第14話 転移魔術

「ここはッ!!??」


 俺はすぐに自分の体を確認した。

 若返っている。前回とは違い、二度目のコンティニューが発動したのだと、すぐに理解できた。


「どうされたのですか? ご主人様?」


 頭上からの問いかけに、体がビクッと反応する。

 見上げると、不思議そうに俺を見つめるステラがいた。

 

 怖い、しかしそうも言っていられない。


(……何としてでも、こいつから逃げるんだ)


 尚も首を傾げるステラに俺は返答する。


「……いや、何でもないよ。ちょっと考え事してただけだ」

「良ければ私をお使い下さい。お役に立てるかはわかりませんが、話を聞くだけでも力になれると思いますので」

「ああ、ありがとう。その時は頼むよ」


 相変わらずの白々しいやり取りに、腹が立ったが今は態度で気づかせる訳にはいかない。何としてでも逃げる方法を考えるのが最優先だった。

 力、速さ、身体能力の殆どが虹色等級であるステラの方が上。

 力業で逃げるのは過去のやり取りから不可能だと理解している。


(考えろ……きっと何か方法が…………これだッ!!)


 俺はすでにその方法を手にしていた。 

 手元にある一冊の魔術書、丁度開かれたその頁のタイトルを読む。

 そこには転移魔術の方法が記載されていた。


(これを上手く利用すれば逃げられるんじゃないか!?)


 俺は以前にも転移魔術を試していた筈だ。確か置物は消え、転移魔術は成功したのだったと記憶している。


 あとはどうやって転移魔術を発動させるか。

 何故あの時は転移魔術を発動させても、ステラは暴走しなかったのか。

 それをもっとよく知る必要がある。


「その魔術書は面白いのでしょうか?」


 考え事をしていると、ステラが不意に語り掛ける。

 そういえばずっと興味津々に見ていたなと思い出す。

 あの時も確かステラと目が合って、魔術書を一緒に読んだんだったか。

 これは絶好の機会だと判断し、ステラの質問を逆手に取る。


「気になるならちょっと試してみようか」


 気を付けなければならないのは魔術書の内容を知られてはいけないこと。

 俺はステラが見守る中で、黙々と転移魔術に必要な魔法陣を描き始めた。

 やっとの思いで書き終わると、紅、蒼、翠の3種類の結晶を取り出し定位置に置く。


「これはね、魔力量を高める魔術なんだ。試しに俺がやってみるからステラは大人しく見ててよ」


 そう言って、俺は魔法陣の中へと入る。

 目的地は魔術都市、とにかくそこまで行けば逃げ切れる筈。

 蒼い魔石に魔術都市の座標を送り込み、魔力を流すと魔法陣が黄金色に輝きだす。


 不安そうに見つめているステラを余所に、俺は安堵の表情を漏らす。


(……長かった……ようやくだ。ようやくこいつと離れることが出来る)


 そして俺の視界は宿屋の部屋から、薄暗い空間へと切り替わった。


「嘘……だろ!? 何で!! 何でッ!!!」


 そこは、忘れもしないあの地下牢だった。

 俺は確かに魔術都市への座標を指示した筈、なのにどうしてここにいるのか意味が分からない。恐怖からか次第にパニックに陥る。


(ここは駄目だ!! 早くここから逃げなきゃッ!!!)


 すぐに走りだしたが、突如目の前の何もない空間にステラが現れた。

 思い切りぶつかると同時に優しく抱きとめられた俺は、ステラが転移魔法を使い現れたのだとすぐに理解できた。


「……どうして、あんな嘘を吐いたのですか?」

 

 ステラが悲しそうに質問を投げかけてくる。

 

「嘘ッ!? 嘘ってなんだよッ!!」

「ご主人様はおっしゃいました、魔力を高める魔術だと。あの魔術書には転移魔術だとではありませんか」 

「はっ?……」


 それを聞いて俺の思考は一瞬停止した。

 書いてあった、確かにステラはそう言っていた。

 

「文字が……読めるのか?」

「人並みには。逆に何故、私が読めないとお思いになられたのですか?」

「だって、お前が……そう言ったんだ!!! お前が俺に! 文字が読めないと!! 言ったんだろおおおお!!!!」


 俺は今までに積み上げてきた様々な感情をぶつけるように叫んだ。

 そしてふざけるなと。どこまでも俺を弄べば気が済むのかと。


「ご主人様は少しお休みになられた方が良いかもしれませんね。すぐにベッドのご用意を致します」

「いらない!! 俺はここから出て行く!!」

「それは出来ません。もうご主人様に自由はないのです。どうか、私に身をお委ね下さい」


 そう言うステラは無表情だった。その話し方からは少しの苛立ちと、全てに失望し投げやりになったように感情が読み取れた。


「ご主人様が送った座標を後から地下牢の座標へ上書きしました。もし転移魔術を使ったなら、ここへ転移するようにと。そして実行するようなら、私を裏切ったのだと判断しました」


