第32話 敵襲

 普段のドレス選びにおいて、アンナ達にいいように着せ替え人形にされることにウンザリしている私だから、今日レオガディオ様の服選びはなるべく短時間で切り上げる予定だった。

 だけれども、王室御用達のブディックに並ぶのはどれも上質な一点もの。

 目移りしてしまうほど素敵な服と装飾品を前に、レオガディオ様良い素材

 こんなの、着せ替え人形しないほうが無理でしょう!


 という事で、シンプルなものから、権力ある者にしか許されない奇抜すぎるものまで、あらゆるコーデを試して貰っちゃった。

 途中盛り上がり過ぎて、奇抜に奇抜を重ねた面白コーデとか出来上がっちゃって、「これは無いわ」って笑ってたんだけど、レオガディオ様ったらそんなのお構いなしで私が選ぶ服を全て買い取ろうとするから、セアさんに「まじめにやって下さい」と、怒られてしまったわ。


 そうして見繕った服は、シンプル目なシャツにとダボっとしたズボン、腰には太めの皮ベルトを巻いて、足元はロングブーツ。…なんか、どこぞの海賊みたいな格好になっちゃったわね。

 目元を黒くメイクして、ヒゲも生やして、ターバン巻いて、酒瓶持ちながらふらふらっと歩いてくれたら…ふふっ。流石に似合わないわ。


「折角だし、このまま町を歩こう!」


 赤いターバンは無しに、革製の三角帽を被ったレオガディオ様がご機嫌に私たちを見渡し手を叩く。

 すると先ほどまでレオガディオ様の着付けを手伝っていた従業員達が私の手を引き奥の部屋へ移動、あれよあれよとそこに用意されていた服への着替えが完了したわ。

 部屋から出るとルシアやセアも着替えが完了していて、レオガディオ様が初めからそのつもりであったことを知る。


 レオガディオ様が選んでくれたと思われる私の服は、レースをあしらった大き目の襟元と、幅広の袖のブラウスの上からロング丈のワンピースを着るスタイル。嫌いじゃないけど、若干地雷女子臭が…。もっとただただシンプルで、なんなら粗雑さすら感じられるプリンセスのTha私服みたいなのが良かったんだけどなぁ。まぁ、ドレスの堅苦しさから解放されたから、ちょっと嬉しいけどね。


 ルシアとセアは、庶民御用達のエプロンドレスと、チュニックとズボンが贈呈されたみたい。仲良しの2組のカップルが町に遊びに来た! みたいな態をとっているつもり…らしいわ。


 それが成功しているのかはさておき、私もレオガディオ様も目立つ髪色をウィッグで隠してしまったから、町に出ても取り合えずは人から過剰に反応されることもなく穏やかに散策が出来ているわ。

 屋台や露店に気兼ねなく顔を出せるし、歩きながら串焼き食べても誰も怒らないし、この解放感、幸せっ。


「プレセア様、少々はしゃぎ過ぎでは?」


 ルシアがゴホンと大きく咳払いして耳打ちする。

 確かに、誕生日に意気揚々と食べ歩くはしたない婚約者なんて見たくはないか。


「失礼しましたレオガディオ様。」

「いや、プレセアの楽しそうな顔が見られて私は本望だ。それに、郷に入っては郷に従えというしな。私の方こそこの状況を楽しむとしよう。」


 そう言って豪快に串焼きにかぶり付きニカっと笑うレオガディオ様。

 ワイルドな「ウマイ!」がこれまた似合う。

 ご機嫌なレオガディオ様を前に、「長年の夢がやっとかなって、浮かれているのはレオの方だから気にしないで。」とセアさんに言われ、私とルシアはお互い何とも言えない表情で見合ってから元に戻る事にした。


 ところで、同じように串焼きを手にしているルシアが、ティナ用にと用意してもらったポシェットの中に肉をちぎっては入れ…ちぎっては入れ…を繰り返しているみたいなのだけれど、せっかくの可愛いポシェット、中でお肉食べてて汚れないかしら…?


 まぁ、そんなこんなで、普段出来ないことを一通り楽しんだ私達。

 さぁ、そろそろ帰りましょうか。となった所で事件は起きた。


「レオ。何かが居る。」

「プレセア様。お下がりください。」


 一早く異変を察知したセアさんとルシアに庇われながら、目を凝らす。

 私には何も見えないけれど、隣に居たレオガディオ様はもうそれを捉えたみたい。


「町人に必要以上の不安を与えたくない。セア、状況は?」

「場所が悪いね。いくらここが町の外れって言ったって、このままここで交戦したら人目からは逃れるのは難しいよ。」

「でしたら、私が魔物を引き付け外へ連れて行きましょうか?」


 3人の会話から、その先に居るのが魔物だという事は理解できたけれど、未だに私の目には何も映らない。


「ルシア嬢の能力が高い事は聞いている。しかし、プレセアの大切な家族を囮にするような真似はできない。それに、悠長な事を言っている時間もなさそうだ。」


 言いながらレオガディオ様が指をパチンと鳴らす。

 これは人避けの結界だわ。レオガディオ様は結界魔法を使えるのね。

 同時にルシアは手を前にかざし、その隣ではセアは腰を低くしカンフーの様な構えで一方を見つめた。


「人目はこれで誤魔化せる。セア、他に気配は?」

「無い。だからボクらで片付けられると思う。いけるよね? ルシアさん。」

「はい。僭越ながら、レオガディオ様にはプレセア様をお守りいただければと。」

「心得た。町に甚大な被害を出さぬよう、早急に決着をつけてくれ。この場は2人に任せる。」

「了解。」

「承知いたしました。」


 臨戦態勢のピリっとした空気の中、私の肩をレオガディオ様が強く引き寄せる。


「プレセア。悪いが結界まで一緒に来てくれ。 君の事は私が必ず守る。」

「わ、分かりました。」


 私の肩を抱き歩くレオガディオ様の大きな手と力強さに、そんな場合では無いのにドキドキしてしまう。

 いつになく真面目な横顔がキラキラすぎてまともに顔が見られないわ。


 と、顔を赤らめている私の真横を何かが高速で通り過ぎていく。

 突風に攫われた髪を直しながら振り返ると、軽く2m以上ありそうな巨大な黒犬がルシアとセア目掛けて突っ込んでいた。

 魔物を足止めするルシアの魔法展開と、いつの間にか指先だけをドラゴン化させていたセアの鋭い爪攻撃の連携。


「心配か?」

「…いいえ。ルシアはとても凄い人です。任せておけば大丈夫でしょう。何の心配もありません。」


 一瞬、初めてルシアを見た時の姿が頭を過ったけれど、軽く頭を振って消去させて前を向く。

 レオガディオ様も頷いて再び歩き始めた。

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