第41話 敵か味方か

「あなたがノエリアちゃんね! 私、村長の娘のヘラ。宜しくね。」


 こちらから出向こうと思っていたのに、森の中で商品のイメージを練るのに夢中になっている間に、ヘラさんの方が森に足を運んでくれていた。


「あ、初めまして。ノエリアです。」


 ペコリと頭を下げる。


 気品の高いサファリーローズを心に抱くと聞いたから、とっつきにくい人かなぁと想像していたけれど、ヘラさんはとても気さくで明るい人だった。

 何より移住者の存在に興奮していて、来た町の事などを事細かに知りたがったわ。


 ただ、私の出身地となっている町は一応存在はしているけれど、私自身は一度も行ったことが無いから…グイグイ来られてちょっと困るのよね。

 最終的には、花オタクで花の事以外はあまり分からないと言うと、視察時の事を村長さんから聞いているらしく、納得して話を終わらせてくれた。


「でも、本当に嬉しいわ。ノエリアちゃんみたいなお花好きがこの村を気に入ってくれて。」

「いえいえ。花好きにとってはここは天国ですよ。おと…お兄様に無理言って残らせてもらえましたけど、もし無理だったとしたら家出してでもここに居たと思います。この場所の花々の活用法は無限大です!」


 と、言ってしまってからマズイと思った。

 この村の人は活用するつもりは無いのだ。現状に満足しているのだ。

 だとすれば、今は優しく受け入れてくれるけれど「村を発展させていきましょう!」なんて外の人間が行ったところで、その瞬間全員が敵になるかもしれない。

 結束力の強い小規模集団を相手にする以上、そこを慎重にしていかなければならない事は分かっていたから、言動に注意していたのに…失敗したわ。


 ヘラさんもちょっと戸惑いというか、苦い顔で私の顔を見つめて来るし…

 視線を逸らして、自分の失言に気づかぬふりをするのが精一杯よ。


 だけど、そんな私をヘラさんは逃がさない。

 村長の娘として異物は排除する方針かしら?


「活用法って、例えば?」

「あー、ほら。私のいた町では染色が盛んでしたから、あのあたりの花なんかは良い色が出そうだなぁとか。ですかね。あと、植物図鑑でしか見たことの無い、リラックス作用のある花も咲いていたので…ポプリなんか作ったら素敵かなぁと思ったりです。」


 あくまでも、個人の趣味で興味津々なんです! を強調して答えてみるわ。

 村を追い出されたら大変だもの。正念場よ。


「因みに、そのポプリに使う花って言うのはどれ?」

「え? あ、えーっと。この紫の花とか、こちらの白い小さな花とか…この辺りの花もいいと思います。」

「結構あるのね。ポプリって事は、これらを乾燥させて袋に入れればいいの?」


 うぅ。

 ヘラさんがグイグイ来るわ。

 でも、何だか顔つきが真剣。本気でポプリの作り方を聞きたいような…

 気のせいかしら? でも…


 視覚の先に咲くサファリーローズの青が目に入る。

 もしかしたら…


「いえ。かけ合わせれば効果が倍にな訳ではないのでそれだと逆効果です。香りには好みがありますし、一口にリラックスと言っても気持ちの高ぶりを抑えたい時もあれば、気持ちをサッパリ切り替えたい時など、色々ですから欲しい効果に合わせて花を調合する必要があるんです。」


 考えあぐねた結果、私は誤魔化すことなく答える事にした。


「成程ね。あ、じゃぁ、ここの花を使えばオーダーメイドのポプリとかの受注もできたりするの?」

「ここには多種多様の花がありますから、ある程度の要望には応えられると思います。」


 というか、それを視野に入れて、まずは簡単なポプリを作って村人に配ったり、町に行くついでに売り物に忍ばせて見ようと思ていたんだけど…。

 まさか村人から『受注』なんて言葉がでると思わなかっわ。

 やっぱりヘラさんは…強い味方なのでは?


「あの、ヘラさんはポプリのオーダーメイド販売にご興味が?」

「そうねぇ。ポプリの販売にっていうより、新しい事業を立ち上げたくて。今回の旅行も、皆には気ままな一人旅! とか言っちゃったんだけど、本当は商売の基礎を学びに知り合いの店で働かせてもらってたのよ。あ、皆には内緒ね。」


 ヘラさんが口元に指を一本立ててウィンクを飛ばしてきた。


「ノエリアちゃんは、この村の事をどう思う?」

「長閑で自由でいい村だと思います。」

「ふふっ。物は言いようだね。私には、ここで過ごす時間が長すぎて辛いわ。」

「……」

「ここから一番近い町はね、実はオビダットより少しだけ後に出来た村なの。だけど、今は人が行きかう町になってるわ。初めて隣町へ行ったとき思ったの。どうして私はこの町の出身じゃないんだろうって。でも、それを嘆いても仕方が無いから、少しでも村おこしをしようと私なりに頑張って来たんだけどね…なんせ村の皆はそんな事に興味の欠片も無いのよ。町に売っているキラキラしたものに興味が無い。ううん。興味がないふりをしているの。最低限の衣食住が保証されているのにこれ以上何かを望んだら、今の暮らしが無くなっちゃうって、それを恐れてる。」


 人間だから、変化を恐れるのは当然かもしれない。だけど、それがとても悲しいのだと、ヘラさんははにかんだ。


「初対面でこんな話してごめんね。何でだろう。ノエリアちゃんが外から来た子だからかなぁ。話しやすいわ。」

「そういう事ならいつでも話してください。私、おの村ののんびりした所が好きですが、発展して大きくなっていく姿も是非見たいですから。応援します!」

「嬉しい。ありがとう。」


 いえ、ヘラさん。お礼を言うのは私の方です。

 あなたみたいな人が一人居るだけでなんて心強い事でしょう。

 あなたは私の希望だわ!!


「町から来た私なら、皆さんが気づいていない村の魅力に気づけるかもしれませんし。あ、良かったら今度家に来ませんか?」

「ノエリアちゃんの家? 確か公爵様の御屋敷に住んでいるのよね。」

「そうなんです。流石に子ども一人を村に置いて置けないっておじ様がお屋敷に住まう許可を下さって。」

「私がその、公爵様のお屋敷に行っていいの?」

「はい。事前に話を通しておけば、お客様を入れるのは構わないそうです。実は私、思いついたら我慢が出来なくて、少しのお花を家に持ち帰りポプリ用に乾燥させてあるんです。あ、勿論個人的に欲しいと言って、許可は頂きましたよ。ヘラさんさえ良かったらですけど、一緒にポプリを作ってみませんか? ポプリを作りながら、ヘラさんの商売修行についてのお話とか聞いてみたいです!」

「それは素敵な提案ね。じゃぁ、御呼ばれしようかしら。」

「是非っ!」


 暗雲に、少しの光が見えた気がするわ。

 手の内を見せすぎないようにしつつヘマさんに協力しながら、村の人の意識改革を少しずつ進めていきましょう!

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