第16話 ルシアの秘密

 レオガディオ様を見送って部屋に戻ると、ルシアがティナ達と戯れていた。


「流石プレセア様です! プレセア様ならきっと咲かせられると信じてました!!」

「ルシア…あなた、やっぱり知っていたわね? 魔物が生まれるって。」

「はい。あの球根は魔球根まきゅうこんですからね。」

「魔球根?」

使役魔しえきまを生むための球根です。」

「使役魔なんて聞いた事無いんだけど…もしかして私が知らないだけで普通に流通してる物なの?」

「まさか。プレセア様が咲かせたのが、おそらく現存した最後の球根ですよ。」

「はい!?」


 何故そんなものをルシアが!?

 失敗したらどうするつもりだったの?

 ルシアって何者なの???


 頭の中が?に埋め尽くされていくわ。何から聞こうかしら…


「えーっと、何でそんな貴重な物を私に?」

「プレセア様が魔物と仲良くしたいって言ってたからですよ。プレセア様はやはり聖女様なんですね。魔物と心を交わし、この世界から無益な争いを無くし、人間と魔物が共存する新世界を創る聖女様!」

「いや、違うけど?」


 そもそも聖女になるつもり無いし…


「じゃあ何故、魔物と絆を結びたいと………?」


 ルシアの顔が急速に強張った。

 これはあれだわ、勘違いね。

 私が夢のために魔物の相棒が絶対必要だなんて言ったから、魔物の相棒と共に聖女としての責務を果たす強い意志があるとでも思ったのだろう。


 まずいわね…。

 真っ直ぐ見つめて来るルシア細い目から、なんだか人を殺めそうな光を感じる。

 異変を感じてか、その辺を飛び回っていたティナも鉢の後ろに隠れてしまったし。

 返答次第では私、消されてしまうんじゃないかしら。


「あのね、ルシア。私は…プリンセスになりたいのよ。」


 考えた結果、事実を話す事にする。

 ルシアは「プリンセス?」と、アンナと同じような反応で訝し気に首を傾げた。


「そう。プリンセス。プリンセスって言うのは…誰からも愛される、博識で気高く美しくて優しいお姫様の事なんだけれど、必ず動物…じゃなかった、魔物の相棒を連れているの。魔物とも心を交わせる、勇敢で純粋な人間しかなれないものなのよ。」

「………。」


 ルシアは私から目をそらし、顎に手を当てながら斜め上の天井を見上げて考え始めた。そして、「あの?」と素っ頓狂な声を出す。


「人間にも魔物にも愛されるお姫様ってことですか?」

「端的に言えばそうね。」

「それって、最高じゃないですか!!!」


 あら。どうやら消し炭になるのは免れたみたい。

 ルシアが手を合わせてくるりと回る、喜びの舞を披露し始めたわ。

 ティナも出て来て、「わーい」と一緒になって飛び回っているし…この二人、可愛いわね。

 

「やっぱり、プレセア様に差し上げて正解でした。私、プレセア様に一生ついていきますから、お手伝いできることがあったら何なりと仰ってください。」


 ルシアが私の両手をぐっと掴んで顔を寄せ、キラキラとした眼差しを向けて来るわ。またそんな期待をして、大丈夫なのかしら? 

 糸の様な目が、今までで一番大きく開いてる気がする。

 あら? 至近距離で良く見たら、ルシアの目って…


「薄紫?」


 私の囁きに、ルシアは一瞬ピクリと驚いた様子を見せたけれど、すぐにフワッと肩の力を抜き表情を崩した。

 

「私は、ラッソの民の最後一人。魔物に育てられた少女の子どもなんです。」

「え、それって…」


 簡単にバラして良いものなの?


