第20話 チーズは何処からやって来る?
「わぁっ!」
チーズタルトの専門店は、見渡す限りチーズ・タルト・チーズ!!
様々な種類のチーズを使ったチーズタルトが食べられるようになっているじゃないの。
なんて幸せな空間なの!?
あぁ、片っ端から全部食べたい。その上で気に入った上位3位までをホールでお土産にして、家に持ち帰って気兼ねなくかじりつきたいわ!!!
でも、今は王太子の婚約者として淑女であらねば。駄目よプレセア、落ち着いて。
そうだわ。この世界の七不思議のひとつ「
この世界には動物がいない。だからもちろん、家畜もいないわ。
そんな私たちの食卓を彩るのは、農産物と海産物。そう、実は魚はいるのよね。
でも、基本的にお肉は無いの。極稀に、狩った魔物を食べるという人はみかけるけれど…彼らは少数派ね。なんでも、ドラゴンの肉は美味しいって噂よ。
っていうのは置いて置いて、じゃぁ一体、このチーズは何処からやって来るのよ!? って思うでしょ?
毎朝当たり前に食卓に上がるミルクもさ、いったい何のミルクを摂取しているのかしら? って、気づいた時にはサーっと血の気が引いたわ。
牛なんていないし、魔物を飼いならす文化は無いしね。
それで即座に調べましたとも。
そうしたら、この世界。どうしてか、各地にミルクが沸く泉があるんですって。
その泉は、湧き水の様にミルクが湧き出ていて、汲めばいつでもおいしいミルクを飲むことが出来るらしいの。場所によって味や風味が変わるから、地域ごとの特産品になっているのよ。
ね? 意味が分からないでしょ?
といっても、この世界では当たり前の事だから、この違和感は私だけのものなんだけれど、モヤモヤが消えないから、私的七不思議のひとつに認定しておいたわ。
家の周辺にはミルクの泉が無いから、いつか見に行ってみたいわね。
ふぅ、余計な事を考えていたおかげで、店内をキョロキョロとせずに奥まった席へ来ることが出来たわ。ここからなら気になる内装もあまり見えないし、心穏やかにいられそう。
レオガディオ様と私の為に、お店一押しのチーズタルトが盛り付けられたお皿と紅茶がサーブされたわ。
さぁ、習得した礼儀作法を披露する最大のチャンスよ!
音を立てないように意識を集中させながらタルトにナイフを入れていく。
だけどスマートに見せるためにも、表情や手元余計な力を入れてはいけないわ。
うん。無音で上手くナイフを入れられた。って、レオガディオ様はもう一口目を召し上がったわね。流石、動作に無駄が無い。でも、焦る事は無いわ。大丈夫。さぁ、私も続きましょう。
―――パクリ。
口の中に爽やかな酸味とチーズのコクが広がった。
美味しい! とても美味しいわ! さらに柑橘系フレーバーのさっぱりとした紅茶が、とっても合う! 流石一押し商品だわ。
でも、大袈裟に喜んではいけないの。いや、でも美味しい。もうホールで食べたい!!
「そんなに気に入ったのかい?」
レオガディオ様の声に我に返る。
あらイヤだ。いつの間にかフォークとナイフを手放して、両手を両頬に添えて、全身で美味しさを表現していたみたい。
お恥ずかしい。
「失礼しました。とても美味しかったので、つい。」
「それは良かった。好きなだけ食べると良い。」
慌ててカトラリーを手にしてチーズタルトへと向かいながら、チラリと見たレオガディオ様は、フッと右の口角だけを上げて笑っていて、何だが少し満足そうだった。
もしかして、レオガディオ様って感情が駄々洩れの子どもっぽい子が好みなのかしら?
