第34話 前のめりに行きましょう
町に魔物が入り込んでから約半年。
お父様とお兄様は今日も非常に機嫌が悪い。
結界を破ることなく侵入した魔物、暗殺者の様な魔物…国防に関わる事なのに何の手がかりもつかめていないらしいもの、無理もないわ。同様の事件も何件か起きているみたいだしね。だけど、2人がずーっとピリピリしたオーラを飛ばし続けているものだから屋敷の空気が重いったらないのよね。
レオガディオ様もずっと対応に追われていて、あれから私たちは必要最低限しか会っていない。
ただ以前と違うのは、会えなくても頻繁に花やカードなどを贈って下さる事。
手伝えることがあればと思うけれど、今現在『無能』の私には何もできないわ。
そういえばここ最近、ルシアも忙しいみたいで屋敷で姿を見ないのよね。魔法の授業も課題が出されるだけの自習になっているし。だけどルシアってば、私の魔法は見てくれないのにティナの面倒は以前よりもよく見てるのよ。
今日だってティナはルシアと用があるって出て行っちゃった。
どうしてもやりたい事があるからって言うんだけど…「プレセアには内緒」って、教えてくれないからちょっと寂しい。最近、ティナは内緒ごとが多いのよね…反抗期かしら?
スズキファミリーは相変わらず、マイペースにそこに居て、時々気ままなアドバイスをしてくれるわ。最近、合体した状態で5歩くらい歩けるようになったみたいよ。
フィギアが歩いてるみたいでちょっと可愛いわね。
「プレセア様。本日はレオガディオ殿下からお手紙が届いていますよ。」
「ありがとうアンナ。」
受け取った手紙には、いつも通り軽い近況報告。だけどいつもつもと違うのは、郊外への視察に同行して欲しいとの旨が書かれていた事。
「まぁ、素敵。ついにご旅行まで行かれる仲になったのですね。おめでたいでことです。」
「ちゃんと聞いてた? 仕事よ仕事。」
「でも、あの辺りは王家がご静養目的で建てられた別宅しかないですよ? 視察なんてみえみえの口実じゃないですか。」
「そうとも限らないわ。その土地の隅っこには、一応オリバレス家が治めている小さな村があるんだから。」
村の名前はオビダット。
何でも王家がその土地に別宅を立てようと整備していたところ、不法占拠している人がいる事が発覚。当然厳罰に処す所ではあったのだけれど、何故かそこで私の曽祖父が当時の王に直談判。
酒のみ競争の結果勝利した曾祖父が土地の一部を譲り受ける事で今日まで村としての存在を許されてきたという奇特な場所なの。
「案内役として同行せよって、ちゃんと書いてある。」
「屋敷からもほとんど出ないプレセア様がオビダットを案内できるんですか?」
「出来ないわね。」
「ほら、やっぱりただの口実ですよ。そうとなれば旅支度の方もバカンス仕様で用意を致しましょう。」
「…もう、好きにして。」
何を言っても聞きそうにないので、アンナの事は放って置くことにするわ。
どのみちオビダットのような田舎村じゃ正装では歩けないし。
それに、アンナのいう事もあながち間違ってはいない気がするのよね。
レオガディオ様が視察には行くのは事実なのだろうけれど、行ったことも無い場所の案内は頼まれたってできないし、案内役と言うのは口実でしょう。
ただ、裏にあるものが色恋沙汰とは限らない。スタンピードの事で何か分かったかもしれないものね。
「ふふふっ」
後ろでアンナが実に楽しそうに鼻歌を歌いながら紅茶を入れているわ。
この感じ、旅行の支度カバンの中に、可笑しなドレスが入っていないかだけは確認しないといけなさそうね。
*
という訳で、やって来たオビダットへの視察。
一応村にはオリバレス家の所有する屋敷や宿屋もあるのだけれど、視察以外の宿泊先は王家の別宅の方らしい。
私たちは宿泊する部屋へと案内されたわ。
因みに、今回の視察には何故かお父様も同行している。だったら私は要らないんじゃないかしら?ってぼやいたら、「だから口実だっていったじゃないですか~」とアンナがまたニヤニヤしていたわ。
ルシアは相変わらず忙しいようで屋敷に残っている。ついでに今回はティナも屋敷に残るって言い出したから、ルシアに預けて来たわ。
前は一緒に出掛けられない事をあんなに寂しがってくれてたのに、本当にどうしちゃったのかしら?
ただ、傍を離れる事はやっぱり心細いのか、スズキさんを通じて一日一回はやり取りをする約束をしたわ。
で、通信用に駆り出されたスズキさんは、今私の腕にぶら下がっている。
だって、スズキさんってパッと見ただの石ころすぎて、長旅で万が一にも落としたらもう永遠にさようならになっちゃいそうじゃない?
