第37話 トレントとの出会い
「よく来たのぅ。」
目の前に立つ、何の変哲もない木が語り掛けてくる。
周囲にも同じ木が沢山あるけれど、どうやら喋るのはこの木だけみたい。
太い幹の部分に顔がある、これはトレントという精霊族の魔物だわ。
基本は好戦的ではないけれど、怒らせると頭脳戦を強いて来る厄介な魔物なのよね。
でも、一番の厄介所はただの木に擬態できるって事。
結界によって国を囲う前から森や林に存在していたトレントが、実はかなりの数こうして人間の生活圏に存在しているらしいの。
土地開発の為に森を切り開こうとして、そこに住むトレントと争いになったという記録は結構あるみたい。
だからとにかく怒らせないように気をつけないといけないわ。
森に危害を加えるつもりは無いと分かってもらわないと。
「えっと、初めまして。その…」
「そう固くなる必要はない。聖女の魔力を感じたからな。一目会ってみたかっただけじゃ。」
「え、分かるのですか?」
「まぁなぁ。」
ギョロッとした目をそのままに、大きな口が口角を上げた。
人面石に慣れているから、そこまで怖くはないけれど、迫力が違うわね。
あれ? そういえばスズキさん。
歩いている間はちょくちょく話しかけてくれてたのに、ここに来たらすっかり黙り込んじゃったわね。石から顔も消えちゃったし。
「奴の事なら気にせずともそのうち顔を出すじゃろう。」
「スズキさんとお知り合いですか?」
「スズキ…? はて、まさか名をやったのかい!?」
「まぁ、成り行きで?」
「ほっほっほ。そりゃ良いのぅ。」
トレントはとても愉快そうに枝を揺らしている。
何が良いのかしら…?
取り合えず、スズキさんとトレントが通じ合う存在だって事は分かったわ。
まぁ、確かにゴーレムも精霊だしね。
「さて聖女よ。で、あるならば1つ頼みがある。」
「何でしょう?」
「儂にも名を授けてはくれんかのぅ?」
「へ!?」
「やはり駄目かのぅ?」
「駄目ってことはないですけど…あの、本気ですか?」
「勿論じゃ。是非お願いしたい。」
駄目って言うか、私の名づけセンスは皆無なのよね。もうティナやスズキさんにどうやって名前を付けたのかも忘れたわよ。
けど、何か心なしかトレントがウキウキしてるから断りずらいし、怒らせないように、なんとかそれっぽいのを捻り出してみましょう。
「えーっと…」
木の種類はブナっぽいわね。ブナ? ビーチ… 駄目だわ。何も思いつかない。
っていうか、ブナかどうかも分からないし…
この木何の木~日立の木っ♪ ってことで…ヒタチさん! いや、ナイナイ。
今ちょっとスズキさんに引っ張られたわね。
で、あの木の名前なんだっけ? 何とかモンキーだっけ?
んー…
「あ、モンキーポッド! じゃぁ、ポッド…お爺さんとかいかがですか?」
『ポッドお爺さん』
勢いで行っちゃったけど、ちょっと似合ってる気がしなくも無いわ。
一瞬どこかのティーポットな婦人とティーカップな息子が頭を過ったけど…忘れよう。
これ以上は出ないし。
「ふぉっふぉっふぉ。良い名じゃ。気に入った。」
「気に入っていただけて嬉しいです。」
良かったぁ…
なんだかどっと疲れたわ。
もう、名づけはしたくない。この先も名付ける機会があったら断ろう。
うん。そうしよう。
「ふぉっふぉ。疲れたのならこれをやろう。」
ポッドお爺さんが伸ばした木の枝の先で、何処からか野球ボールくらいのリンゴを摘み取ってくれた。
シャリシャリとした歯ごたえと、酸味のある果汁が疲れた体に効く気がするわ。
「ありがとうございます。」
「なぁに。主のおかげで実った実。当然の権利じゃよ。」
「私のおかげとはどういう意味ですか?」
「何じゃ聖女よ。まさか名づけの意味を理解しておらんのか?」
おらんですけど?
