1日の年1回だけでした。


「1年で1円増えるから10年で10円増える。ね、倍になるだろう」

「だったら10円じゃなく1円預ければいいんじゃない。そしたら10倍になるよ」

「ダメなんだよ。旧郵便貯金法第32条で『預払は10円以上でなければならない』って決められていたからね。最低でも10円預けなきゃいけなかったのさ」


 だそうです。昔の郵便貯金は不思議な規則がいろいろあったようですね。


「確かに倍になるけど結局10年で10円増えるだけでしょ。そんなことする人がいるとは思えないけどなあ」

「いるよ、ホラ」


 と言って祖母は自分の通帳を見せてくれました。10年間、毎年きれいに1円の利子が付いて10円が20円になっています。まさか自分で実践していたとは。さすが我が祖母!


「本当はひとり1冊しか通帳を持てないんだけど、この通帳は別なのさ」


 それは国際ボランティア貯金という利子の20%を自動的に寄付する貯金通帳でした。作ってはみたものの利子が減るのはイヤなので10円入金したまま放置していたそうです。現在はゆうちょボランティア貯金と名を変えて存続しているようです。

 まあ、この低金利時代では利子の20%なんて微々たるものでしょうね。ゆうちょのHPで調べてみたら昨年1年間の寄付金は37万円くらいでした。コンビニのレジ横募金箱は年間で億を超えるらしいですから比較になりませんな。


 今はもうこの裏ワザは使えません。平成17年4月に「利子が1円未満(1銭以上)のときは、1円に切り上げて計算する」の項目が削除されちゃいましたからね。郵貯に限らず簡保も郵便も民営化されてつまらなくなったなあと感じるのは私だけでしょうか。

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