だから、ひとまずシルバーのバングルにそれっぽく装飾してみたの。
スズキさんからは「鬱陶しい」って評判悪かったけれど、周りを小さな宝石で埋めてみたら、カジュアルドレスに付けていてもギリOKな程度には可愛く仕上がったわ。
「プレセア様! こちらレオガディオ様からの贈り物ですって!!」
部屋に入るなり、アンナがウキウキとそこに積んであるプレゼントボックスの山を差す。
箱の中身はドレス、ストール、帽子、靴、あら、先日町を歩くときに用立てて貰ったブラウスとワンピースもあるわ。確かあれは、魔物の襲撃によって破れてしまったから着替えて…その後はレオガディオ様にお任せしてしまったのよね。直してくれたのね。
「プレセア様、どちらをお召しになりますか?」
感慨深くワンピースを見つめる横で、アンナがせっせと用意されていた2着のバカンス向けのワンピースドレスを引っ張りだす。
この後、打ち合わせ含めた食事会でレオガディオ様に会うし、贈られた服を着て行ったほうが良いものね。
だけど、夜会用の正装ドレスならいざ知らず、バカンス用のワンピースを、自分の瞳の色であるアースカラーや、髪の色である琥珀色で仕立てるのは止めて欲しいわ。
「どちらもプレセア様に似合うこと間違いなしで困っちゃいますね!!」
そう言いながらも、アンナのおすすめはアースカラーのワンピースのようね。
分かるわ。だってこのワンピース、外側のレース生地に金糸や銀糸をふんだんに使った刺繍がほどこしてあり、光の加減で色が変わって見える仕組みになっているんだもの。この装飾と技術は夜会用のドレスと同じくらいの価値があると思う。
素敵だけど愛が重い…。
「うーん、どちらも素敵ですが、やはりこちらの琥珀色の方がいいですかね? あまりあからさまだと旦那様のご機嫌を損ねてしまうかもしれませんし。」
「そうね。そうしましょう。」
返事を返すと鼻歌交じりに私の髪に手を掛けるアンナ。
「…アンナは、楽しそうね。」
「だって、プレセア様の夢である『プリンセス』にどんどん近づいているじゃないですか! 王太子であるレオガディオ様にこんなに愛されて、正真正銘のプリンセスですよねっ。」
「正真正銘のプリンセス…ねぇ」
本当にそうかしら?
確かに私は、人間で、いつもドレスを身にまとっていて、歌唱力もかなり上昇したわ。
動物の相棒は居ないけれど、ティナとスズキさんがいて、セアさんっていうドラゴンともお近づきになれた。何だか知らないけれど、レオガディオ様にも好かれているから、このままいけば王位継承者との結婚も夢じゃないし、プリンセスになるための準備は着々と進んでいるのは間違いない。
なんだけど…
「なーんか、思ってるのと違うのよねぇ。」
「違いますか?」
結っていた私の髪をバサッと解いて櫛入れなおすアンナに視線を一つ送って、私は考え事に戻る。
決定的に、足りないものがある気がするわね。
問題はそう…セオリー不足よ!
私には、イジメて来る継母も、魔女の呪いも、毒リンゴも無い。
人間になる為に声を失う必要も、魔獣の城に監禁される必要も、親の代わりに戦に出る必要も…なーんにもない。
魔法社会で魔法が使えないというハンディキャップは持っていたけれど、家族に愛情を注がれ、必要以上の教育を受けさせてもらい、平穏無事に過ごしてきてしまったものね。
お会いしたことの無い令嬢が悪口を言っているとの噂は聞いたけれど、実害として現れたのはカロリーナ様くらいだったし…
プリンセスの条件。
1つ、英雄的な行動、又は逆境を乗り越える強さを持っている事。
でも今は、乗り越えたくとも逆境が無いのよ。冒険が足りてない訳。
後ね、ずっと、ずーっと目を瞑っていたけれど…
1つ、興行成績が振っていること。
今更だけど、興行成績って現実世界のこの場所でどうしたらいいのよ!?
私が主人公のオペラでも書かせて、ヒットさせればいいの?
だとすれば今の所、全く持って面白味の無いペラッペラな物語よね。
愛され令嬢が、愛されてお姫様になりましたなんて、ヒットのしようが無いわ。
やっぱり、何かしらの物語を生まないと駄目よね。
「うん、そうしましょう。俄然やる気が出て来たわ!」
「気に入っていただけた様で良かったです。」
あら、いつの間にか髪が結い終わり、見たことも無い髪飾りまで付いている。
これも贈り物かしら?
会話は全くかみ合っていないけれど、その出来栄えにアンナも満足そうだし、まぁいいわ。
プリンセスを語るなら、
私自身にネームバリューを持たせなくちゃ。もう、あらゆる学問の基礎は学んだし、「何か」を待っていても何も起こらないなら、こちらから行動を起こしましょう。
これからは隙あらば頭を突っ込んでいくわよっ。
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