第12話 そして第一話へ

 転移魔術の魔法陣も少し複雑だったが5分位で書き終えた。

 あとは棚から紅、蒼、翠の魔石を持ってきて魔術書の通りに配置する。 


「後は……何か要らないゴミみたいな物とかないかなぁ」


 いきなり自分が転移するのはちょっと怖いので、無くなっても全く困らない物を探す。


「あ、あった。これでいいや。ステラ、これ使うね」


 それは、ステラが作ったご主人様人形だった。

 不気味だし、あまり近くに置いときたくないから丁度良かった。

 

「構いませんが、ちゃんと……戻ってくるのでしょうか?」

「……どうだろうね」

「そんなぁ……」


 不安そうに聞いてくるステラの顔が、悲しそうな表情へと変わる。

 多分、戻ってこないと理解したのだろう。


(だってこれ、転移魔術だし……)


 魔術書には送る方法は書いてあっても、手元に戻す方法までは書いていなかった。

 というか、ステラがこの人形を気に入っていた事に驚いた。


「あなたの事、絶対に忘れないから……」


 ステラはご主人様人形を抱きしめた後、名残惜しそうに手渡してきた。

 俺はそのへったくそな人形を受け取り、何の未練もなく魔法陣の中央に置いた。

 後ろからは「ああ……」と悲しそうな声が聞こえてくる。

 何だか俺が悪者になったような気がしてくるが気にしない。


 俺は座標のことなんかさっぱりわからなかったので、魔術書に書かれていた『魔術都市に行く為の座標』を魔石に送り魔力を解放した。


 俺の魔力に呼応したように魔法陣が光りだす。

 すると、ご主人様人形はどこかへ消えてしまった。


「やった! 多分成功だ!!」


 俺は大はしゃぎでステラと喜びを分かち合う。


「ありがとう! ステラの人形が役に立ったよ!」

「はい……ご主人様の為なら」


 ステラは涙声ながらにそう言った。

 ご主人様人形がいなくなり悲しかったのか、魔術の成功を喜んで感激のあまり泣いたのかは定かではない。


 しかし、喜びも束の間、俺はとある疑問にぶち当たる。


「でもこれ、実戦で使えないよね?」


 転移する度にその場で魔法陣を書いていたら、敵にやられて終わりだろう。

 転移する物の大きさによって魔法陣のサイズは変わるそうなので、人ひとりを送ろうと思えば1m以上の大きさが必要になる。

 紙に書いて持ち歩くのも厳しそうだ。

 他の人は一体どうやってこれを使ってるのか不思議だった。


「人族は基本的に防戦なので、城壁や城内に魔法陣を書いていたそうです」

「じゃあ、魔力が高くても魔術を使える環境がなきゃ意味ないじゃないか……」


 それを聞いて俺はがっかりした。

 魔力が高くても、魔術が使えなければ宝の持ち腐れと言える。


「そうでもありません、魔力が高ければ相手からの攻撃を軽減できますし、攻撃力も上がります。言ってしまえば、相手がどれ程の高位魔術や魔法を使ってきたとしても、そもそもの魔力量を上回っていれば負けることはありません」

「じゃあ何? 相手より魔力量が多ければ、殴り合いで勝てるってこと?」

「はい、その通りです」

 

 『魔法』も『魔術』もへったくれもない話である。

 何が異世界だ、何がファンタジーだ。ただの暴力世界ではないか。

 ただ、やることは決まった。


「やはり、騎士団長は必要不可欠か」


 この世界で唯一の虹色等級と言われている騎士団長。しかも王国騎士であれば人類側であり、魔王討伐にも快く協力してくれるに違いない。


「何故、その女に拘るのですか?」


 突如、ステラの雰囲気が変わった。声色には少し苛立ちが含まれていた。


「その女の何が良いのですか? 強さですか? 顔ですか? 立場ですか? 何故、私を必要とは言っては下さらないのですか?」

「ど……どうしたのステラ? 何だか様子がおかしいよ?」

「……おかしいのはご主人様の方ではありませんか」


 ステラは部屋の隅に置かれた装備品を見つめた後、今度はすがるように問いかける。


「何故、装備を整えるのですか? どこへ行かれるつもりですか? 何故、私に何も教えては下さらないのですか?」


 そう問い詰めるステラだが、その声は震え、今にも泣き出しそうだった。

 その反応から、逆に俺は気づいてしまった。


「どうして、俺が勇者だって気づいたの?」

「ご主人様の言動には違和感が多過ぎます」

 

