第13話 捕まったら最期、全力鬼ごっこが始まった。

「うわああああああッッッ!!!???」


 暗闇から一転、明るい世界に切り替わった。

 何が起きたのか分からず、俺はすぐに自分の体を確認する。

 大きかった手は小さくなり、しわしわで痩せ細った肌も張りがあり艶々としていた。

 全身が軋むような痛みもない。喉も潰れてはいなかった。


(若返ってる……!?)


「どうされましたか? ご主人様」


「うわぁああっ!!!!!」


 あの忌まわしい声がすぐ頭上から聞こえてきた。見上げると、不安そうな顔でステラが俺を見ていた。


 ステラの顔を見ると、恐怖が甦り心臓が鷲掴みにされたように痛くなる。体が思うように動かない。


「ご主人様!? あの、何かありましたでしょうか!?」


 ステラは酷く慌てていた。

 まるで俺のことを心配しているような素振りさえ見せている。


「近づくなぁ!!! あっちへ行けえ!!」


 俺はすぐにステラから距離を取り、もっと離れるように伝えた。

 どうせ逃げられない。無駄な足掻きと理解しているのに、本能がステラを拒絶していた。


「どう……されたのですか?」


 ステラも何が起こったのか分からずに酷く傷つき、今にも泣きそうな表情をしていた。

 俺に触れようと手を伸ばす。俺はその手を強く払い除けた。


「ッ!!!???」


 ステラは払い除けられた手を、痛そうに握りしめていた。


 虹色の癖に痛がる振りなんかしやがって。そう思い、俺はステラを睨みつける。


「ご主人様……何か怒らせてしまったなら謝罪致します! どうか理由をお聞かせ下さい。すぐに直しますのでどうか嫌いにだけは……」


 そう言うとステラはとうとう泣き出してしまった。


(拒絶する理由、そんなものはお前が一番知っているだろ!)


 泣きたいのは俺の方だ。あんな目に合わせられたのだ。拒絶しない方がおかしい。

 それなのに、何故ステラの方が泣き崩れているのか意味が分からなかった。


 それにしてもここがどこか分からない。先程までいた地下牢ではなさそうだ。

 ふと横を見るとご主人様人形が視界に入る。

 あれは昔、俺が転移魔術で何処かへ飛ばしたものだ。


 どうしてまた今のタイミングで作り直したのか。それに魔術書が床に落ちているのも気になる。


(何かがおかしい……)


 辺りを見回すと、薄らと見覚えのある光景のように思えた。

 そして思い出す。死の間際の出来事を。


(コンティニュー……スキル!?)


 俺はあの時確かに死んだ。だからここに戻ってきた。

 そうとしか考えられない。

 ここで初めて、若返ったのではなくコンティニューのスキルによって前回のセーブポイントまで戻ってきたのだと理解する。


 約80年前のあの時と同じ状況。

 最早うろ覚えではあったが、どこか懐かしく感じた。


 だとしたら目の前の状況にも納得がいく。

 不確かだが、セーブをしたタイミングではステラはまだおかしくなってはいなかった筈だ。


(もしかして、やり直せる……のか?)


 俺は今も泣き続けているステラに声をかける事にした。声を発する時、全身が強ばる。深く息を吸って、何とか心を落ち着かせた。


「ステラ……お前は俺の敵なのか?」


 その問いかけに、ステラは即座に否定した。俺に危害を加えるつもりなど毛頭ないと泣きながらに伝えてきた。


 どうみても演技に見えないその様子に、俺は更に訳が分からなくなっていた。

 それなら何故、俺はステラに殺されなくてはならなかったのか。


 かすかに残る数十年前の記憶を思い起こす。確か、危険だから連れていけないと説得していた筈だ。そこでステラは豹変したのではなかったか。


 尚も訴えかけるように弁明を繰り返すステラに俺は提案する。


「ステラ……すまない。気が動転してたんだ。仲直り出来ないか?」


 そう言うと、ステラがすぐに抱きついてきた。

 

「私はご主人様に嫌われてはいないのですね? 良かった……良かった」


 耳元で泣く声、動作、甘い匂い、感触、全てが過去の恐怖を呼び起こす。

 それでも何とか、今のステラに敵意はないのだと自分に言い聞かせた。


 とにかく、ステラを敵に回してはいけない。

 それどころか、ステラは虹色等級だ。

 もし仲間に出来たなら、これ程心強い味方もいないだろう。


「ステラ、俺と一緒に魔王討伐に行ってくれないか?」


 きっとステラなら二つ返事で承諾してくれる筈だと、心のどこかで期待していた。

 しかし、ステラからは思いもよらぬ言葉が返される。


「何故……ですか?」


 抱きつかれている為、ステラの表情は見て取れない。ただ、あまり聞き馴染みのない、冷たい雰囲気の声が発せられた。


「何故って……魔王を倒すのが俺の役目だから……」

「何故……魔王を倒さなければいけないのですか? 魔王を倒した後は、どうされるのですか?」


 ステラの質問の意味が理解できなかった。何故と言われても、勇者は魔王を倒す為の存在。

 魔王を倒した後は、俺はおぞましいこの世界から抜け出すことが出来る。


「歴代の勇者達が子孫を残したと言う話は聞いたことがありません。魔王を倒して行方不明になるか、倒せず死ぬか、そのどちらかです」


 抱きつくステラの腕に力が入り、俺の体を少しずつ締め上げる。すでに俺が力を入れても抜け出せなくなっていた。

 そして耳元でステラの一際冷たい声が響き渡る。


「つまり、魔王を倒すとご主人様は、この世界から消えてしまうのではありませんか?」


 明らかにヤバい雰囲気が伝わってくる。

 俺の予想は間違っていた。ステラはこの時点で既に様子がおかしくなっていたのだ。

 俺は咄嗟に言い訳を考える。


「……いや!! それは――」

「ご主人様は嘘が下手ですね。私利用して捨てる、そういうことですね」

「落ち着けステラ!! 話せばわかる!!」

「希望など……持たなければ良かった。傷つきたくない……ご主人様も傷つけたく……なかった」


 そして景色は切り替わる。いつものあの地下牢の風景。


「お願い!! やめてっ!!!」

「ここは私とご主人様の愛の巣です。魔王なんて気にせず、ここで一生二人で暮らせば良いではありませんか」


 殺風景な地下牢。

 つい昨日まで身動き出来ずに横たわっていた、数十年に渡り過ごしてきた忌まわしき場所。

 全身から冷や汗が出て、体の震えが止まらない。恐怖で歯がガチガチと音を鳴らしていた。


「嫌……だ。ここだけは……嫌だ!!」

「ご安心下さい。すぐに良くなります。ご主人様はただ、快楽に身を委ねるだけで良いですから」

「イ”ヤ”タ”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ッッッッッ!!!!!!」


 地下に響く絶叫。この声が自分の口から出ているものだと気づいてさえいなかった。

 あの日々がまた始まってしまう。そう考えると自然と叫んでいた。


 そしてまた、気の遠くなるような年月の末、手厚く看取られた俺は再びあの文字を目にする事になる。



 ――魔王討伐に失敗しました。

 スキル【コンティニュー】を発動します。



――――――――――――――――――――

次回「転移魔術」です。

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