という私の顔を見て、ポッドお爺さんは呆れた顔で大きく息を吐き、説明をしてくれた。
簡単に言うと、聖女が名を与える行為は魔力を分け与えるのと同義らしいの。
魔力を消費しているのだから、疲れるのは当然だったらしいわ。
「儂は幾千年という時をこの地で費やし、この森を守って来た。しかし、いよいよ死期が近い様でのぅ。枯渇した魔力ではこの小さな空間に残った花を守るのが精一杯じゃ。しかし主が名をくれたお蔭で魔力が澄んだ。この森もまだしばらくは安泰じゃ。」
「やはり、ここに様々な花があるのはポッドお爺さんのおかげなんですね。」
「いかにも。儂は古くからこの地に住まう人間の心根が好きでのぅ。意思疎通こそできなくとも、儂を、我ら自然を大切にしてくれた。じゃからその礼に、彼らの心に咲く花を少しずつ咲かせてやったんじゃ。昔はこの森一帯が花で溢れていたんじゃよ。一度は外の者に脅かされたようだが、ここを訪れた、やはり外の若者が、護ってくれたんじゃ。」
成程。曽祖父がオビダットを得て村として成り立たせたのは、彼らにとっては曾祖父たちこそが侵略者であると気づいたからだったのね。
「その人、多分私の曽祖父です。」
「そうか…。どうりで。何処か似ておる。あ奴も内面に、とても強い光を灯していた。」
「曾祖父とも何か話しましたか?」
「まさか。儂の声が人間に聞こえるわけが無かろう。じゃが、あの者は儂の事を森の主と呼び、そこに座って好き勝手話しておった。何かを感じ取る事は出来たのかも知らんの。」
森の中に生える何の変哲もない木の一本に「主」と思えるほどの魅力を感じた曽祖父に思いを馳せながら、同じように根っこに座ってみる。
ポッドお爺さんに呼ばれなかったらきっと、私には見つけられなかったなぁ。
あ、そういえば。
じゃぁ何で私とは喋れるの!?
「ふぉっふぉっふぉ。本当に何も知らぬのじゃな聖女よ。その石ころも案外、意地が悪い。では、教えてやろう。簡単な話、相性の問題じゃ。」
「相性?」
「そうじゃ。人間どもが魔物と定義づけた物の中で、精霊と分けられているもの多くは人の心を読み取る芸当が出来るんじゃ。故に、簡単な意思疎通を介してその地を豊かにする存在も多い。しかし、先にも言った通り、人間には我らの声は聞こえはしない。今ここに他の人間がいたとしても、ここには風が吹くだけじゃ。人面は…見える者には見えるかもしれんが動かなければ儂が魔物であると気づく者は居ないじゃろう。」
なんか複雑な模様があるとつい顔を探しちゃうアレみたいな感じかしら?
確かに、「顔あった!」と思って誰かを呼んで、次の瞬間には「何処だっけ?」ってなる事あるもんなぁ…
「しかし、聖女は別じゃ。聖女の持つ魔力と、儂ら精霊の魔力はとても似通っておる。故に、少し魔力を意識して言葉を飛ばせば会話が可能なのじゃ。」
「じゃぁ、今は魔力を介して会話をしているんですか? 確かに、耳から声が聞こえるってのとは少し感覚が違うなぁとは思ってたんですよね。 え、じゃぁ、その顔は?」
「オプションじゃ。『無くても喋る事は出来る。』」
急に木から顔が無くなって、脳に直接声が聞こえるようになった。
なるほどね。分かりやすいわ。
「しかしじゃなぁ。これが前聖女にとても不評でのぅ。「感覚的に気持ち悪いので喋る時には顔つけてください!」と言われたんで、儂らは人間の様な顔を動かす事で喋っていると錯覚させているんじゃ。」
確かにね。
前にティナたちの声を遠隔で聞いていたみたいに、ラジオ感覚で聞いていればいいならまだしも、一対一で話すときには顔が欲しいかも。
「あれ? じゃぁ、私も魔力を意識したら、口を動かさなくても精霊と繋がれるんですか?」
「それは分からぬが、前聖女は全ての魔物と会話が出来ると言っていたぞ。」
魔物と意思疎通できたラッソの民は、聖女の地を引き継いでいたとルシアが言っていたから、聖女が全ての魔物と会話が出来ても驚きは無いわ。
という事で、私も挑戦してみたけれど、残念ながら口から出た言葉以外がポッドお爺さんに伝わる事は無かった。
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