第19話 お出かけの準備は念入りに

 私の周りを、5人のメイド達が取り囲んでいる。

 あぁ…いつもより艶やかに光り輝いている白銀の髪が、揺れる度に甘くフルーティーな香りを放っているわ。

 誰よ、ヘアコロンなんて付けたのは。

 いや、あのね? そんな大きなリボンを頭に付けなくていいのよ? 私は不思議の国のアリスじゃないから。うん。そうね、止めましょう。


 一度髪に巻き付けられたリボンがシュルシュルと解かれていき安堵したのもつかの間、今度はダイヤモンドが散りばめられたティアラが登場した。

 って、ちょっと待ってよ!

 ティアラはもっと要らないでしょう。そんな宝石のついたティアラどっから出してきたの!?


 駄目だわ。アンナ達に任せていたら、勘違い野郎再び!になる。


「ねぇ、髪はハーフアップにするだけでいいわ。ドレスも、もっと軽めのモノにしたいのだけど。」

「しかしプレセア様、折角のレオガディオ様とのお出かけですし。」

「だからよ。レオガディオ様と町へ行くのよ? 悪目立ちしたら周囲の陰口で余計気まずくなるじゃない。メインディッシュに添えてある野菜くらいの存在感でいたいのよ。お願い。」


 懇願すると、すっごく残念そうな顔をしながらも、希望に沿ったドレスや髪をセットしてくれたわ。若干化粧が濃い気がするけれど、まぁ許容範囲。これ以上は何も言わないでおきましょう。


「プレセア様、レオガディオ様がいらっしゃいましたよ!」


 丁度仕上がった所で、ルシアの呼び声が聞こえた。

 アンナが総仕上げにミストを振りかけてくれる。今の私は皆のお蔭で、キラキラ度120%だわ。


「あれ? あの豪華なドレスやティアラはやめちゃったんですか? 折角皆で探したのにー。」

「残念だけど、夜会ならまだしも、あれらを身に着けて町を歩く度胸はまだ、私には無いの。ごめんなさい。」

「そうなんですね。まぁ、今のプレセア様も、いつも以上に可愛いですから、レオガディオ様イチコロ間違いなしですよ!」

「何よそれ…」


 そういえば、この間アンナも「骨抜き」とか言ってたわね。


「ねぇ、もしかして…アンナは私とレオガディオ様の仲を応援しようとしてくれてるの?」

「それは勿論です。」

「でも、私たちの仲が壊滅的なのはアンナも知っているじゃない。」

「ですがその…プレセア様の「夢」なのでしょう?」


 コソコソっと耳打ちしてきたアンナ。

 

 あぁ。そうね。そうなのね。

 私がプリンセスになるには王位継承者、つまりレオガディオ様と結ばれなくてはいけないものね。今までは見て見ぬふりをしてきたけどね、私もそれは分かっているのよ。


 だけど、散々の努力をしてきた結果がこれ。

 お兄様を間に挟まなければ誕生日デートすらままならない関係よ。


 アンナも全部分かっているから、後はもう外見で勝負するしかないと力を入れてくれていたのね。

 でも、心が離れてしまっている以上、外見をいくら取り繕ったって………


「大丈夫ですよ。プレセア様は誰よりも美しいです! 自信を持ってください。」

「ありがとう、アンナ。」


 逃げていても仕方がないか。

 せめて今以上に好感度を下げないように気を付けて、今日は前向きにレオガディオ様と接してみようかしら。


 *


 玄関ホールへ降りていくと、レオガディオ様が待っていた。

 ただ立っているだけなのに、家にある高級美術品が霞む美しさ。

 周囲に煌めく黄金の輝きエフェクトは、いったいどうしたら纏えるようになるのかしら?


 やって来た私にすぐに気づき、スッと手を差し伸べてエスコートしてくれるこの、スマートさ。まさにプリンスだわ。


「それでは行ってきますね。」

「行ってらっしゃいませ。」


 あぁ。オリバレス家の使用人一同は今日も一糸乱れぬ礼の仕方。

 ここだけを切り取れば、王子様とお姫様が出かける図に見えるのかしら?

 …んー、良く見えて、兄妹のお出かけかなぁ。


 乗り込んだ馬車の中でレオガディオ様と向い合せ。

 どこか遠くを見ているレオガディオ様の横顔はキリッとしていて彫刻の様。

 何をとっても完璧なんだもの。お兄様は否定していたけれど、良い縁に結ばれていても不思議じゃないわよね…。


「私の顔に何かつているかい?」

「いえ、美しいなと思って。」

「美しい?」

「あ、いえ。何でもないです。失礼しました。」


 あぁ、最悪。

 顔をまじまじと見つめて「美しい」なんて品定めしているかの様じゃない。

 高感度駄々下がり案件じゃない?


「私の顔が美しいか。初めて言われたな。」


 と、思ったら、まんざらでもない様子だわ。

 良かった。ちゃんと会話が出来そうね!


「そうなんですか? 意外です。」

「あぁ。オーロが言われているのは良く聞くが。」


 確かにお兄様は「微笑みの貴公子」だものね。もしかしてこの国では、掘りの深い顔はイケメンの部類に入らないの?

 いや、でも…学園にはレオガディオ様ファンクラブが設立されているってお兄様言っていた気がするんだけど。


「私は、お兄様の養殖の不気味な笑顔より、レオガディオ様の何気ないお顔の方が好きですけどね。」

「……」


 あら? 空気がピシリと凍り付いてしまったわ。。

 私に好かれても嬉しくない感じかしら? そうよね気を悪くしたわよね。

 あぁ、好感度を上げるって難しい!


 と思ったら、レオガディオ様は突然大口を開けて「はっはっは」と笑い出した

 ビックリした。王子様もこんな風に笑うのね。

 目尻にクシャっとしわを寄せて、見ていて気持ちいいぐらい豪快に笑ってる。

 え? 何? 怒りを通して笑えて来た感じ?


「オーロがプレセア嬢の呪符を見つけてくれて良かったよ。今日はとても良い日になりそうだ。」


 笑い声に圧倒され何も言えない私をよそに、ひとしきり笑い終えたレオガディオ様は、そう言ってまた、何事も無かったように整った顔でプリンススマイルを浮かべていた。

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