 そして、すぐに押し倒された俺にもはや抵抗など出来る訳もなく、ただただ本能のままに貪りつくされた。


 過去2度の監禁とは違い、敬いなどは微塵も感じられなかった。

 そしてステラは妖艶な笑みを浮かべて俺を見下ろして言った。


「今日からご主人様が私の奴隷です。一生、飼い続けてあげますね。ご主人様」

「キ"ャ"ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ッッッッッ!!!!!!」


 その容赦ない言葉に俺の心は折れてしまった。

 そこからはただただ寿命を削る日々が繰り返されるだけだった。



 ――魔王討伐に失敗しました。

 スキル【コンティニュー】を発動します。



※ ※ ※



 それからも俺は何度もコンティニューしてはステラから逃げる方法を探した。

 ある時はステラが寝たのを確認してから、魔術書と魔石を持ち出し転移を行おうとした。

 しかし、ステラは起きていたようで、再び地下牢へと転移させられた。

 どうやら魔石を3つしか持ち出さなかったことで転移魔術に使用すると感づかれたみたいだった。


「もう……諦めました。本能を……抑えられ、ません。ご主人様を……傷つけたくは、なかったのに――」


「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ッッッッッ!!!!!!」



 ――魔王討伐に失敗しました。

 スキル【コンティニュー】を発動します。



※ ※ ※



 その次は魔術書と魔石を全て持ち出した。

 ステラが寝た振りをしているのは分かっていた。しかし、転移魔術を発動するまでは、様子を見ているだけなのは知っていたので、俺はお構いなしに転移魔術を描いて発動させた。


 これならどの魔術を使用したかはわからない。俺は遂に成功したと喜んだ。

 しかし、魔力を発動させても転移魔術は全く発動しなかった。


(どうしてっ!? 何で転移できないっ!?!?)


 ステラが目の前に現れる。


「申し訳ありません、魔術書に細工をさせて頂きました。その魔法陣は転移魔術のようですね。やはり私を捨てるのですね。ご主人様を……傷つけたくはなかったのに――」


「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ッッッッッ!!!!!!」



 ――魔王討伐に失敗しました。

 スキル【コンティニュー】を発動します。




※ ※ ※




(次だ、次こそは!!!)


 俺は前回と同じく魔術書と魔石全てを持って外に出た。

 ステラは魔術書に細工したと言っていた。

 俺は魔術書を念入りにチェックした。


(あった!!! これだっ!!!!)


 転移魔術に描かれている魔法陣をよく見ると、インクとは違う色の似たような線が数本描き加えられていた。

 その線は見た所、焼け焦げた跡の様にも見える。

 恐らく、ステラの魔法によって焦がして線を描いたのだろう。他の頁の魔法陣にも同様に線が数本ずつ付け足されていた。

 

 複雑な魔法陣だからこそ、瞬時には気づけない巧妙な細工だった。

 でも今回は別だ、遂に俺は攻略法を見つけた。


 俺はすぐに正式な魔法陣を描いた。魔石を置き魔術を発動する。

 魔法陣が黄金色に光り輝き始めた。


「よっしゃー!!!!」


 俺は嬉しさのあまり雄叫びを上げた。

 しかし、転移先はあの地下牢だった。


「だから何でえええええ!!!!!」

「あの細工を見破られるとは思いませんでした。その洞察力、流石ご主人様です。ただし、直前でそれ以上の魔力で座標を上書きしてしまえばそれまでの事。やはり私を捨てるのですね。ご主人様を……傷つけたくはなかったのに――」

「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ッッッッッ!!!!!!」



 ――魔王討伐に失敗しました。

 スキル【コンティニュー】を発動します。




※ ※ ※



 それからも幾度となく挑戦は続いた。

 そして、幾度となく失敗に終わる。


「やはり私を捨てるのですね。ご主人様を……傷つけたくはなかったのに――」

「ん”ほ”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”ッッッッッ!!!!!!」



 ――魔王討伐に失敗しました。

 スキル【コンティニュー】を発動します。



※ ※ ※



「もう諦めました。ご主人様を……傷つけたくはなかったのに――」

「ら”め”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”ッッッッッ!!!!!!」



 ――魔王討伐に失敗しました。

 スキル【コンティニュー】を発動します。



※ ※ ※



「さぁ、どんどん開発しましょう――」

「お”て”や”わ"ら”か”に”し”て”え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"ん"ッッッッッ!!!!!!」


 

 ――魔王討伐に失敗しました。

 スキル【コンティニュー】を発動します。



 そして俺は遂に、ある秘策へと辿り着いた。






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