「旦那様はご存じですよ。オーロ様も感づいていると思います。お二方はプレセア様の為に長年歌魔法を調べたみたいですし、その過程で色々知っているのでしょうね。目覚めた瞬間「国に献上されるのと、この家に尽くすののどちらが良いか選べ」って旦那様に詰め寄られた時は驚きましたけど。あ、でも、だからプレセア様に仕えている訳では無いですよ。これは私の意思です。朦朧とする意識の中で聞こえた心地よい歌声がプレセア様のモノだと知ったら、ラッソの末裔としては無視できませんしね。」


 他の人には内緒ですよ。とルシアは人差し指を唇に当てて朗らかな笑顔を見せた後、ラッソの民の事を教えてくれた。


 ラッソの民は聖女様の血を受け継ぐ者たちの事だったらしい。

 だから彼らは普通の人間とは違う力を使える事が出来たんですって。

 それが、魔球根の生成と使役魔の育成。

 ラッソの民は、現存する魔物と直接心を交わしていた訳では無く、自身の創り出した使役魔を通じて魔物との交流を図っていたのだそうよ。

 ダンジョン内で資源が見つかったとか、どんな植物があるとか、意見交換をしながら周辺の魔物と共存していたラッソの民。彼らが身に付けていたのは、生け捕りにした魔物の骨なんかじゃなくて、大切な使役魔や、絆を結んだ魔物の遺骨だったのね。


 だけど、そんなラッソの民は人間にとって異質過ぎた。

 理解できない力は、力を持たない人間にとっては時に恐怖でしかなかった。

 だから国は、取れるだけの情報を搾り取った後にラッソの民を消してしまった。

 なんて惨い話なの…。


 話を聞く限り、以前本を読み返した時に読んだ物語、魔物と言葉を交わす事ができる民族の村が襲撃に滅んだ日、死に際で魔物に預けられた一人の赤子が魔物に育てられるお話は実話みたい。きっとルシアのお母様が書いたんだと思うわ。どうりで、児童書の割に臨場感溢れる作品だったわけね。


「それなら、ルシアも魔球根の生成が出来るって事よね?」

「いえ。私の魔力は父譲りでして…魔球根の生成も使役魔の育成も、上手く出来なかったんですよね。ティナこの子が生まれた球根は、母が私に託してくれたものなんですよ。」

「それって…形見なんじゃ?」

「まぁ、そうとも言いますけど、私が持っていても無意味ですし、命の恩人であるプレセア様の役に立つならばその方が良いですよ。プレセア様の理想は、私の両親の理想に通じるものがありますし、母も喜ぶと思います!」


 ルシアの両親。

 そういえば、確かあの本の最後は、成長した少女とドラゴンが結婚して終わるのだけど、もしかしてルシアは人間と魔物の子なのかしら。


「ねぇ、ルシア?」

「ん? 何ですか?」


 先祖の悲惨な昔話を、淡々と話してくれたルシアのキョトンとした顔を見たら、何故かそれを聞くのは憚られた。

 まぁ、そんな事はさしたる問題ではないわよね。ルシアはルシアだわ。


 というか、私の方が「前世の記憶」なんて意味わからないものを持っている訳だし。私がプリンセスになる為に頑張りたいように、ルシアにも見ている世界があるのよね。


「さっき、一生私について来てくれるって言ったじゃない?」

「はい! あ、勿論それはちゃんと私の意思ですよ!!!」

「分かっているわ。だからねルシア。私もあなたの力になりたいの。もし、何か私にできる事があったら、ルシアも遠慮なく私を頼ってね。」


 一瞬、何を言われているのか分からない様子を見せたルシアは、少し考えた後で姿勢を正す。


「それなら、プレセア嬢はプリンセスになって下さい!」

「分かった。約束するわ。」

「ティナも頑張る~」

「俺達もいるぜ!」

「あらあら…」


 折角、忠誠を誓い合うカッコイイ場面みたいな雰囲気だったのに、ティナがとスズキファミリーがわちゃわちゃと現れて、ほんわかした空気になってしまったわ。

 でも、ルシアとティナが「頑張りましょうね~」と楽しそうだし、まぁいいか。


「では、プレセア様、魔球根の課題も終わったことですし、はい!」


 突然ルシア手渡してきたのは分厚い本。

 タイトルは…読めない。これ、古代語?


「プレセア様、ラッソの民謡が全然頭に入らないみたいですから、まずは古代語のお勉強からしましょう。」


 あ、あの先住民の歌みたいなやつ、ラッソの民謡だったんだ。

 ページを捲るも読めもしない文字が並んでるわ。習得するのにどれだけかかるのやら。

 でも、確かに意味が分からないと歌に思いを乗せるのが難しいし…やるっきゃないわね!

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