第18話 誕生日に贈り物など要らないのです

 頭に図鑑を3冊乗せ、鏡に向かって真っ直ぐに立つ。

 口に棒を咥えているから、酷く無様な顔をしているけれど、表情筋を鍛えて常に微笑を浮かべるには、このトレーニングは効果的だから仕方ないわね。

 余談だけど、表情筋を鍛えたり、活舌をよくするために口にくわえる棒、専用品があったの!

 イベッタ先生のレッスンで頂いた棒セットは、用途によって太さ、長さ、材質が違っていてペンなんかよりずっと使い心地が良いわ。

 前世でも流行った、フェイスエクササイズ用の、長い羽の中心をくわえて振るやつもあるわよ。両サイドにしなやかに伸びた羽をユラユラさせるの。初めてやったけど、結構疲れるのね。顔の筋肉に効いている気がするわ!


 美しい女性は、何処の世界でもこうして努力をしているのよね。

 やっている姿は、誰にも見せられ無い所がまた良いわ。


 静かに、流れる様に、美しく。

 普段もそれを意識しているおかげで、最近はお母様に所作を褒められることが増えたし、影の努力を怠らず、美しいプリンセスを目指しましょう。


 ―――コンコン


 そんな事をしていたら、部屋の扉がノックされたわ。

 あら…頭に積んだ本がバサバサと音を立てて落ちてしまったわね。大きく身体を揺らしたつもりは無いのだけれど、これぐらいで身体を動じさせるなんてまだまだだわ。

 落ちた本を拾い、口から棒を取り外して、ティナとスズキさんファミリーがサッとドールハウスの中に姿を消したのを見届けてから、扉の向こうに返事をすると、お兄様が部屋へ入って来た。


「すごい音がしたけれど大丈夫だったかい?」

「えぇ。本を落としてしまっただけです。それよりお兄様、お帰りなさい。何か御用ですか?」

「あぁ。今日学園で妙な話を聞いてね。少しプレセアに確認したい事があるんだ。」


 机の上に拾い重ねた図鑑に、「勉強熱心だね」なんて言いながらずいずいと部屋の中に踏み入って来るお兄様。


 ちょっと、そっちのドールハウスには近づかないでいただけます?

 

 と、冷や汗を隠して微笑を浮かべる事に必死になっていると、お兄様は手前にあった棚の前で、ドールハウスに背を向けて止まったわ。

 ふぅ。


「レオがね、僕に呪符を作って欲しいと頼んできたんだ。それもプレセアに頼まれたって。」


 あぁ、そういえば私の誕生日はもう来週ですものね。

 先週、「他の望みは見つかったか?」なんて珍しく手紙が来て「予定どうりお願いします」と返したから、実行してくれたんだわ。

 でも、こっそり貰って欲しかったのに、私の名前出すなんて…。


「えぇ。そうなんです。レオガディオ様にお聞きになったかもしれませんが、ごめんなさいお兄様。私、呪符を失くしてしまいましたの。」

「それはおかしいな。だって―――」


 お兄様の手が近くの棚に伸びる。

 一本立てた人差し指で上から3番目の引き出しを指差し「ここにあるだろう?」と満面に笑みを咲かせた。

 待って、怖い。この笑顔はマズイやつだわ。お兄様、激おこ…


「どうして嘘をつく必要があるのかな?」

「嘘なんて! えっと、失くした呪符、そこに在るんですか?」


 確認します。と、引き出しを開ける。

 そこには当たり前の様に呪符が鎮座していた。

 そりゃ、そうよね。いつもここに仕舞っているんですもの。でも、お兄様が何故、置き場所を知っているのよ!?


「僕は誰にでも呪符をあげている訳じゃないんだよ。ちゃんと誰にどんな呪符を上げたのかを記録しているし、それらがちゃんと機能しているのか定期的に確認できるようにしているんだ。極端に呪符の力が弱まれば、それは狙われている証拠だし、放って置けないだろう? 残念ながら僕の呪符は、その辺に売られている使い捨ての量産品とワケが違うんだ。」


 まぁ、アフターケアーまでばっちりなんですね。流石ですお兄様。

 つまり、呪符に込めた魔力を辿って、場所の特定なんて簡単に出来ると。

 だから、ここ最近も私がちゃんと呪符を持ち歩き、所定の位置に仕舞っている事もお見通しなわけね。


「で? 僕の呪符を一体誰に渡そうとしていたのかな?」


 お兄様、ニッコリ笑っているけど、オーラが怒りに満ちているのよ。

 空気が凍ってる。怖いよう…。

 でも、そっか。お兄様は私が秘密裏に呪符を手に入れて、良からぬことを考えているのだと思っているのね。

 それなら…ここは正直に話せば味方に付けられるかも?