 たった一日でそこまで見抜かれていた。それ程までに、俺の事を気にして見ていたという事なのだろう。

 

「なら、わかるでしょ? 魔王討伐がどれ程危険なのかが」

「わかりたく……ありません、そんなに危険なら尚更この国に留まるべきです」

「それは出来ないよ、それが勇者の宿命だから。だからステラには幸せになってほしいんだ。奴隷なんかじゃなく普通の人生を歩んでもらいたくて奴隷から解放しようとしたんだ」


 それからも俺とステラは一歩も引かなかった。

 互いを案じる口論にも似た会話は繰り返される。次第にステラは項垂うなだれ、ただただ静かに俺の話を聞くだけになっていた。


「もう……わかりました」

 

 ステラは小さくそう呟いた。


「……わかってくれてありがとう……でもそれがステラの為なんだ」

「いいえ、そうではありません。私の言葉ではご主人様を説得できないと、そう理解しました」


 そう言うと、ステラはもたれかかるように俺の体に腕を回し抱きしめてきた。

 別れの挨拶だとばかり思っていたが、その力は次第に強くなっていく。


「ステラ……ぐっ、苦しい! 離して!」

「フフッ……ハハハッ!」


 普通ではあり得ない力、そして不意に俺を抱き寄せ耳元で囁くように告げた。


「そうですよね、私なんかが愛を得られる筈なかったんです」

「ステラ……何を……」

「でも安心して下さい、ご主人様が愛して下さらなくても、私が永遠に愛し続けますので」


 その瞬間、一瞬にして景色は変わりどこかの地下牢らしき部屋に転移していた。


「ここは!?」

「私がご主人様を危険な旅に行かせる訳ないではありませんか。ここにいる限り、ご主人様はもう勇者である必要はないんです」


 妖しく光る眼をうっとりとさせ、ステラは笑った。

 

「もう魔王なんて忘れて、私だけを見ていて下さい」


 そこにはもう、俺の知っている少女であり続けようとしたステラはいなかった。

 目の前のそれは、サキュバスの本能に身を任せ、快楽に溺れさせようとするだけの存在でしかなかった。


「ステラ、ごめん!」


 俺は全魔力を解放した。全身から黄金の魔力が溢れだす。

 ステラから逃げ出し、すぐさま手近な壁を突き破り外へ出ようとしたが、敢え無くステラに再び地面に押し倒される。


「何で……ステラが……」


 ステラを見上げると虹色の魔力を纏っていた。


「さぁ、私と一つになりましょう。一度でも致してしまえば狂おしく求めあうようになります。さぁ、勇者の使命など忘れて、どうか存分に……私の体に溺れて下さい」 


 俺はそれからも力の限り抵抗した。

 それでもステラからは一度も逃れることは出来なかった。


 ステラの言っていた事は本当だった。

 一度してしまえば体が言うことを聞かなくなり、何もかも忘れてステラを求め続けた。


「ごめん……なさい。ご主人様を……傷つけたくなかったのに」


 恍惚の表情を浮かべるステラから、一筋の涙が流れる。

 それが、サキュバスではなく、少女であろうとしたステラを見た最後だった。


 それから数年、数十年の時が経ち、逃げることを諦め、死ぬことを諦め、生きることも諦めてからも終わらない日々。

 

 ステラは最期まで俺に愛情を注ぎ、尽くしてくれた。

 それは寿命が来るまで変わることはなく、この世界に来て初めての死だった。



 ――魔王討伐に失敗しました。

 スキル【コンティニュー】を発動します。



 ここからが、本当の戦いの始まりだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る