第35話 夢見る少女

「プレセア、贈り物を気に入って貰えたようだね。」

「え、えぇ。沢山の贈り物ありがとうございます。大切に使わせていただきます。」

「こちらこそ。プレセアに贈るものを考えるのはとても有意義な時間だった。」

「すみませんね。あれでも当初贈り物の数からは大分厳選したんです。激務で宝石の姫に会えない憂さ晴らしに、隙あらばショップに立ち寄り贈り物を選んでいたので。もう店ごと買い占めようかという勢いでしたので流石に止めたんですよ。」


 うっとりと何処か遠くに思いを馳せるレオガディオ様を他所に、近づいてきたセアさんがこそっと耳打ちしてくれた。


「邪魔をするぞ。」

「オリバレス公爵。」

「お父様。」

「すまないが、 取り急ぎ娘に用があってな。借りても良いかな?」

「えぇ、勿論です。プレセア、ではまた後ほど。」


 レオガディオ様がセアさんと共に立ち去っていく。

 お父様は貼り付けていた笑顔をスッと剥がして、私を見る。

 私とレオガディオ様の関係は、それなりに穏やかだけれど、今までの経緯に加えて、魔物から私を守れなかったレオガディオ様への、お父様の信頼は低いままなのだ。


「何でしょう? お父様。」

「あ、あぁ。話の邪魔をして悪かったな。ここを出る前に、について少しくらいは話をすり合わせて置かないとと思ってな…」

「そうですね。私も話したいと思っていました。」


 ノエリアとは、視察中に私が名乗る偽名らしい。

 今回の視察は、言わば抜き打ちであり、私はオリバレス家の遠縁の娘を演じる事になっているそうなのよ。レオガディオ様は私のお兄様ですって。

 辺境の田舎町から、この村がオリバレス家の領地となった経緯を聞きつけて、どれ程魅力がある村なのか興味本位に遊びに来た。という事みたい。


 食事会で当たり前の様に設定を言い渡された時は驚いたけれど、私が上手く立ち回りできるかどうかでこの視察の今後が決まるなんて言われちゃったから、ボロが出ないように打ち合わせは念入りにしておきましょう。


 ノエリアの出身は南の方。草花が豊富な町の主な産業は染色業で、将来はそれに準ずる仕事をしたいと願う好奇心旺盛な少女との事。

 この設定は、オビダットの収入資源の一つが、この近辺にしか咲かないという珍しい花であるからだとか。

 これをとっかかりに、花畑だけは必ず案内してもらうようにと言われたわ。

 視察目的の一つなのかしら?


「あの、お父様。私は今回の視察目的を聞かされていないのですが、花畑の他に重点的に見て回った方が良いものはありますか? 」

「オビダットは一周まわるのに半日もかからない小さな村だ。そう気負わなくても1日あれば村の隅々まで見て取れる。必要な部分はレオガディオ殿下が自分で見るだろうから、後はプレセアは気を楽に好きに観光したらいい。」

「そうですか。では、その珍しい花とやらを植物図鑑片手に丸一日眺めていても問題は無いのですね。」


 勿論そんな事をするつもりは無いけれど、その珍しい花とやらには興味があるわ。

 それに、私は今まで屋敷から出なかった分、本などで知識を増やして来たけれど、机上の学問など所詮は空論。現場で実学できる機会があるならば、何だって学ぶに越したことはないもの。

 さらに言えば、好奇心からこんな辺鄙な場所にやって来るというノエリアだってきっと、そうすると思う。


「…そうだな。それも自然の流れなのかもしれない。しかし、プレセア。どれだけ研究熱心だったとしても、11歳の町娘の集中力はそう長くは続かない。せめて半日で飽きてくれ。」

「分かりました。では、私が盲目的になった場合には声をかけるようにレオガディオ様にお願いしておきますね。」

「その方が良いだろう。田舎町出身の少女にしては、プレセアは賢く品があり過ぎるのが難点だからな。」


 本を読んだり考え事をし始めると、時々周囲が見えなくなる私の性質を理解しているお父様ははにかみながら私の頭を撫でた。


「では、明日は思いきり子どもっぽく振舞いましょう。」

「子どもらしい子どもと交流を持ったことも無いのに、できるのかい?」

「はい! だって、これは私のお仕事ですもの。これからアンナと練習して、明日はお父様を驚かせて見せます。」

「それは楽しみだ。だが、あまり無理をしないように。…では、私は一足先にオビダットでお前たちを迎える用意をする。今日はゆっくり休みなさい。また明日。」

「はい。お父様。また明日。」


 お父様は、今日から来客準備と称してオビダットにある屋敷に宿泊するらしい。

 屋敷を去っていくお父様を見送って部屋に戻る。


「11歳の庶民の町娘か…」


 ふと前世の事を思い出す。

 私が初めて『夢の国』に足を踏み入れたのも、確かその頃だった。

 両親に連れられて長い時間電車に揺られ、駅を降りた瞬間から広がった別世界。

 目に入るあらゆるものが何故か特別に見えて胸が躍って、興奮のあまり走り出して怒られたっけ。

 物語の世界が、確かにそこに在って、憧れのプリンセス達が生きていて、手を振ってくれて、「私もいつかあそこに並ぶんだ!!」って…それから私の夢はプリンセスになる事一択だった。


 プレセアは元々がちょっと達観していた上に前世なんて思い出しちゃったから精神年齢ちぐはぐだけど。

 目に見えるものが世界の全て。

 少しだけある知識と現実との狭間で、期待と不安に踊らされながら、両手で掴めない世界を必死で駆け回る。そんな子ども時代が私にもあったのよ。

 だから、大丈夫。11歳の女の子。ちゃんと務めて見せるわ。

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