第39話 その村下さい!

「それでプレセア、何故お前がここに居るんだ? 部屋で休んでいるように言ったはずだが?」


 固く閉ざされた扉を音を立てて開き、「ちょっとまったぁ!」と部屋の中へと突入してしばらく。

 難しい顔をしたレオガディオ様の手前でお父様が静かな怒りを私に向ける。

 さて、勢いで来てしまったけれどもどうしましょうか。

 取り合えず、コホンと1つ咳をして姿勢を正しましょう。


「失礼しましたお父様。レオガディオ様。良くない話を耳にして、居てもたってもいられず来てしまいましたわ。単刀直入にお聞きします。オビダットを廃村にするというのは事実ですか?」


 少しだけ2人の顔色が変わる。


「あぁ。事実だ。オビダットの今後について、以前から王室と協議をしていてな、昨日の視察で結論が出た。お前が村を気に入った様子だったから耳に入れないようにしたのだが、いったい誰がそんな事を?」

「さぁ? どなたでしょう。」

「緘口令を出していた話でもある。答えなさいプレセア。」


 あら、お父様怖い。

 でも、そうねぇ…。緘口令がしかれていたの。

 それは答えないと、この屋敷に出入りした人間全員処分とかになったら困るわね。何とかしましょう。


「失礼しました。でもまさかお父様がそんな分かり切ったことを聞いて来るとは思わなかったものですから。」

「プレセア、これ以上ふざけるのならば―――」

「ふざけてはいませんわ。だって、人払いは済ませてあったし、この部屋の防音は完璧の様です。さらにですがお二人の会話はレオガディオ様の結界の中で行われたと思われます。そんな中で誰に聞いたか? ですって? そんなの決まっているじゃないですか。お父様とレオガディオ様しかいませんよ。」

「………」


 ちょっと無理があるかな?

 とも思ったけれど、どうやらお父様は言いたい事を理解してくれたらしい。

 私を見る目が、娘を見る目から化け物を見る目に変わってしまったけど、仕方が無いわよね。


「ワザとじゃないんです。ただ、こちらに戻ってからも部屋での待機を言い渡されたので何故だろうと思いながら、気晴らしに歌を口ずさんでいたら―――」

「もういい。」


 頭を抱えながらレオガディオ様に話を付けるお父様は随分と顔色が悪いわ。

 でも、レオガディオ様には私の魔法の事はまだ内緒にしているし、これ以上の言い訳は考え付かないし、その辺りはまるっとお任せしてしまいましょう。


「プレセア。ひとまずこの場に居る事は不問とする。代わりに、普段冷静な君がこんな事をするに至った理由を聞かせてもらおう。」


 やがてお父様と話していたレオガディオ様が顔を上げる。

 お父様も厳しい表情で私を見つめて来るわ。でも、なんというか…若干の不安が感じられる。これ以上の面倒事を作ってくれるなという視線が痛いわ。

 でも、引かないけどね。


「お心遣い感謝します。実は私、あの村がとても気に入ったので、帰ったらお父様にお願いしようと思っていた事がありました。ですが、オビダットが廃村になってしまうと、それは叶わないのです。」

「願いとは何だ。」

「それは…お父様。今度の誕生日にオビダットを下さい。」

「………」

「………」


 一瞬の沈黙。

 そしてお父様がやっと口を開く。


「何を言うかと思えば…子どものママゴト道具に赤字続きの村をやる親はいない。領地の管理がしたいのなら、他のやりやすい場所を探してやろう。」


 ママゴトなんてひどい言われよう。

 でも、呆れ顔のお父様には怯まず、私は言葉を続ける。


「いいえ。オビダットが良いんです。あの村は素晴らしい可能性に満ち溢れていますから。しかし、村人たちはその価値を正しく理解できていませんし、活用法も知りません。せっかく素晴らしい宝を持っているのに、知識が無いせいで日銭稼ぎにすら苦労しているんです。だけど、私は違います。それを捌く知識があります。私には、オビダットが発展し素晴らしい町になるビジョンが見えました。オビダットを私の力で発展させてみたいのです。」

「可能性…か。それはお前の目が偏った物の見方をした結果だ。お前はまだ外を知らない。目に見える全てが希望に見えても可笑しくはない。」

「私には、お父様こそ偏見の目でオビダットを見ていたと思います。お父様はあの村をどう見たのです? 廃村ありきの曇った眼で粗探しをしませんでしたか?」


 語尾を強めたついでに、オビダットで真っ黒に塗りつぶしたメモ帳をお父様に叩きつけた。

 ポッドお爺さんの事もあるけれど、オビダットに明るい未来を見たのは事実だもの。

 帰ったら正式な書類にして、オビダットの赤字経営脱却のヒントにしてもらえたらと思ったけれど、廃村が決定して森を切り開いたらポッドお爺さんは黙っていないだろうし、今はこの流れのまま突き進むしか無いわ。