「誤解ですお兄様。私、頂いた呪符はお兄様に返却するつもりだったんです。」

「返却って、じゃぁ何でわざわざレオに頼んだの? 理解が出来ないんだけど。」

「それは…レオガディオ様から頂きたいものが何も思いつかなくて。」

「プレセアに物欲が無いのは今更だろう? だから毎年出掛けていたんじゃないのかい?」

「そうなんですけど…レオガディオ様は、それがどうも苦痛みたいなんです。ですが、誕生日にお祝いをしあうというのは、家同士で結ばれた約束の一つですから私から辞退する事は出来ませんし…。それで、お兄様の呪符ならばレオガディオ様の負担も軽く入手できますし、最悪会わなくても義務を果たせますでしょ? きちんと受け取った後で、お兄様には「見つかった」とでも言って返却すれば良いかなと思ったのです。」


 聞いたお兄様は不穏な笑顔を辞めてくれた。

 代わりに目を見開いて動揺…いえ、絶句しているわね。


「ねぇ、プレセア。その、レオがそう言ったのかい?」

「そうですね。(体現してましたよ?)」

「本当に? 何かの間違いで無く?」

「私の誕生日という存在を忌み嫌っている様子でしたもの。」


 お兄様は納得いかないという面持ちで、腕を組んで考え込んでしまったわ。

 それもそうよね。私だって、「誕生日」という単語一つ言うのに、苦い顔をしなくちゃいけない程嫌われるようなことをしたつもりは無いんだもの。

 まぁ、でも。元より私たちの関係なんて、良かったときは無いのだけれど。


「仕方がないのではありませんか? 物心つく前に結ばれた婚約は、オリバレス家の魔力を見越したものだったはずです。しかし私は魔力を持た無い出来損ないの子だったんですから。」


 貴族には魔力を強く持つ者が多い。そんな貴族社会の中で、魔力無しの私がどう呼ばれているのかなんて、外へ出なくても聞こえて来るわ。

 無能・出来損ない・欠陥品・劣悪種etc

 そんな私が、レオガディオ様の婚約者だなんて祝福されているわけが無い。


 けれど誰の策略か、婚約が白紙になる事は無かったの。

 これにはかなりの家が今も反論を続けているみたいだけれどね。

 そんな、不出来な娘の面倒を見させられているレオガディオ様が被る迷惑は半端じゃないでしょうし、疎遠になるのも致し方ないわ。


 4歳の時「すまない。この婚約を白紙に戻す事は出来ない。」と謝られたの。

 何故謝っているのかは分からなかったけれど、レオガディオ様に婚約破棄の意思がある事だけは分かったわ。


 5歳の時「これからはこれまでの様に会う事が難しい」と言われたわね。

 それまでは、お互いの家を行き来したり、レオガディオ様にお花を送っていただいたりしていたけれど、それらが一切無くなった。でも、唯一文通だけは残っていたかしら。


 そんな文通が途絶えたのは6歳前の頃だったかしら?

 私たちの仲を心配して、両家で最低限の関わりは持つようにと決められたのがそのすぐ後で、それ以降は、必要最低限の接触しかしてこなかった。

 誕生日のお出かけだって、デートより子守りみたいな感覚出たと思うし、一緒に歩けば私の陰口を聞かなければならないし。きっと面倒になったのよね。

 あ、年頃だし、好きな子が出来たとか?


「もしかしたら、レオガディオ様は、相応しいお相手を見つけたのかもしれないですね。」


 言った瞬間、お兄様がブブッと吹き出した。


「それは無いよ。」


 断言なさるお兄様。

 もしかして、レオガディオ様と恋バナとかもするのかしら?

 なら、私との仲についてを、直接本人に聞いてくださってもいいんですよ。


「というか、もしそうだとしたら、プレセアは平気なのかい?」

「平気も何も、この席がいずれ誰かの物になるのは初めから分かっている事でしょう? 私はそれまでの間、この席を守る役割を与えられているだけじゃないですか。これでも、身の程は弁えているつもりなんですよ。ですから、相応の努力はいたします。でも、出来損ないの私がレオガディオ様をお引止めなんて烏滸がましい事です。」

「プレセア…今の君には魔法があるんだ。あまり自分を卑下しない方が良い。」

「そうでしたわね。ごめんなさい。」


 私が私を卑下することは、私を婚約者に置いているレオガディオ様をも卑下することになってしまうものね。怒られて当然だわ。


「そうでは無いんだが…うむ…。」


 何が違うのかしら?

 お兄様が再び腕を組んで考え込んだ後、大きく一つため息を吐き出した。


「とにかくだ。呪符は見つかったとレオに伝えておくよ。」

「え!? 嫌ですよ。呪符は頂いた事にしてください。それで今回の誕生日は終わりです。」

「駄目だ。そもそも僕の呪符が誕生日の贈り物になるわけが無いだろう? 誕生日の行いは、お父様達に報告するだろうに、レオの面子も考えてあげてくれ。」

「あ…う。じゃぁ、何をお願いしたらレオガディオ様の負担にならないですか?」

「恒例の外出をすればいい。」

「だって、それはレオガディオ様が…」

「いいからいいから。それともプレセアは、レオと出掛けるの嫌なの?」

「嫌じゃないです。」

「なら、決まりだ。そういえば、町にプレセアの好きなチーズタルトの専門店が出来たらしいよ。そこに行ってきたらいい。レオにはそう伝えておくよ。じゃ、話は以上だから邪魔したね。」

「あ…え…」


 ―――バタン


 反論する間もなく、お兄様は部屋を出て行ってしまったわ。

 …え。どうしましょう。出かけるつもりなんて微塵も無かったのにー!!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る