だとしたら、真逆の私は嫌われて当然なのかもね。
「プレセア嬢は食事姿も上品だな。」
「ありがとうございます。」
「オーロから、プレセア嬢がチーズタルトを好むと聞いて少し驚いたよ。」
「何故しょうか?」
「令嬢は、甘いケーキや菓子を好むとばかり思っていたから。」
「確かに珍しいかもしれませんね。ですが、勿論甘い物も好きですよ。レオガディオ様はどのようなものが好みですか?」
「そうだな。私も甘すぎるものよりは、チーズタルトの様な爽やかなものが好きだな。」
「でしたら、良かったです。」
こんな穏やかにレオガディオ様と会話できるなんて、凄い事だわ!
いや、10年お付き合いしていてそんな会話一つしていない方が異常と言えば異常なのだけれど。
でも、物凄く前進している気がする。この調子でもう少し仲良くなれたら嬉しいわ。
「ところでプレセア嬢。」
「はい。何でしょうか。」
「この後はどうする? 行きたい所はあるかい?」
へ!? この後!?
いや、突然どうしたの? いつも、目的地に着いたら終了だったから、解散以外考えてなかったわ。
「もし、特に思いつかないようならば―――」
「レオ兄さま~っ!!」
突然甘ったるい声が、レオガディオ様の言葉を遮った。
「レオ兄さまがなかなか出て来ないから来ちゃいました~。」
現れたのはカロリーナ・アルダ公爵令嬢。
彼女は勿論、レオガディオ様の妹ではなく、ただの幼馴染だそうだ。
私に魔力が無いと知れ渡った日に、レオガディオ様の次の婚約者候補として真っ先に名が挙がった公爵令嬢で、本人もまんざらではないというか、むしろ私が出られない公の場では、婚約者を気取っているらしいわ。
そんな彼女は、私たちの誕生日に毎度乱入してくるの。
多分私達が2人で居る事が我慢できないみたいよ。
行き先はいつも誰から聞いているのかしら? きっと、レオガディオ様よね。
私は、レオガディオ様の本命はカロリーナ様だと思っている。
だって、許可も無しにドカっとレオガディオ様の隣に座って、レオガディオ様のお皿に合ったタルトを手で掴んで、レオガディオ様に「あーん」ってしても、お咎めなしなんだもの。
勿論レオガディオ様はそれに口を付けたりはしないけど…やっぱり咎める事はしないのよね。
ってあら、諦めたと思ったら…カロリーナ様はそれを自分の口に運んだわ。
「何見てるのよ?」みたいな目で睨んでくるけれど、人の食べ欠けを横から奪う下品な行動、私だって見たくはないのよ。
はぁ…カロリーナ様はその手を拭かずに紅茶に手を伸ばしているし。カップとソーサーがカチャカチャ音を立ててる…信じられる? この方私より2つも年上なのよ?
ここまでくると、子どもっぽいを通り越して、ヤバイ女な気がするけれど、人の趣味はそれぞれだし、レオガディオ様が良いなら、良いのかもしれない…?
でも、私は駄目だわ。
例えレオガディオ様の好みの女性像がカロリーナ様だと分かっても、私には真似できないし。したくない。
プライベート空間ならまだしも、公の場でこんな下品な振る舞い、プリンセスじゃないもの。
「レオガディオ様。」
皿に残っていた最後のひとかけらを音も無く口の中で消化させ、私は静かに立ち上がった。
よく考えたら、毎回毎回この二人の不快なやり取りに付き合ってあげる義理もないのよね。
前言撤回。
やっぱりレオガディオ様と私が仲良くなるなんて不可能よ。
「プレセア嬢?」
「あら、プレセアさん、いたのね~。真っ白くてお化けみたいだから見えなかった~。」
「レオガディオ様、本日はありがとうございました。それでは私は失礼します。」
勝ち誇ったように顔を歪め、品の無い言葉を掛けて来るカロリーナ様は無視して、私はレオガディオ様に丁寧にお辞儀をした。
「プレセア嬢、待って、今日は君と行きたい所があるんだ」
レオガディオ様が何か言った気がするけれど、足を止める事はしなかった。
店の外へ出ると、レオガディオ様の御付きの方々は、カロリーナ様の御付きの方々と楽しそうに歓談していて私の事なんて気にも留めていないし、主が主なら従者も従者ね。
軽く会釈だけはして、さっさと退散しましょうか。
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