「まず、あの森はそのままでも十分に観光資源になりえます。この国の何処を探しても、あれだけ多種多様な花を一度に見る事が出来る場所はありません。さらに、花の種類も珍しいものばかり。新種も多数存在しました。ただ、難点は人が出入りする事によって森が踏み荒らされる可能性があるという事。ですが、あの花たちは殆どが種子を残すそうですし、田を耕し整備して栽培すれば、森を守りながら新しい観光資源を増やす事が可能です。それに、今は自生した花の数種類を摘み取り出荷するのみだそうですが、栽培すればもっと多くの売り上げを無理なくあげる事が出来るでしょう。それから、花の中には食しても無害な花がたくさんありましたから、宿の食事で使ったり、花を使った菓子の専門店を経営したいですね。生花を使った菓子はまだ、そう流通されていませんし、本気で開発していけば、うまくいけばオビダットの名を世に知らしめ、1つのブランドを確立する事ができるでしょう。それと、森の中には水の湧く泉があるそうですし、香水を作ったりポプリを調合したり、それからですね…あ、お父様、ちょっとメモ帳返してくださいえーっと、あ、そうそう。生花を使ってアクセサリー作りにも挑戦できますよ。上手く加工する事で花の寿命を延ばしつつ、時と共にゆっくりと変化する味のあるアイテムが作れると思うんですよ。それと…………」


 それからしばらく、独壇場で話し続けた。

 だって、お父様もレオガディオ様も呆気にとられるばかりで全然止めてくれないんだもの。

 まだ、頭の中で構想がまとまってもいないのに話し始めたせいで、話せば話すほどアイディアが浮かんでくる。


 どうしよう、今すぐ書き留めたい…!

 

 と思ったら、いつの間にかレオガディオ様がペンを持って、サラサラと私のアイディアを全て書き留めてくれていたわ。

 後で貰ったけれど、支離滅裂に話していたのに、とても良くまとまっている素晴らしい議事録だったわ。


 まぁ、そんな訳でツラツラツラツラ、気づけば2時間くらい語ってたみたい。

 おかげで喉がカッスカスになってしまったわ。


「………という訳で、現段階では全て夢物語ですが、私はそれを夢で終わらせたくないですし、十分現実になる事だと思っています。改革にかかる費用までは試算できていないのでなんとも言えないですが、予算組が厳しいのであれば、私の生活費をオビダットの発展に使っていただいて構いません。というか、その覚悟で話をしようと思っていたんです。ですから、お父様、オビダットを私に下さい!!! 必ず赤字を黒字にして、村の皆を幸せにして見せます!!!」


 …あら?

 結婚の挨拶みたいになっちゃった。


 いよいよもう喋る事が尽きたので、あとは返事待ちなんだけれどシーンとした静寂が部屋を包んだまま、誰もピクリとも動かない。


「………プレセアの気持ちは良く分かった。」


 やがてため息交じりのお父様の声が静かに響いた。


「レオガディオ殿下と話をしなければならない。少し席を外してもらえるか?」


 レオガディオ様はずっと口を挟まずにこの親子喧嘩?の行く末を見守っていたけれど…一体何を思っていたのかしら。

 こんな土壇場で思いついた言葉を並べるよりも先に、ポッドお爺さんのことを伝える事が出来たなら、レオガディオ様はきっと穏便に済ませてくれたはずよね。

 でも、その時間も器量も私には無かったのよ。能力の差を嘆いても仕方が無いわ。


「レオガディオ様。もしもオビダットを手に入れなければならない明確な理由が無いのでしたら、あの村は止めておいた方が賢明です。あの場所を無理に開発しようとすれば、災害が起こります。おそらく曽祖父はそれに気づいたんです。私はまだお酒は窘めませんが、必要ならばレオガディオ様と決闘してでもオビダットを守りたいと思っています。」


  もしかしたら、レオガディオ様なら言葉の意図に気が付いてくれると思ったから、あいさつ代わりにそう小言をつけ足して、私は自室へ戻る。

 気配に気づいたのか、すぐにアンナが飛んで来て、心配してくれたわ。

 勢い任せに色々やらかしてしまったけれど、緊張はしていたのね。

 アンナの淹れてくれた温かい紅茶を飲むと、身体から力が抜けて、同時に疲労感で体が重くなり、私はベッドに横たわった。


「大丈夫ですか? プレセア様。」

「大丈夫。でも私、お父様に反抗してしまったわ。もしも不都合があったなら、アンナはお父様に付いてもいいからね。」

「何言ってるんですか。私はプレセア様の侍女です。プレセア様の行くところに付いて行くに決まっているじゃないですか。あ、でも、私は戦えないので魔物の巣窟とかは遠慮したいですけど。」


 ふふっ。と笑うアンナにつられて、私も笑う。

 幼い頃そうして貰っていたように、頭を撫でてもらいながら、私はゆっくりと眠りに落ちたのだった。

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