第36話 視察です?

「シモンおじ様!」


 馬車が止まると同時に、私はエスコートも待たずに馬車から飛び降りてお父様の元に走る。

 お父様は驚きながらも両手を広げ、その胸で私を受け止めてくれたわ。


「オリバレス公爵。ご無沙汰しております。ほら、ノエリア。きちんと挨拶を。」


 一歩遅れて降りて来たレオガディオ様お兄様に言われて、お父様の抱擁から身を解き、お辞儀をする。

 着ているワンピースの裾はつままないわ。ただお辞儀をするだけ。

 だって、今日ははつらつさが取柄の町娘だからね。


「お世話になります。シモンおじ様っ!」


 跳ねるように元気に挨拶。そして満面の笑み。

 微笑を浮かべる事に慣れているせいで、筋肉がピクピクするわ。でも、昨日鏡を見ながら練習したんだもの。きっと天真爛漫さが全面に押し出されているはずよ。


「あぁ。よく来たね。二人とも。長旅疲れただろう。まずは屋敷で一休みしてくれ。プレ…ッツェルや、ノエリアの好きなチーズタルトも用意しているよ。」

「まぁ! 先日お土産に頂いたアレですね。嬉しいです。ありがとうございます。おじ様。」


 もう、お父様の方が先に間違えそうになっているじゃない。

 しかも、チーズタルトは都内での流行り。田舎町になんて普及して無いわよ。全く、この視察の行方はこの芝居にかかってるんじゃなかったのかしら? 気合入れなおして欲しいわね。



 ***



 案内された花畑は、畑と言うよりはもう森だったわ。

 生い茂る木の中を野性味あふれた花々が咲き誇っている。薔薇、パンジー、マリーゴールド、ペチュニアなどのありふれた花の他に、一般流通していない特殊な花が数多くあるみたい。既に読破している植物図鑑でも見たことが無いし、新種なのかしら?

 あと、真っ青の薔薇が自生している姿なんて初めて見たわ。

 違うのは土? 水? 洞窟の中などで奇跡的に一定の条件が満たされて咲く花とかもあるけれど、この場所は何の変哲もない森だもんなぁ…。

 しかも、咲いているのが同種じゃない。いったい何種類の花が一か所に共生しているの?ってくらい、右向いて左向いて右向けば違う花が目に入るわ。

 あら、あっちには各種ハーブが揃っているじゃない。


 案内してくれた村長が、好きに観察していいと言ってくれたので遠慮なく足を踏み入れ観察する。そうだ。土の事ならスズキさん分かるかな? 石だし。

 こっそり聞いてみよう。


「ねぇ、スズキさん。この土なにか特別だったりする?」

「んぁ? …栄養豊富でいい土だな。」

「それだけ?」

「まぁ。そうだなぁ。見た感じ特別な力は感じられない。土からはな。」

「じゃぁ、どこから感じるの?」

「…分からん。だが、この辺り一帯に何らかの魔力は感じる。ティナの奴なら分かったかもしれねぇな。」


 そっか。ティナは植物と相性がいいみたいだものね。

 居てくれないのが残念。それを言っても仕方ないけれど。


 にしても、まるで宝の山ね。

 花にはそこまで詳しくは無いけれど、それでも圧巻。心が躍るわ。


「んー…あ、村長さん。あっちの方も見てきていいですか?」

「熱心ですな。踏み荒らしたり手折らなければご自由に見ていいですよ。ただ、奥の方は手入れが行き届いておりませんからお気を付けくださいねお嬢さん。」

「分かりました。」


 視察はレオガディオ様が勝手にやるって話だし、それまでの間、私はこの素晴らしい草花を研究して過ごしましょう。

 そうと決まれば早速、周辺にある草花を把握、質などを記録していくわよ!!



 ***


「ノエリア? そろそろ屋敷へ戻ろう。お昼の時間だよ。」

「もうそんな時間ですか? では先に戻っていてください。私はまだここでやる事がありますの―――で!? え? あ、の、ちょっと」


 レオガディオ様の声に振り返る事も無く、言葉を返した私の身体がひょいッと宙に浮いた。

 ど、どうして私はお姫様抱っこをされているの!?


「駄目だノエリア。これ以上長居をしてしまっては村長さんにも公爵にも迷惑を掛けてしまう。今日はこれくらいにしなさい。」


 キスされるんじゃないかと思うほどに顔を近づけ、諭すように掛けられた言葉には頷くことしか出来ない。

 確かに止めてと頼んだけれど、演技もすっかり忘れて目の前に咲く花々を凝視していたのは悪いけれど、こ、こんな止め方しなくたって…


「申し訳ありませんね村長さん。妹は染色に仕えそうな草花を見つけると性格が変わってしまうんです。さ、戻りましょう。」


 キラースマイルで案内役の村長さんその他を黙殺したレオガディオ様は私を抱えたまま屋敷へ戻る。

 何度言っても降ろしてくれないから、お姫様抱っこされている私を見てお父様がレオガディオ様に不快感をあらわにしていたわ。

 まぁ、私が持っていたメモ帳を取り上げて、レオガディオ様が無言の笑顔でお父様に見せつけた瞬間に、それは私に対する呆れに変わっていたけれど。


 清書すればどこぞに発表できそうなくらいに、メモ帳を黒く埋めてしまったことは私も反省しているわよ。

 でも有意義な時間だったわ。面白い発見も出来たし、後悔はしてない。


 村長さんたちも含め、オリバレス邸で和気あいあいと昼食をとった後は、再び花畑へ…行きたかったけれど、ちゃんとお仕事を優先させたわ。


 花畑以外は大した観光資源も無い、本当に小さな村。

 だけど、全員顔見知りの村だから、会えば仕事中だろうが挨拶と世間話を1つ2つ。

 アットホームで和気あいあいとした穏やかな村だったわ。

 外から来た私にも嫌みなく親切にしてくれるし、貴族社会を窮屈に感じていた身としてはなんかちょっと嬉しかった。


 そうして、一日の視察を終えて翌朝。

 いつも通り早く目覚めた私は、屋敷を抜け出して再び花畑にやって来たわ。

 オビダットからは今日の昼に引き上げる予定らしいからね。

 昨日、キリの悪いところで終わってしまった観察ノートを仕上げたいのよ。


「6月の花園には夢の幸せがいっぱい♪ …って。今は6月じゃないけど、まぁいいか。 ランラランラランララ~」


 朝の澄んだ空気の中、歌を口ずさみながら散策する森は気持ちがいいわ。


「っと、あら? 昨日こんな花あったかしら?」


 足元に咲くタンポポの綿毛のような花が目に入る。

 何だかこの花発光しているような…うん。間違いなく光っているわ。

 注意してみないと分からないけれど、今にも消えそうなホワンとした光が足元から森の奥まで道案内でもするように光っていた。


「こりゃ、また随分気に入られたな嬢ちゃん。」


 手元から小さな声がかかる。

 石に浮かぶスズキさんの顔がいつになく険しいわ。


「気に入られたって、誰に?」

「行けば分かる。知りたかったんだろう? この場所に花が咲き誇る理由。」


 それはぜひ知りたいわね。

 あれ? でも、スズキさん。昨日は分からないって言ってなかったっけ?

 まぁ、いっか。


 足元に灯る僅かな灯りを頼りに、私は道なき道を進むことにした。

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