第22話 王子様の憂鬱(レオガディオ視点)
「レオガディオ様、本日はありがとうございました。それでは私は失礼します。」
静かな声が静寂に鳴り響いた。いや、隣でカチャカチャと煩い音を立てている輩が居るが、それでも彼女の声は凛と涼やかに私の耳に届いた。
次いでドレスの裾をつまみ、ゆっくりと頭を下げたプレセア嬢。同年代に、これほど綺麗なお辞儀が出来る女性がいるだろうか? そう思えるほどに、彼女の一糸乱れぬお辞儀は美しかった。
と、見惚れている場合では無い。引き止めなければ!
「プレセア嬢、待って、今日は君と行きたい所があるんだ。」
しかし、プレセア嬢に私の言葉は届かず、背を向けたまま店の入り口へと進んで行ってしまう。
「やだぁ~。怒って出て行っちゃうとか幼稚だわ。せっかくレオ兄さまが引き止めてくれているのに無視して、失礼な子ですわ~。」
「失礼は君の方だと思うけどね、カロリーナ嬢。」
「わ、レオ兄さま怖い顔。いいんですか? そんな酷いこと言うなら、あの秘密をバラしちゃいますよ~?」
「っ……」
悪魔のようなその顔をひねりつぶしてやりたい。
プレセア嬢を食事に誘い出すために、どれだけ苦労したと思っているのだ!?
…しかし、今は拳を握るだけで耐えて見せよう。
そんな事より、プレセア嬢を追いかけなければ。
今日は我が家の馬車で来て良かった。流石に私の指示も無くその場を動きは無いようだからな。
と、席にカロリーナ嬢を残し店を出るも、馬車の中にプレセア嬢は居なかった。
それどころか、誰に聞いてもプレセア嬢が店から出て来た所すら見ていないという。そんなわけが無いだろうが! 仕事をしろ馬鹿どもが!!! と叫びたいがそんな時間も惜しい。公爵令嬢が供もつれずに町に出たのだ。
殺人・誘拐・人事売買…嫌な単語ばかりが頭を過り、背筋が凍る。
「すぐにオリバレス家に報告を入れる! プレセア嬢探せし出せ! 見つかるまで帰って来るなよ!!!」
「は、はい。」
プレセア・オリバレス公爵令嬢。慎ましやかな婚約者が消えた。
怒りが募る。しかし、誰を叱責する権利も今の私にはないだろう。
状況を変えられなかった私も同罪。 だがせめて、せめて祈らせてくれ。
プレセア、頼むから、無事でいてくれ………
*
捜索隊を組んで尚、プレセア嬢は見つからなかった。
焦りで気が狂う寸前だった私を冷静に戻したのは、親友からの知らせ。
「オーロ! プレセア嬢が見つかったというのは本当か?」
「あぁ。本当だよレオ。」
「良かった。」
その一言に、安堵で膝から崩れ落ちた。
そんな私に、オーロが手を差し出してくれる。
「それで、プレセア嬢は今どこに?」
「…さぁね。」
「なっ、オーロ!?」
「僕は非常に後悔しているんだよ。やっぱり、プレセアの願いを叶えてやるべきだったのかもしれないとね。」
失望したよ。とオーロの瞳が言っている。差し出されていた手がスッと引っ込んで行った。
向けられる厳しい視線は甘んじて受けよう。
そもそもプレセア嬢は私と出掛けるのを拒んでいたのに、オーロに無理を言って出かけるられるよう仕向けてもらったのだから。
「プレセア嬢は怪我などしていないか?」
「あぁ。それは問題ない。でも、この婚約は今度こそ終わりかもね。」
「…彼女がそれを?」
「いや。プレセアは君が連れてる下品な女と違って賢いからね。この騒ぎの責任を一人で背負う事にしたらしい。キミの非は一切語らず、自ら懲罰室へ入って行ったよ。」
「何故だっ。彼女を傷つけたのは私だぞ?」
「さぁね。でも、プレセアが黙認しているのをいい事に、何も動かなかった君に、好意を持っているという事は無いと思うよ。」
「それは………」
チクチクと人の心を容赦なくえぐって来るオーロ。
なのに、顔はニコニコとほほ笑んでいるのだから、つくづく恐ろしい男だ。
しかし、オーロの言葉は何一つ間違ってはいないのだから、何を言い返す事も出来なかった。
「プレセアの真意はしらないけど、彼女の言い分は明らかに無理があったからね。流石の父も、彼女ににそうまでさせた君には
オリバレス公爵はプレセア嬢をそれは大切にしている。
魔力のないプレセア嬢を未だに私の婚約者として繋ぎ止められているのも、彼の功績が大きい。
その昔、プレセア嬢に魔力が備わっていないと分かった日、私はプレセア嬢と別れる意思はないとオリバレス公爵に宣言した。
そんな私を信頼し、プレセア嬢の幸せのためにと今まで上手く立ち回ってくれたオリバレス公爵。
しかし、私の行いは、そんなオリバレス公爵を裏切りプレセア嬢を傷つける行為でしかなかった。
全てを知れば、オリバレス公爵は即刻婚約破棄に動き出すだろう。いや、もう動き出しているかもしれない。
「もう、プレセアを自由にしてあげれば?」
「……」
それがプレセア嬢の望みだろうか。少なくとも、婚約存続は望んでいないだろうな。
それでも、彼女の事を諦める選択肢を選びたくはない。ならば、やる事は一つ。今更遅いと言われるかもしれないが、誠意をもって謝罪と意思を伝えよう。
「オーロ、頼みがある。」
「聞けるかは分からないよ。」
「それでもいい。」
私の決意を感じてか、オーロは呆れた顔でため息を大きく吐き出した。
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